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【感想】劇場映画『月の満ち欠け』
月の満ち欠け:佐藤正午の同名小説を廣木隆一監督が実写映画化。原作に忠実なストーリーや引きの画・長回し・横スクロールの撮影など近作『母性』と好対照な1本。廣木作品に久々の凱旋となった有村架純と今作で抜擢された菊池日菜子という文脈も印象的。あと録音の質がとても良かった気がする。
— 林昌弘,Masahiro Hayashi (@masahiro884) December 3, 2022
週末にnoteを書く習慣を始めてからまだ2年も経っていないのだが、佐藤正午原作の映画や廣木隆一監督の作品については過去に書いたことがある。
別に両者の熱烈なファンというわけでもないのですがw
現在劇場で監督作が3本かかっている量産状態な廣木監督。
自分は『母性』も観たので、その辺りの比較も交えながら感想を書いてみようと思う。
母性:試写会で鑑賞。湊かなえの同名小説を廣木隆一監督が実写映画化。原作から構成を大胆に改変しており、いわゆる黒澤明の『羅生門』スタイル。2022年は特に多作な廣木監督だが、今回は作風である引きの長回しは抑えて逆にアップの画が多かった。女優陣みんな素晴らしいが、高畑淳子の怪演…! pic.twitter.com/thykuNDfBf
— 林昌弘,Masahiro Hayashi (@masahiro884) November 9, 2022
※上記ツイートにある通り『母性』は試写会で観ています(無料で観た場合も有料で観た場合と同じように感想を書いているつもりですが、無意識に「まぁタダだったしな」と甘くなっている可能性もあるので情報開示)
原作からの改変
『母性』も『月の満ち欠け』も原作は小説。
いずれも廣木監督は脚本を書いていない。
よって、どこまでが監督の意図なのかは分からない部分もあるが、この2作品は「小説を映画にアレンジする」というアプローチが結構異なっていて面白かった。
『母性』は大胆に構成(厳密に言うなら「語り方」か)を変えている。
というのも湊かなえの原作小説の肝は読者に対する叙述トリック。
母娘と謎の教師の計3人の語り手が存在し、終盤でその謎の3人目の正体が明らかになるのが大オチ。
文字だから出来る驚かせ方をやっている。
(端的に言うと、その教師は実は娘が成人した姿=娘と同一人物で、物語の出発点となった女子高生死亡事件はそもそも母娘の話ではなかったという読者の印象がガラッと変わる衝撃的な構成)
ところがこの方法は映画では使えない。
冒頭で教師が出てきた瞬間に永野芽郁が演じているから(この時点では1人2役の可能性もゼロではないけれど)原作未読の人でも「あ、娘は死なずに今も生きていて教師をやっているんだ」とすんなり理解してしまう。
そこで『母性』は黒澤明の『羅生門』スタイル、最近ならリドリー・スコットの『最後の決闘裁判』スタイルで組み立てている。
母娘の証言の食い違いを見せることにフォーカスした作劇。
(もちろん原作でもこの食い違いは描かれている)
それに対して『月の満ち欠け』のストーリーは概ね原作通り。
佐藤正午らしい時系列が入り組んだ構成も踏襲。
何せ30年間に渡る物語なので、俳優陣のメイクを考えると何か削ぎ落としてギュッとしてくるのかなと思ったけど、それをしなかったのは嬉しい驚きだった。
まぁ強いて挙げるなら正木竜之介(田中圭)のキャラクターには大きな改変と省略が施されていて、割と救いようのないクズ野郎になっている。
この男が2件の事故の原因になって計3人を死なせてるわけだし。
撮影・ショット
2作品の違いは映像にも現れている。
廣木作品といえば引きの長回しが特徴。
――廣木監督の映画では、長回しやひきの画が特徴的ですが、ネット配信ドラマということで撮影時の意識の違いはあったのでしょうか。
【廣木隆一監督】 映像に関しては、そんなに違いを意識していません。ただ、いつも通りに撮っていくと僕は引きの画ばかりになってしまう(笑)。
『月の満ち欠け』ではそういったショットの連発。
基本的にずっと引きで撮っているw
ドラマ『silent』で俳優としての評価も急上昇中なSnow Man目黒蓮のファンの方々なんかは「せっかくの大きなスクリーンであの美しい顔をたくさん拝めると思ったのに」となっているかもしれないw
でも映画的で良いショットは多かった。
個人的ベストは三角(目黒蓮)が正木瑠璃(有村架純)を自分の部屋に連れて行く場面の、道路を渡る→階段を上がる→部屋の前に来る→そこからの景色を眺めるシークエンスをワンカットで収めた撮影。
なかなか変態的なアングルとカメラの動きだったけど映画館でニコニコでしたw
あと人を変えて何度も出てくる走るシーンの横スクロールのカメラワークはまさに映画的。
前にも書いたけど映画とは横移動の快楽。
もちろんこの走るシーンが繰り返される演出は「生まれ変わっても、あなたに逢いたい」というストーリー上のテーマとも直結している。
本作は「繰り返し」の物語だ。
逆に『母性』はそういった引きの画は少ない。
むしろ役者の顔のアップが中心。
恐らく戸田恵梨香をはじめとする女優陣の演技をしっかり見せるという方向に舵を切ったのだと思う。
実際すごい演技合戦になっているのであれはあれで正解を出している。
廣木監督っぽくないので最初は戸惑ったけどw
「見る・見られる」のモチーフ
撮影といえば『月の満ち欠け』は劇中にもカメラが登場する。
三角の8mmフィルムカメラと小山内家のホームビデオカメラ。
原作には無い映画オリジナル要素。
あの劇中カメラに収められた映像自体も素晴らしいのだけど、本作ではこれがクライマックスでの見る・見られるの転換に効いている。
劇中では小山内堅(大泉洋)→梢(柴咲コウ)や三角(目黒蓮)→正木瑠璃(有村架純)に向いていたと思われた矢印が、実は逆向きにも見られていたと分かる。
この見る・見られるの転換は文字通りスクリーンを一方的に見る立場の観客を思わずハッとさせる実に映画的な演出。
だからあの新幹線の車内でのシーンがエモーショナルになるわけです。
逆に『母性』は
物語は、すべてを目撃する観客=【あなたの証言】で完成する。
のキャッチコピー通り観客は徹底して見る側に置かれている。
有村架純と菊池日菜子
本作で廣木作品に久々の凱旋となった有村架純。
自身に映画を教えてくれた人物として過去にインタビュー取材で何度も廣木監督の名前を挙げている。
番組中、出演者が“俳優人生の転機”を話した流れで有村は「私に映画を教えてくれたのは廣木隆一監督という監督なんですけど」と、有村が主演を務めた映画『ストロボ・エッジ』の監督の名前をあげた。
最近はAmazonオリジナルドラマ『モダンラブ・東京』第2話で榮倉奈々とも久々に仕事してましたね。
そんな廣木作品で今回若手女優として抜擢されたのが高校生の小山内瑠璃を演じた菊池日菜子。
役柄上も有村架純の生まれ変わりという設定なわけで何か不思議な巡り合わせを感じます。
そこまで演技経験豊富ではない中で伊藤沙莉と2人のシーンとかは大変だったろうなぁ…
素敵な俳優になってほしいなと。
他にも
録音の質が良かった?(映画館の他の客が物音立ててるのかと思ったら劇中の環境音だったというのが数回あった。ただし他作品と比較できてないのであくまで体感)
月の満ち欠けよろしく顔の半分にだけ照明が当たった状態で対峙する大泉洋と目黒蓮
主題歌を歌ってるのは有村架純?
ジョン・レノンの曲を何回もかけるのはちょっと胃もたれ感
とか色々あるのですが今日はこの辺で。