「カジュアルずるい」の罠
Twitterに「ずるい」と打ちかけて、手を止めた。
「彼、すぐ、ずるいって言うんです」
今年の始め、恋愛現役女子の編集者さんとランチしたとき、つき合い始めた彼氏のことを彼女はそう紹介した。何かにつけ「ずるい」を連発する少し年下の彼氏のことを「今の若い子は」と言うのが微笑ましかった。
「ずるいってあんまり言うんで、私、調べたんですよ。そしたら今井さんのツイート見つけちゃいました」
と彼女は笑った。
「いいな」のニュアンスの「カジュアルずるい」
話は去年の11月に遡る。Twitterで「ずるい」についての話題が目に留まった。
というEiko Yamashita(@Bed_gentleman)さんのツイートを引用する形で、瀬川深(@segawashin)さんがツイートされていた。
お二人とは面識もSNSでのつながりもないが、「ずるい」については思うところがあった。瀬川さんのツイートを引用する形でツイートした。
例えば、不登校の子に対して「ずるい」が使われるのをよく聞く。大人はドキッとするけど、「自分は学校に行く義務を果たしているのにあいつはズルい」と咎めているわけではなく、無邪気に羨ましがっているだけということが多い。
「ずるいって言わないほうがいいよ」と自分の子にもまわりの子にもたしなめたことがあるが、キョトンとされた。言ってはいけないことを言っている後ろめたさがないから、気軽に口にできる。「カジュアルずるい」だ。
「ずるい」のベクトルで意味合いは大きく変わる。ツリーをつなげて考察を続けた。
さらに、大阪弁の「ずっこい」は「カジュアルずるい」に近いのではと気づいた。
相手の得を許さない「パトロールずるい」
「カジュアルずるい」が「いいな」の表れだとすると、その対極にあるのが、「許せない」を表す「本気ずるい」だ。誰かの得を自分の損だと思い、相手も自分と同じように損させないと気が済まない。
「本気ずるい」が増えたのは、10月に消費税が増税された影響もあった。
というのが去年11月の一連の「ずるい」ツイートだった。
その後のコロナ禍で、さらに「本気ずるい」が幅をきかせるようになった。自分は感染予防で自粛しているのに、あの人は出かけていてずるい、あの店は営業していてずるい…。「自粛警察」という言葉も生まれたが、「パトロールずるい」と呼んでもいいかもしれない。
四つ葉のクローバーを見つけた人に、「自分は探しても見つけられなかったのに、ずるい。あんたも葉っぱを一枚むしって三つ葉にするんだ!」と迫る感じだ。
褒め言葉の「リスペクトずるい」
書き言葉だとニュアンスが伝わりにくいから、「カジュアルずるい」のつもりでもきつく受け止められてしまう恐れがある。だから、うっかり使わないように気をつけていた。
ここで話は冒頭に戻る。Twitterに「ずるい」と打ちかけて手を止めたとき、書きかけの文面は「絵だけじゃなくて文章も味があって読ませるなんてずるい」というものだった。
『昔話法廷』の絵師として知り合った伊野孝行さんのツイートに返信しようとしての発言だった。リンク先にある伊野さんの神保町物語を一気読みした勢いで、思わず「ずるい」と打ちかけた。繁殖力旺盛な「カジュアルずるい」はわたしの辞書にも根っこを張り、出番を待っていたらしい。
伊野さんはツイートの短い文章にもうまさが滲み出ているのだけど、長い文章になると、さらに味がしみている。人間観察の目のつけ所と角度が面白い。それは伊野さんの絵にも通じるところがある。『昔話法廷』の劇中裁判で使われる状況説明図のとぼけた画風は、「罪を憎んで人を憎まず」の後味を残してくれる。この人に描かせた『昔話法廷』企画者でディレクターの平井雅仁さんの目利きもさすが。
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わたしが打ちかけた「ずるい」は、羨望でもあり賞賛でもある。「カジュアルずるい」と区別して、「リスペクトずるい」と分類できるかもしれない。一番プラス方向に位置する「ずるい」。英語でいう"I envy you"(友人の才能や美貌をこう褒めるのかと留学時代に学んだ)。それでも書き言葉だと「ずるい」のきつさが一人歩きしてしまうから、今度伊野さんに会えたときに直接伝えることにしよう。
「ずるい」の使い方には、その人の価値観がよく表れる。四つ葉のクローバーを見つけた人がいたら、「良かったね」と喜びを分かち合いたい。相手に葉っぱをむしらせて三つ葉にするんじゃなくて、自分の三つ葉に一枚足して「わたしも四つ葉見つけた」と喜びたい。「ずるやん」と突っ込まれたら「バレた?」と笑い合いたい。そんな話をどこかで書いた気もする。
同業者に贈る「グッジョブずるい」
6月29日追記。
「カジュアルずるいの罠」をnoteに上げてから、映画関係者が互いの作品や人の作品を「あの関西弁はずるい」「あのキャスティングはずるい」「あのキャラずるい」「あのラストはずるい」などと言うのは、「リスペクトずるい」に入るんだろうか、いやちょっと違うな、と頭の中で「ずるい分類学」(そんなたいそうなもんでもないけど)が続いていた。
「リスペクトずるい」は才能や個性といった「その人が持ち合わせているもの」に対してだけど、こちらの「ずるい」は、作品の手法やアイデアに対してだ。
「あの関西弁はずるいよね」(セリフを方言にすると、面白さがゲタを履いて底上げされるよね)
「あのキャスティングはずるいよね」(あの人が演じなかったらさほど印象に残らなかったと思うけど、「こう来たか」って意外性が良かったよね)
「あのキャラはずるいよね」(キャラの面白さが際立って、作品がトクしてるよね)
「あのラストはずるいよね」(あんな気になる終わり方されたら、もう一回見たくなっちゃう。うまいよね)
といった感じだろうか。「うまく行ったね」「うまくやったね」と成功を認めるニュアンス。「グッジョブずるい」と名付けよう。
「ずるい」を「おいしい」「反則」に置き換えてもいけそう。
「その手は思いつかなかった。すごい」と心から拍手を贈る人もいれば、「自分ならそんなあざといことしないけどね」とイヤミが含まれることもある。「自分も似たようなことを考えていたのに、先を越された」というヒガミが混じることもある。
そもそも同業者が感想を伝え合うときには複雑な事情や感情が混じり合うものなので、褒めワードにもやっかみワードにもなる「ずるい」は使い勝手が良いかもしれない。
ちなみに映画監督への最上級褒め表現に「今すぐ死んだほうがいい」がある。「今死んだら、遺作が最高傑作になる」、つまり「最新作の出来がすごく良い」というわけ。
じゃれ合う仲になったら「スウィートずるい」
追記する前のこちらのnoteに目頭あつこさんという方からコメントをいただいた。
目頭さんが挙げてくれた例が、こちら。
「どれも英語でI love youと訳せそうです」と目頭さん。
と結ばれたコメントに、すぐさま返事をした。
返事の中で、「スウィートずるい」という新分類が生まれた。
「スウィートずるい、なんて素敵な言葉でしょう」と目頭さんにも共感いただいたので、採用。
と目頭さん。ほんと、そう思います!
ご自身のnoteに引用してもいいですかと聞いてくださったので、もちろん、とお答えした。
そうして生まれたnote、「情愛の深さから生まれる悪態語、それはアイラビュー」を読ませていただいた。目頭さんの日本語への情愛も感じられ、自称「愛国語者」のわたしはうなずくことしきり。
(※2023.5.10追記 目頭あつこさんのnoteに飛べなくなっていて、noteも Twitterもアカウントが消えていることに気づきました。目頭さんの「ずるい」noteも他のnoteも読めなくなっています。残念)
「やばい」「うざい」を連発することの危うさを例に挙げてくれたことで、「カジュアルずるいの罠」がより可視化できた。
そう言えば、英語でradical(過激な)の頭の三文字を取って“Rad”というのが、わたしが高校留学した80年代アメリカのティーンの間で流行っていた(今も使っているのだろうか)。「カッコいい」も「すごい」も「最高」も“Rad”。感嘆するときは“Rad”。今の日本語の「やばい」に近い。わたしが通っている高校で英語を教えていたホストファーザーは「なんでもかんでも三文字にするな」と嘆いていた。
「ずるい」の三文字で片づけると考えると、表現が陳腐になっていると嘆くことになるけれど、「ずるい」が愛情表現にもなると考えると、日本語の懐の深さに感じ入ってしまう。
「ずるい」とハサミは使いよう。使う人のセンスや気持ちの込めようでコミュニケーションを表情豊かにもするし断ち切ることもある。
距離感も大事。なんとも思っていない相手に「その服、ずるい」と言われても、舞い上がれない。
その目頭さんのnoteの中に《随分前(二十年くらい前)に、「日本語はどこに行くのか」みたいなテーマでシンポジウムがあり》というくだりがあり、わたしも随分前にそういうのに行かなかったっけと日記を掘り返してみると、2003年10月に江戸東京博物館で「100年前の日本語を聴く」という講演を聞いていた。目頭さんが行かれたものとは別なようだけど、そのとき、ついでにのぞいた企画展「東京流行生活展」で書き留めた言葉に再会した。
竹久夢ニの小説「恋愛秘話」(1923 大正13年)の一節。
見そめる、思ひそめる、思ひなやむ、こがれる、まよふ、おもひ死ぬ。ここに「ずるい」を加えよう。あるいは、
街のB級言葉図鑑に「ずるい」が登場
2024年10月26日追記。
朝日新聞土曜日版に国語辞典編纂者の飯間浩明さんが連載されている「街のB級言葉図鑑」。2024年10月26日版で「ずるい」が取り上げられた。その前の週は「わがまま」で、《非難することばが褒めことばになる》例が2週続いた。
連載もTwitterも追いかけているので、「飯間先生が『ずるい』を取り上げてくださった!」と勝手に喜んでいる。
「不公平に思いつつも称賛」とタイトルがつき、《2010年代には褒める使い方が一般化》《本人だけ得をすることを非難する意味だったのが、やがて、本人だけの長所を褒める意味でも使われるようになった》とあり、「あのアイドル、可愛くてずるい」が例に挙げられている。「リスペクトずるい」の特長をずばり言い当てられていて、さすが。
clubhouse朗読をreplayで
2023.5.9 こたろんさん
2023.5.10 ひろさん