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託された、おじさんの蔵書
読みびとのまさきです。
これまで、特に印象に残った本を取り上げて記事にすることが多かったですが、今年は私自身の「本のある暮らし」についても書いていこうと思います。
昨年自分にとって本との関わり方で大きな転換点となる、ある出来事がありました。
それは、私のおじが亡くなり、遺品として大量の蔵書が遺されたことです。今回はそのことについて書いてみたいと思います。
■おじの死、遺された大量の蔵書
おじは、私の父の兄にあたります。生前、おじのことは、どこかの学校でデザインを教えていること、よく東南アジアに行っては少数民族の文化を研究していることなどは知っていました。
正月や誰かの葬式では顔を合わせていましたが、おじも私も口数の多いタイプではなく、深く話し込んだこともありません。当然自宅に行ったこともなく、どんな暮らしをしているのか考えたこともありませんでした。
おじは東京のとある団地に住んでいました。独り身で高齢のため、ヤマト運輸の見守りサービスに加入していて、何かあれば(というか何も動きがなければ)私の父のところに連絡が届くようになっていました(ヤマトはそんなサービスもやっていたのか!という驚きも)。
ある時、見守りサービスから父に、おじの生活行動が見られないとの連絡が入りました。
私の父と母はすぐに家に駆けつけ、管理人に鍵を開けてもらい、部屋の中で、意識を失い机に突っ伏しているおじを発見しました。
そのときはまだ息がありましたが、脳梗塞で肺炎も併発しており、すでに厳しい状況でした。そのまま救急車で運ばれて、集中治療室へ。その後、入院1か月ほどで息を引き取りました。
当時、家に駆けつけた時の様子について、母がこのように言っていました。
「もう、本がすごいのよ!大量で、全然足の踏み場がないのよ!」
おじは研究者ですし、それなりに本はたくさん持っていると思いますが、足の踏み場ないぐらいの本ってどんな感じなのか想像がつきませんでした。
葬儀が終わったある日、部屋の片付けを手伝いに行くことにしました。
中に入ると、確かにこれはすごい。。。
数えてませんが、「5,000〜1万冊ぐらいあるのでは?」と思わせる量です。部屋に本棚を入れられるだけ入れて、その中にびっしりと本が格納されています。よくもまあ団地の一室に、これだけの本を納めていたものです。
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写真のネガも大量に積まれており、母が言うように足の踏み場もないし、どこでご飯食べて、どこで寝てたんだという感じです。父やおばは「この部屋どうすんの?」と呆れ顔でした笑。
■必要とする人へ本を手渡す喜び
しばらく滞在していると、こじんまりとしたその空間からおじの生き様が感じられます。研究に生き、本を愛し、この場所をベースに世界を飛び回っていた暮らしが目に浮かびます。
おじの大量の蔵書を目にした時、自分の本好きは血筋なのかもしれないと感じ、大袈裟に言うと、おじから何かを託されたような気持ちになりました。
私の父も本好きのため、おじへの敬意もあって、この本たちを簡単に処分したくないと言っていました。その気持ちはとてもよくわかったので、出来る限り協力したいと申し出ました。
最初は自分で読む目的で、興味のある本を持ち帰っていきました。ただマニアックな古書や専門書がほとんどで、私がすぐに読みたいと思う本はあまり多くはありません。
数十冊持ち帰って、これは読まないなと思う本を何冊かメルカリで出品してみました。
埃をかぶっていたり、シミがあったり、年季の入った古い本ばかりです。そう簡単には売れないだろうと思っていました。
すると、意外と売れるんです。
傷や汚れがあるので、かなり手頃な金額で出してはいましたが、ここまで売れるとは思っていませんでした。
「こんな貴重な本を譲っていただきありがとうございます!」と、コメントを添えて感謝されることまでありました。
その本を必要とする人に届く喜び。
これがなかなか楽しいです。私は、おじの本をできる限り求める人に届けてみたいと思うようになっていました。
その時期、「前橋ブックフェス」というイベントが開催されることを知りました。「前橋ブックフェス」は、糸井重里さんが発起人となって、全国から読まなくなった本を寄付で集め、イベント会場の前橋に訪れた人がタダで何冊でも持ち帰ってよいという斬新なイベントです。本をここに寄付するのも良いかもしれないと思い、試しに10冊ぐらい送ってみました。
「前橋ブックフェス」は、私も現地に行ってみましたが、イベント自体とても盛り上がっていて、本を求めてこれだけの人が集まるんだと感動すら覚えました。(私も3冊ほどいただいてきました📚)
私が送った本は見当たりませんでしたが、必要な誰かに届いていることを祈りながら現地を後にしました。
■まさに本屋の擬似体験
さて、そんなことをしているうちにも、家を引き払わなければならないので、どんどん本を片付けなければなりません。
父とおばは早く片付けたいために、古本屋を呼んで一気に処分してしまおうとしていました。
もちろん古本屋に託しても、必要とする誰かに届くとは思うものの、貴重な本を簡単に手放してしまうなんて、と私はどこか反発する気持ちになっていました。
古本屋が来る日、私も立ち会いに行きました。簡単にはあげないぞという気持ちでした。
そんな私を尻目に、その日に来てくれた古本屋の方は、とても良い人たちでした。本に詳しいことは当然として、持ち主に対する敬意もあり、本を大切に扱うそのふるまいから、間違いなく本を愛している人たちだと感じました。
「この人たちなら任せても良いかもしれない」
素直にそう思えました。
さすがに多すぎて、古本屋さんも全部一度に持っていけないので、まずは洋書や雑誌など片っ端から持っていってもらいました。
私も引き続き、自分で売れそうなものは持って帰り、コツコツと売って行きました。
兄からは、「大した金額にもならないし、いちいち写真撮って出品してとか面倒じゃないの?」と言われました。
確かに面倒です。ただその時すでに、本を必要としている人に自分の手で届けられることにやりがいを感じてしまっていたのです。
今までも自分が読まなくなった本を売ることはありました。ただ、全く読んでもいないし、その良さもわからないような本を、人から人へ動かすことがこんなに楽しいとは思ってもいませんでした。
ある日思いました。「これこそ本屋のやりがいなんじゃないか?」と。
その時から、少しずつ「もしかしたら本屋をやったら面白いかも」と思うようになりました。
とはいえ、おそらく本屋は大変。街の本屋はどんどんなくなっているし、そもそも自分もあまり本屋に行かなくなっている。とりあえず実態を調べてみようと思い、本屋の知識がつきそうな本をいくつか読んでみました。(本屋のことはまた別の機会に)
その中で、下北沢にある本屋B&Bの創業者でもある内沼晋太郎さんの著書『これからの本屋読本』(NHK出版)にはこんなことが書かれていました。
たとえば本好きの親族が亡くなったときに、その蔵書を古本屋に一任して処分してしまうのではなく、自分で一冊ずつ売ってみる。記録として残しながら、その本を必要としている人に手渡していくことは、きっと代え難い経験になる。
まさに自分がやったことではないか!いつの間にか本屋の擬似体験をしていたのです。この一文に、私の気持ちは大いに盛り上がりました。
調べるにつれ、本屋を始めること、続けることはそうそう簡単なことではないこともわかってきました。しかし、本を触っている時間はとても楽しいし、一生やっていても飽きなそうな気がするという手応えを得たのも事実です。
こうして私の中で、「もっと本を扱う仕事がしたい」という欲望がむくむくと湧いてきたのでした。この続きはまた別の記事にしていきますね。
おじの部屋に本はまだたくさん遺されていますが、父が寄贈を受けてくれる大学を見つけてくれるなど、必要な人に届く方法を見つけては徐々に手渡されていっています。
そろそろ部屋を空けないといけないし、片付け疲れもあるので、最終的には古本屋に任せることになると思いますが、できる限りコツコツと自分の手でも手渡していきたいと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
また次回もよろしくお願いします🙏