起業家に囲まれると起業のハードルが下がる(Voicy緒方さん①)
今年、アメリカの音声SNS「Clubhouse」が日本に上陸して、大きな話題となり、にわかに音声メディアに注目が集まっています。日本の音声メディアはClubhouseブームをどう見たのか、音声メディアの可能性や目指す未来などについて、日本初の音声プラットフォーム「Voicy」の創業者、緒方憲太郎さんにお聞きした話を3回に分けてお送りします。
この記事はFMラジオ、InterFMで毎週日曜夜8時半からお送りしている番組「ビジプロ」で放送された内容と、未公開部分を併せて記事化しています。ビジプロは、「サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい」などの書籍や、個人M&A塾「サラリーマンが会社を買うサロン」で知られる事業投資家の三戸政和が、さまざまな分野の先駆者をゲストに招いて話を聞き、起業や個人M&Aなどで、新たな一歩を踏み出そうとしているサラリーマンを後押しする番組です。番組は三戸さんとの対談ですが、記事はゲストのひとり語り風に再構成しています。
音声アプリVoicyでは、ノーカット版の「ビジプロ」を聴けますので、こちらもお楽しみください。
「声のブログ」と言われる音声プラットフォームVoicy
Voicyは2016年に出来た音声プラットフォームです。Voicyのアプリを開くと、誰かのおしゃべりやメディア放送などの音声コンテンツが載っています。Voicyの特徴的なところはひとりで簡単に収録出来るところで、思ったことをしゃべればそれがそのままコンテンツになります。YouTubeとは違い、音声だけの放送で、編集も全くできません。「声のブログ」と言われていますが、その人の人となりそのままを声で届けるメディアですね。
音声プラットフォームの最高峰を目指す
現在の配信者は500人ぐらい(その後、2021年6月には800人ほどに)。審査制をとっていて、1週間に200~300人の申請が来ますが、審査に通るのは2~3人とかなり厳しくしています。誰でも出来る音声プラットフォームが最近、増えていますが、老舗であるVoicyは、ここに来ればめちゃめちゃ面白い人がいるというところを目指してやっています。
2つの学部を渡り歩き、公認会計士に
私は、大阪大学基礎工学部卒業のあと、大阪大学経済学部卒業と、学部を2回出ています。大学の授業をほとんど受けていなかったので、院に行くのは無理だろうし、大学でやっていたテニスをまだ続けたい、もう少し人生を楽しみたいと思っていたときに、経済学部の3年生に入れる試験があることに気づいて、受けたら受かったんです。
理系から文系というと、多くの人に不思議がられるのですが、とにかく好奇心が旺盛で、いろんなところに行きたかったんです。経済は、将来の仕事にも生かせるから勉強しておこうという気持ちもありました。 経済学部に入ると、少し真剣に人生を考えるようになり、1社に就職するのではなく、いろいろな会社を見られる仕事はないかと探しました。そして、公認会計士ならどこへでも行けるし、会社の裏話も聞けそうだと考え、資格取得のための勉強を始めました。簡単に合格できるかなと思っていたら、かなり大変でしたね。
旅の途中でビジネスキャリアの転機が
なんとか無事、公認会計士に合格し、2010年まで日本の監査法人で働きました。そこで1年間の休暇をもらい、地球を2周、旅をして回ったときに、ビジネスキャリアの1つ目の転機が訪れました。 旅の最後の辺りでニューヨークに行ったときのことですが、タイムズスクエアの横に「アーンスト・アンド・ヤング・ニューヨーク」(アメリカの監査法人)が建っているのを見て、見学に行くと、いろんな人と話が出来ました。
すごく楽しかったので、良かったら面接してくれないかと話したら、面接をしてくれて、僕は日本語と関西弁という2つの言語をとても流暢にしゃべるからすごい役立つぞみたいなことをアピールしたら、なんと採用してもらえたのです。 当時の私はTOEIC415点(神田外語学院のHPによると400~495点は「少しずつ会話が可能になってくるが、まだ基礎力が不足しているため意思疎通は限定的」のレベル)で、ほとんどボディランゲージだったので、驚きました。
ベンチャー支援を通じて起業家のコミュニティに入り、起業へ
ニューヨークから帰国して、トーマツベンチャーサポートというベンチャー支援をする会社に入りました。そのときに、あるお医者さんから一緒に会社をやらないかと言われて、医療ゲノムの会社の立ち上げに携わり、結局、全株引き受けて社長をやることになりました。しかし、ちょうどVoicyを立ち上げようと思っていたタイミングでもあったので、ほどなくして同時並行で経営していくのがヘビーになり、最後は、手に負えなくなって買ってもらいました。
社会に価値を生むための決断
ゲノムはこれから来ると言われていましたし、経営していた会社はゲノム情報をかなり所有し、アメリカで一番有名なゲノム検査の病院とも組んでいました。そのため、実は、ゲノム事業への新規参入を目指す会社から、最終的に買ってもらった会社より10倍高いオファーが来ていたのです。10倍高かったら、かなり生活が変わるぞと思ったのですが、結局、もともとゲノム業界にいて、信頼できる事業運営をしていた会社に売却しました。 ユーザーのことを考えれば、引継ぎをしてすぐにきちんと運営出来るところがいいと判断したのです。自分が得をすることよりも、社会的に価値が生まれる状態にしないと、逆に社会に負を生むことにつながってしまいますから。
「しゃべる」ことの価値に気づく
ベンチャー支援をしていた頃、遊びで、エンジニアと一緒にいろんな事業計画書を書いてはプログラムを作っていました。僕は、価値があるものをIT化したり、潜在的な価値を顕在化させたりということにすごく興味があったのですが、遊びでいろんな事業計画書を作る中で、しゃべることにはすごく価値があるのに、みんなそれに気づいていないということに気付いたんです。
たとえば、パーティーでイチローさんに出会ったら、みんな何をしたいかというと、絶対みんな、しゃべりたいんですね。人のしゃべることにはそれだけ価値がある。でも、インターネットにあるのはアナウンサーの声がほとんどで、僕が話を聞きたい人の声は載っていなかった。動画とテキストと画像は完全にインターネット化されているのに、音声だけはされていない。ないんだったら自分でやろう、声を届ける世界を作ろうと、Voicyにたどり着きました。
また、当時はiPhoneのSiriが出たり、IoTが注目され始めた頃でもありました。そういう動きを見て、いずれは、デバイスから情報を取るための操作は全部、音声になると思いました。たぶん冷蔵庫や洗濯機がしゃべり出すんだろうなと予想していたんですが、出てきたのはしゃべるだけのスマートスピーカーだった。それにはびっくりしましたが、そういう動きからも、音声を本気でやる価値が伺えました。音声に特化したものを作れば、ひょっとしたら日本発の世界的に勝てるプラットフォームが出来るかもしれないとも思ったのです。
起業に踏み出せた理由
僕は会計士をやっていたので、不動産を転がして稼ごう、不労所得で楽をしようという人ばかりと付き合っていたんです。そんな僕が、トーマツベンチャーサポートで、年間300社くらいのたくさんの起業家と出会いました。それは自分の起業にすごく大きな影響を与えたと思います。
起業家には、いまの会社が嫌だから起業しようという人がとても多いのですが、そういう人は楽しそうじゃない一方で、成功している人は、負を何とかしようということよりも、事業を楽しんでいる人が多かった。そんな、ビジネスでも甲子園に行こうと楽しそうに仕事をしている人たちを見て、こうやって仕事を楽しんだらいいんだと思い知ったんです。
そういうところで全力でやっている人には、もし失敗したとしても、いろんなところからオファーが来ていました。そういうことも見て、起業しても何にも失うことないなと、起業に対するハードルがすごく低くなりました。それに、ベンチャーのサポートをするのも、自分でやったことがないのに、人に偉そうなことを言うのはちょっとあかんなとも思ったんです。
お金に走った起業家、目指していたところを曲げて夢のないサービスにしてしまった起業家、そういう人もたくさん見ました。でも僕はそうじゃなくて、世界中の人が使うプラットフォームを目指して、誰もやってないサービス、新しいマーケットを作る事業を、見本のように作ろうと思って、起業することにしたのです。
日本は起業家にやさしい
起業することになりましたが、僕はずっと全力で独身をやってきたので、お金のことを心配して家族に止められるということはありませんでした。もともと良い時計が欲しい、良い車が乗りたいという人ではなく、部屋も1Kで寝られればOKみたいな、贅沢をする人ではなかったのも大きいと思います。 周りにいた仲間は止めました。
その理由は、当時、流行っていたのが動画やVRだったので、やるべきはそっちじゃないか、音声という全くマーケットのないところに行くのは違うんじゃないか、というものでした。でも、事業を始めるのに、いま流行っているものをいまから作り出しても遅いんです。彼らにはそう言って、音声で行くことにしました。 起業するためのお金は政策金融公庫から3000万円を借り、その後はエンジェル(起業を助ける富裕な個人投資家)からの投資を受けました。実は日本って、起業家へのサポートがすごく厚いんです。
それに起業する人が少ない。ピッチイベント(ベンチャー企業が投資家に自社のサービスや将来性を売り込むイベント)に行っても、出ているのはいつもたいてい同じメンバーで、競合が少ないんです。だから、日本は起業するのがすごく楽な環境なんですね。とはいえ、共同創業のエンジニアと2人で会社を立ち上げたんですが、初めの1年間は2人とも無給でした。
エンジニアとの出会いは大きい
起業は絶対にひとりでは出来ません。桃太郎はイヌ、サル、キジが一緒だから鬼退治ができたのであって、起業をしたいのなら、自分はそんな仲間を集められる人間か、起業に足る人間かを見極めてほしいと思います。 最近の起業ではエンジニアを仲間に出来るかがすごく大きいです。僕には、あるイベントの懇親会で出会い、ベクトルが合ったエンジニアがいました。彼とずっと遊びでいろいろと事業を作り、そうする中で、音声だったらふたりでやろうという話になった。僕は運がよかった。彼がいなかったらやらなかったと思いますね。
次回は、Voicyが「ユーザーファーストではないサービス設計にしている理由」をお伝えします。
※この記事は、日曜20時30分からInterFMにて放送しているサラリーマンの挑戦を後押しするベンチャービジネス番組「ビジプロ」の内容をまとめています。
三戸政和(みとまさかず)事業投資家、ラジオDJ
1978年兵庫県生まれ。同志社大学卒業後、2005年ソフトバンク・インベストメント(現SBIインベストメント)入社。ベンチャーキャピタリストとして日本やシンガポール、インドのファンドを担当し、ベンチャー投資や投資先でのM&A戦略、株式公開支援などを行う。2011年兵庫県議会議員に当選し、行政改革を推進。2014年地元の加古川市長選挙に出馬するも落選。2016年日本創生投資を投資予算30億円で創設し、中小企業に対する事業再生・事業承継に関するバイアウト投資を行っている。また、ロケット開発会社インターステラテクノロジズの社外取締役も務める。
著書に『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』(講談社+α新書)、『資本家マインドセット』(幻冬舎NewsPicks)、『営業はいらない』(SB新書)、『サラリーマンがオーナー社長になるための企業買収完全ガイド』(ダイヤモンド)、『サラリーマン絶滅世界を君たちはどう生きるか?』(プレジデント)などがある。Twitterのアカウントは、@310JPN。