学生コピーライターが書いた「学問のスルメ」
今を去ること30年あまり前、学生だったわたしはコピーライターになった。
先輩からのスカウト
当時わたしは月刊公募ガイドで募集している標語や川柳にせっせと応募しては賞金や参加賞のテレホンカードを稼いでいた。
「僕が講師している塾のチラシ書けへん?」
ある日、野球部のハセガワ先輩にスカウトされた。
ハセガワ先輩は小学校から大学までずっと先輩で、先輩がいた野球部とわたしがいた応援団は交流があったので、気にかけてくれていた。
「アメリカ人が日本語で村上春樹を読むのにつきあう」という面白いバイトを紹介してくれたのもハセガワ先輩だった。
ハセガワ先輩はわたしをスカウトする前に「こんな後輩がいるんですけど」と塾長さんに話をつけてくれていた。標語しか書いたことのない学生に書かせてみようとは何とも無謀な、いや、ありがたいお話だった。
ハセガワ先輩の話の持って行き方がうまかったのかもしれない。
むちゃくちゃよくしゃべり、むちゃくちゃ面白い人で、話に聞き入っていたわたしがスプーンと口の距離感がおかしくなり、口に入るはずのオムライスをボタっと膝に着地させてしまったこともあった。先輩は「オムライス落ちたで」とすかさずツッコミを入れたが、話のペースと面白さは落とさなかった。塾の授業もむちゃくちゃうまかったのではないかと思う。
シリーズ広告「あぐりの学習栄養学講座」
滋賀にある「あぐり進学」の塾生募集コピーを書くことになった。チラシを3本。「あぐりの学習栄養学講座」と銘打ったシリーズ仕立てにし、「にんじん記念日」「魔法のりんご」「学問のスルメ」と食べものにちなんだキャッチコピーをつけた。
にんじん記念日
あぐりの学習栄養学講座
第1回〈偏食をなくそう〉
給食のにんじんを初めて残さず食べた日
カレンダーにマルをつけた
食事も勉強も好き嫌いなくバランスよく
わかっているけど誰にだって"にんじんの壁"がある
生のままかじることないよ
自分にあった食べ方を見つければいい
細かく刻んだり甘く煮たり炒めたり
苦手な部分をカバーする手はいろいろ
時間はかかるかもしれないけど
おいしいにんじんは必ず現れる
君のにんじんは英語、数学、それとも…?
しんどくても逃げないで
あぐりは君を応援するから
仲間もいっぱいいるから
努力が自信に変わる日
またひとつ"にんじん記念日"が増える
魔法のりんご
あぐりの学習栄養学講座
第2回〈消化不良対策〉
毎日の勉強は情報のバイキング
何をどれだけ食べていいかわからなくて
手当たり次第つめこんでいたら
頭からSOS 僕はあぐりにとびこんだ
食べ過ぎたり慣れないものを食べたりすると
びっくりするのはおなかも頭も同じ
勉強もその日のものをその日のうちに消化しなきゃ
栄養にならないんだよね
あぐりは勉強の" 食べ方"を教えてくれる
繰り返し食べたほうがいいもの
一日一度は食べないといけないもの
大切なのは適量をよくかんで食べることなんだ
先生の魔法にかかると
ふにゃふにゃ得体の知れなかった公式や文法は
シャキシャキ歯ごたえのあるりんごに変身
よくかめるからのみこみやすいし
食べ過ぎることもない
もう消化不良とはさよならだ。
学問のスルメ
あぐりの学習栄養学講座
第3回〈食わず嫌いをやめよう〉
あごが疲れそう--とスルメをあきらめないで
かめばかむほどおいしいスルメのよさは
すぐにはわからないけれど
勉強もスルメ
見た目は地味だし固くてかみにくそうで
ついつい後回しになっちゃう
でもあぐりに来ると
かんでやってもいいかなと思うんだ
その気にさせるのは先生の仕事
かむのは僕らの仕事
少しずつだけど確実にうまみは出てくる
数学のスルメも英語のスルメも
もっともっとおいしくなれる
だからスルメをあきらめないで
スルメの待つあぐりへ向かう僕は
このごろ弾んでいる。
フライング初仕事
読み返してみると、キャッチコピーはほぼダジャレで芸がないが、一応ターゲットに向けた言葉遣いになっているし、シリーズ展開も考えているし(「前回の復習」「次回の予習」なんていう吹き出しまで丁寧についていた)、塾の楽しい雰囲気も伝わっているような……。
素人らしい親しみやすさと現役の学生ならではの学問との距離感を図らずも出せていたかもしれない。
わたしがコピーを書いたチラシの効果はいつもと大差なかったものの、「このチラシの塾に行きたいと自分から言ってきた女の子がいたから成功ですよ」と塾長さんに言ってもらえた。
塾長さん、ほめ上手。塾生のほめるところもうまく見つけて言葉にしているのだろう。
広告の仕事って面白いなと思った大学3年の冬。春になって就職活動で広告代理店を受け、コピーライターになった。「あぐりの学習栄養学講座」はプロになる前のフライング初仕事ということになる。
入社試験の助走にもなっていた。
妄想大会の入社試験
就職した広告代理店のコピーライターの入社試験は、3問を3時間かけて答えるものだった。なんでも好きに書いて良し、な余白を3時間かけて埋める。
紙コップの使い方を思いつくだけ挙げなさい。
12色そろった地下足袋のネーミングとキャッチコピー」を思いつくだけ書きなさい。
『馬の耳に念仏』の解釈を1000字以内で書きなさい。
どんどん思いつく人は時間が足りないが、思いつかないと時間を持て余す。
妄想大好きな学生には取り組み甲斐のある内容で、鉛筆を走らせつつ「こんな問題出してくれる会社は楽しいに違いない」という確信を深めた。
問1についてはnote「紙コップの使い方100案」を書いた。
問2は「足袋は道連れ」「かわいい子には足袋をはかせよ」「Ta bi or not ta bi?」など駄洒落尽くし。コピーとはそういうものだと当時は思っていた。ネーミング案の中に「たびお」もあったような。靴下屋のお店「tabio」でカラフルな靴下を買うと、思い出す。
問3は競走馬の耳元で騎手が「負けたら馬刺にするぞ」と念仏のように唱え続け、馬鹿力を出させて馬を勝たせたというホラ話をノリノリで書いた。
スルメとあたりめ
タイトル画像は「みんなのフォトギャラリー」で「スルメ」を探し、村木藤志郎さんにお借りした。コメディー劇団「うわの空・藤志郎一座」の座長さんらしい。
お借りした画像のあるnoteのタイトル「あたりめ」を見て、ハッとした。
「お金を擦る」を連想させるから「する」を「あたり」に言い換えて、「あたりめ」。
寄席では前座噺によく出てくる。
「するめはあたりめ、すり鉢はあたり鉢。そしたらスリッパをアタリッパですかい?」
学習塾の広告に「スルメ」は良かったのだろうか。
塾に通わせても成績が上がるとは限らないからギャンブルでお金を擦るようなもの。なんて連想をかきたててしまったら大変。
当時気づいていたら、スルメを避けて他の食べものにしていたが、わたしが「あたりめ」のウンチクを知ったのは社会に出てからだった。
「あぐり進学」、今もあるのかなと検索してみたら、
あった。
今も現役の進学塾で、校舎がいくつかあるらしい。
「あたり」を出し続けているのかもしれない。
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。