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最高のベーコン
いったいどんな人が、どんな理由で、
わざわざ休みの日の朝に、オープン前の百貨店に並ぶのだろうと、長い間、疑問に思っていた。
いや、しかし、
今日、ついに、自分の番が来てしまったんだ。
理由は、シンプルだった。
海外から遊びにきた友人が、ランチしようと声をかけてくれたのだ。
その指定されたお店が、新宿の百貨店にある小籠包が有名な店だった。
中華ならば、世界中にあるだろう、
とちょっと思ったけど。
しかも聞けばこの店は、オープンして何年も経つけど、未だに大人気で、並ぶのは必須だとか。
それじゃあ、貴重な時間がもったいないと言うことで、開店前に並んで入った、というわけだ。
おい、朝10時30分から小籠包を食べたいのかい?
そう聞かれると大いに疑問があるけど、
ちょっとした祭りごととして、それをやってみたわけだ。
10時30分の開店と同時に、店の前は、詰め寄せた客でごった返していた。レセプションのアジア人の女性が、大きな声を上げながら、お客をテキパキとさばいていた。順番に整理券が配られて、間もなく自分たちも着席できた。
朝、開店前の百貨店に並び
朝ごはんに小籠包を食べる
という二つの貴重な経験を味わった。
もちろん、美味しかったし、話しは楽しかったし大満足だった。
とにかく人混みが苦手なので、友人と分かれた後は、早々に家に帰ろうと思い、駅に向かおうとした。
しかし、なぜか、急にベーコンを買おうと思い立ち、地下の食品売り場まで行くことにした。
エスカレーターを降り切ると、生鮮食品売り場独特のパリッとした活気がそこにはあった。
すぐそばに、とんでもなく美しいフルーツが、とんでもない値段で、山盛り売られている。
おい、ニッポンよ!
賃金が上がるスピードと、物の値段が上げられるスピードが全くつり合わないよ、と心の中で文句を言いながら、お肉やさんに向かった。
そこには、百貨店にしては、わりと良心的な値段で、きれいなベーコンが売られていた。
「これ、200g下さい」
指さしながら、お店の人にオーダーした。
「ちょっと出てもいいかしら?230gになりますが」
「もちろんです、構いません」
そんなやりとりのあと、お店の人は、きれい包装したベーコンを私に手渡しながら、
「美味しく召し上がってくださいね」
と、言ってニコッとした。
ハッとしてしまった。
なんか、いい言葉じゃないか?
外国だと、似たような場面では、Enjoy it! とか言われたけど、多分、それとおんなじだよね。
その言葉を聞いたら、何気なく買った230gのベーコンに愛着と責任が湧いてくるような感じがした。
自分は、確かな意志でこのベーコンを買い、
そして、調理して食べるのだ、と。
ただのベーコンが、
最高のベーコンになった。