あて書きを誘う声─「流しのMCフジモト 両手にキャバ嬢の巻」
お知らせ。
✔︎「流しのMCフジモト」シリーズTapNovel版公開
✔︎9/15(木)22時よりclubhouseにて3部作一挙上演
「ええ声の無駄遣い」の人
「流しのMCフジモト」はClubhouseで親しくしている藤本幸利さんにあて書きした短編脚本タイトル(のちにシリーズ名に)。
藤本さんは『嘘八百 京町ロワイヤル』に通販番組のナレーター役で出演されているのだが、知り合ったのはClubhouseで、声だけのつながり。毎日のようにしゃべっているので、半年前に知り合ったばかりで、まだ会っていないのが不思議な感じ。
藤本さんの特長は、ええ声を惜しげもなくモノマネで駆使するサービス精神と探究心。モットーは「ええ声の無駄遣い」‼︎
そんな藤本さんが「これまでに呼ばれた忘れられない現場」のエピソードをClubhouseで披露していた。結構トホホな話なのだけど、藤本さんが話すと、なんだか楽しそうで、情けなさもチャーミングだった。これ実話人情コメディーやん。
藤本さんを主役にドラマを書きたくなり、すぐにプロットを送った。
そこから脚本を膨らませ、4月5日に初稿を書き、少し加筆して4月14日に2稿、4月16日にエロボおじさんのルームで初演を迎えた。
プロットでは「アナウンサー」となっているが、「流しのMC」が韻を踏んでいて気に入ったので、「流しのMCフジモト」とタイトルをつけた。
音声劇脚本なので、「」に入っていない文は、地の文ではなく、足音やドアの音などの効果音を指定する「ト書き」。効果音を入れない場合は「間を取る」でOK。
登場人物
フジモト 流しのMC
支配人 キャバクラ支配人
黒服 キャバクラ黒服
アケミ キャバ嬢
ユリ(ユリコ)キャバ嬢 フジモトの妻
今井雅子作「流しのMCフジモト 両手にキャバ嬢の巻」
フジモトM「俺は流しのMCフジモト。MCとはMaster of Ceremony(マスター・オブ・セレモニー)。つまり司会者」
フジモトM「今日の現場はキャバクラ。新年会の司会を頼まれた。店の名前は、勇ましい猫と書いて、勇猫(ユーニャン)。しびれるネーミングだ」
(重厚なドアを開ける。)
黒服たち「(口々に)おはようございます」
フジモトM「重厚なドアを開けると、黒服たちが俺を出迎える」
フジモトM「しまった。黒のスーツを着てきてしまった。これでは、MCが黒服に紛れてしまう」
(偉そうな足音が近づく。)
黒服たち「(口々に)おはようございます支配人」
フジモト「(ブツブツ)支配人さんだ。(支配人に)おはようございます。本日はお声がけいただき……」
支配人「(遮り)ちょっと新入り、バックヤード手伝って」
フジモト「(ブツブツ)え? 黒服と間違えられてる? (支配人に)違います! わたくし、本日の新年会のMCの……」
支配人「MCって何?」
フジモト「マスターオブセレモニー。つまり、司会です」
支配人「あんた司会?」
フジモト「はい! 藤本です!」
支配人「プロフィール写真と顔違うよ」
フジモト「あ……あれはちょっと古い写真でして」
支配人「本当に司会?」
フジモト「はい。(司会口調で)本日は、キャバクラ勇猫の新年会にようこそおいでくださいました。皆様、盛り上がって参りましょう!」
支配人「確かに、サンプルで聴いた声によく似ている」
フジモト「はい! 本人です!」
支配人「だが微妙に違う」
フジモト「は?」
支配人「あんた、ものまね芸人だな」
フジモト「違います!」
支配人「何かものまねやってみろ」
フジモト「え?」
支配人「猫の鳴き真似はできるか?」
フジモト「猫、ですか」
支配人「できないの? あんたプロなんだろ?」
フジモト「できます! やります! (猫の鳴き真似)」
支配人「ふむ。さかりのついた猫は?」
フジモト「(さかりのついた猫の鳴き真似)」
支配人「ふむ。プロの意地、見せて来たな。では、お腹の空いたユーニャン」
フジモト「ユーニャン?」
支配人「うちの猫だ」
フジモト「(ブツブツ)飼い猫の名前だったのか。ユーニャンって、どんな猫だよ」
支配人「できないのか? プロの限界か?」
フジモト「できます! やります! (迷いながらの鳴き真似)」
支配人「その悩ましい鳴き声。そっくりだ!」
フジモト「(!)そっくり、ですか」
支配人「まるで生き写しだ。見せてくれたな。プロのものまね芸人の意地」
フジモト「ありがとうござい……(ハッ)違います! わたくし、ものまねが得意なMCでして」
支配人「だから、ものまね芸人でしょ? MCのMは、ものまねのMじゃないの?」
フジモト「違います!」
(ハイヒールの足音が近づいて、)
アケミ「支配人、この方、本物の司会者さんだと思います」
支配人「アケミ、そうなのか?」
アケミ「私、ラジオでこの人の声、聴いたことあります」
支配人「さすが一度聞いた客の声は忘れない耳接待の女王。アケミが言うなら間違いないな」
フジモト「わかっていただけて良かったです」
支配人「このところ芸人の売り込みが多くてね。疑って悪かった。ハジモトさん」
フジモト「フジモトです」
支配人「その衣装じゃあ華がないな。アケミ、ハジモトさんに衣装見立ててあげて」
アケミ「ハジモト様、こちらへ」
フジモト「フジモトです。失礼いたします」
(立ち去る足音。)
(衣装部屋のドアが開き、閉まる。)
アケミ「こちら、衣装部屋です」
フジモト「アケミさん、でしたっけ。助かりました。私のラジオ、聞いてくださっていたんですね」
アケミ「聞いたことないですけど」
フジモト「え?」
アケミ「(耳元でささやく)貸しができちゃいましたね、フジモトさん」
フジモト「アケミさん、顔、近いです」
アケミ「綺麗な形の耳たぶ」
フジモト「はい?」
アケミ「噛んでいい?」
フジモト「あ……はい。あ、いや、ダメです」
アケミ「うちの年間MVP、司会が選ぶのよね」
フジモト「はぁ」
アケミ「今年は私とユリって子の一騎打ちになりそうなんだけど、私に勝たせて」
フジモト「はい?」
アケミ「あの子にだけは勝たせたくないの」
フジモト「そういう取引は……」
アケミ「誰も見てない。誰も知らない」
フジモト「でも、ダメです……うわっ。耳たぶ、なめないでください!」
アケミ「噛むほうが好き?」
フジモト「どちらかといえば……じゃなくて!」
アケミ「ねぇフジモトさん。私、こんなにドキドキしてる」
フジモト「アケミさん、ちょ、ちょ、手、離してください!」
(ドアがバンっと開いて、)
ユリ「アケミ、何やってんの?」
アケミ「ユリ!」
フジモト「! ユリコ!」
ユリ「あんた何やってんのこんなとこで!」
フジモト「ユリコこそキャバクラで何やってんだ!」
ユリ「何って、見ての通り仕事だけど」
フジモト「俺も、見ての通り仕事だよ」
ユリ「新入りの黒服って、あんたのこと?」
フジモト「違うよMCだよ。新年会の」
ユリ「黒服にしか見えない」
フジモト「だから衣装を借りようと思って」
アケミ「ちょっと待って。ユリと司会者さん、知り合い?」
ユリ「……ダンナ」
アケミ「ダンナ?」
フジモト「別居中、ですが」
アケミ「一応ダンナってわけ?」
ユリ「人の一応ダンナと、何してたの?」
フジモト「ないないない、何もない!」
ユリ「MVPを獲らせて欲しいって、そそのかしてたんでしょ。色仕掛けで」
アケミ「そんなことするわけ……」
ユリ「この人の鼻の下が、こーんなに伸びてる」
フジモト「伸びてない伸びてない」
ユリ「伸びてるのは鼻の下だけ?」
フジモト「ユリコ、そんなことより」
ユリ「(遮り)アケミより私を選んでよ」
アケミ「もう冷めきってるんでしょ?」
ユリ「私が勝ったら、賞金の100万円、山分けしてあげる」
フジモト「いいの?」
ユリ「一応、まだ夫婦だから」
フジモト「賞金100万を山分けして50万……」
アケミ「ちょっと、何グラっと傾いてんのよ?」
フジモト「え、だって、50万……」
アケミ「耳たぶなめてあげたのに」
ユリ「そんなことしてたの?」
アケミ「じゃあ私も山分けで」
フジモト「どっちが勝っても50万……」
ユリ「私が勝ったら、もう10万のせる!」
フジモト「ユリが勝ったら60万……」
アケミ「フジモトさん、今日の司会のギャラ、聞いてます?」
フジモト「いえ、聞いてませんけど」
アケミ「50万」
フジモト「50万!」
アケミ「私を勝たせてくれたら、50万と50万で100万」
フジモト「100万!」
アケミ「耳たぶも噛んであげる」
フジモト「耳たぶ……♡」
アケミ「でも、ユリを勝たせるなら、支配人に言いつける。この人、ユリのダンナだって。ダンナだから妻を勝たせたんだって」
ユリ「姑息」
アケミ「どっちが?」
フジモト「ユリ、ここはアケミさんに勝っていただこう」
ユリ「アケミに勝たせるのだけはイヤ!」
フジモト「でも、50万と50万で合わせて100万……」
ユリ「100万と私のプライドとどっちが大事?」
アケミ「(ささやいて)耳たぶ」
フジモト「耳たぶ……」
支配人(外から)「アケミ、いつまで衣装探してるの? お客さん来ちゃうよ。お出迎えしないと」
アケミ「支配人来ちゃった」
(ドアが開いて、)
支配人「ちょっと、ユリまで衣装部屋で油売ってちゃダメじゃない」
アケミ「支配人、この司会者さん、ほんとは」
ユリ「アケミ、言わないで!」
フジモト「お願いします!」
アケミ「ものまね芸人です」
ユリ・フジモト「え?」
支配人「あれ? さっき、この人の声、ラジオで聞いたって」
アケミ「あれ勘違いでした。この人のものまね芸、テレビで見たんです」
支配人「そうなの?」
アケミ「猫がカリカリ食べ過ぎて吐きそう」
フジモト「(ものまねする)」
アケミ「『先生』としゃべるヤギ」
フジモト「(ものまねする)」
アケミ「巨大ロボットが近づいて来る」
フジモト「(ものまねする)」
アケミ「何言ってるかわからないデスメタルの曲紹介」
フジモト「(ものまねする)」
ユリ「あんた、何腕上げてんのよ?」
フジモト「ユリが出て行って、淋しかったから」
ユリ「淋しかった?」
フジモト「家の中がしーんとしてたから、いろんな鳴き声や音を出して、にぎやかにしてた」
ユリ「やだ。キュンキュンさせないでよ」
フジモト「キュンキュン、した?」
ユリ「私、バカだった。ユキちゃん仕事なくて、生活きつくて、このままじゃどこにも行けないと思ってた。お金があれば自由になれると思って、キャバ嬢になったけど、ユキちゃんのその声があれば、どこだって行けるじゃない」
フジモト「そうだよ。ジャングルだって、雪山だって、どこにだってユリコを連れて行ける」
ユリ「ユキちゃん」
フジモト「ユリコ……」
支配人「アケミ、この二人、どうなってるの?」
アケミ「お似合いですよねー」
ユリ「行こう」
フジモト「え? でも……」
ユリ「新年会なんか」
フジモト「いいのか? MVP獲れたら100万。俺のギャラと合わせて150万」
ユリ「その七色の声でいくらでも稼げばいいじゃない」
フジモト「そうだよな! あ、でも、(未練がましく)耳たぶ……」
ユリ「私が噛んであげる」
フジモト「うん♡」
フジモトM「こうして俺とユリコは手を取り合ってキャバクラ勇猫(ユーニャン)から立ち去った。あれからひと月。仕事は、まだない」
シリーズ化、再演、MCフジモトは続く。
あらかじめ決まった役者さんが演じることを想定して書くことを「あて書き」と言う。あて書きはキャラクターを投影しやすいので、書きやすい。すでにできているキャラクター(とくに原作もの)に当てはめたり寄せたりすることが多いが、MCフジモトの場合はキャラクターそのものが藤本さんから始まっている。ユニバーサル・オーディション「ルーツ」や「漁師のリカコさん脚本塾」風に言えば、「引き出し書き」でもある。
自分から生まれた役を他でもない自分が演じる。フィクションとドキュメンタリーが混じり合う。あて書きするほうは楽しい。されるほうは、うれしい。MCフジモトが初主演作だった藤本さんからは、初演の翌日、
と興奮さめやらぬ感想が届いた。
それからもTwitterで感想を交わしているうちにMCフジモトが悩める脚本家をヨイショするという次のエピソードを思いつき、すぐさま初稿を書いた。
流しのMCフジモト2作目「悩める脚本家をヨイショするの巻」は4月29日に初演された。ひと月のうちにシリーズ化。放送作品では考えられないスピード感がClubhouseの醍醐味だ。MCフジモトは熟成させるより思いつきを刺身で食べるのが向いている。
と思っていたのだが、9月23日、Clubhouseの第22回エロボおじさんルームで「流しのMCフジモト」が2本立てで再演されて、驚いた。
「テンポが良くなって面白くなってる!」
ホンはそのままなのだけど、演者のスキルが上がっていた。Clubhouseで連日朗読したりセッションで読み合わせしたり。7月にやったクラハ劇「頭のいい説明すぐできるコツ」での猛練習も演技力に磨きをかけた様子。
初演のときにはなかった役名アイコンも。
聴くとまた書きたくなってしまうMCフジモト。再演の翌日にシリーズ第3作を一気に書き上げた。書いたら演ってくれる役者がいる。まるで座付作家ではないか。
2022.9.15追記。その後、「政治に巻き込まれるの巻」が誕生。
Clubhouse朗読をreplayで
2022.3.11 こたろんさんと中原敦子さんがフジモトのモデル、藤本幸利さんの誕生日(3月9日)を祝って「流しのMCサカモト」を上演。フジモトをずらした「サカモト」はコタロンさんの名字ではなくノリで決めたそう。「スカモト」と支配人に呼ばれるところがナイス。
本家藤本さんを奮い立たせた人間ジュークボックスこたろんさんの「チェーンソーの声真似」のクオリティ。支配人とキャバ嬢を演じ分ける中原敦子さんのレインボー(カメレオン)ボイス。当て書き作品を本人だけでなくいろんな人が読んで遊んでくれて、ありがたき幸せ。
2022.3.12 うきさん朗読部屋二次会ルームにて「政治に巻き込まれるの巻」と二本立て
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