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【感想】劇場映画『ガンパウダー・ミルクシェイク』

クラフトビール好きとしては「ミルクシェイクIPAは聞いたことありますけどガンパウダーってのは初耳です」と思ってたら、別にそういう名称の甘い飲み物があるわけではないらしい。

ちなみに僕はクラフトビールの中でも御多分に洩れずIPAが好きですが、積極的にミルクシェイクIPAを飲むことは無いですw
セッションIPAやNE IPAが好み。

本作はド直球のアクション映画。
監督はナヴォット・パプシャド。
イスラエル出身で、2013年の『オオカミは嘘をつく』があのタランティーノから大絶賛されたことで一躍注目を集めた方である。
(厳密にはアハロン・ケシャレスとの共同脚本&共同監督)

そんなタランティーノに感謝と敬意を表したのか、今作は過去の名作アクション映画からの引用が多いタランティーノ的、もっと平たく言えばヒップホップ的な作劇になっている。

  • 女囚さそりシリーズ

  • 続・夕陽のガンマン

  • ジョン・ウー監督の二丁拳銃

ちなみに多くの方が指摘している『必殺仕事人』からの引用は監督自身が否定していますね。
(ただしインタビュー後半で「もしかしたらどこかで気付かず観ていたのかもしれませんね(笑)」ともw)

阪元 ミシェル・ヨー演じるフローレンスが鎖を使って敵を首吊りにするシーンがありますよね。あれってもしかして日本の「必殺仕事人」シリーズに影響を受けてます?

パプシャド 「必殺仕事人」は観たことがないんです。あのムーブは、ミシェルをキャスティングできたことで生まれました。
(中略)
ミシェルの出演が決まり、改めてスタントコーディネーターのローラン・デミアノフを交えて鎖のアイデアを思い付いたんですけど、ある日スタントとコレオグラフィーを担当しているセバスチャン・ペレとローランがやってきて「メリー・ポピンズ・ムーブだ!」って言うんです。だから傘を持ったメリー・ポピンズが空から降りてくるみたいに鎖を使って降りてくるのは、彼らのアイデアですね。
https://natalie.mu/eiga/pp/gpms-movie

僕の知識レベルでは引用ネタ元映画の全網羅はとても不可能ですし、馬鹿がバレるのも恥ずかしいので「解説記事を書きたいわけではない」という言い訳と共にこの辺で止めておきましょう。

個人的にはボウリング場でのカラフルなネオン逆光の中での格闘シーンは『007 スカイフォール』の上海の場面に通じる美しさを感じて好きでした。

まぁこれは語り継がれるほどクラシック化していないので引用元ではないと思いますが。

ただ、ボウリング場という場所の撮り方では二宮健監督の『真夜中乙女戦争』の方が上だという事は独断と偏見で記しておきます。

あとは注射によって両腕が麻痺してしまうという制約条件下でのアクション。
両腕を封じられた上に武器の乏しい病院内という制約も加わった状況でのあのシークエンスは今まで見たことのない不安定・不確実な戦い方になっていてめちゃくちゃ面白かった。
前述のボウリング場のシーンも武器が無くてスーツケースで戦わなければいけなかったり、この後のカーチェイスは『子連れ狼』よろしく一緒に連れている子供を指示して運転させたりと、単に銃をぶっ放す爽快感に走るのではなく制約を設けることで映画的なサスペンスを生み出しているのが素晴らしい。

あと既存ポップス曲のかけ方もエドガー・ライトっぽい雰囲気あって、エドガー・ライト作品が好きな自分にはツボでした。

(編集のリズムはそこまで音楽と密接ではなかったけど)

とにかく、本作は手を替え品を替え次から次へ魅せてくれるアクションが楽しい!
ただし、それだけの映画ではない。

本作のテーマはかなり明確にシスターフッド(女性の連帯)とフェミニズム。
そもそもアクション映画というジャンル自体が以前は男性のものとされていた。
それに対するカウンター作品が近年出てきている。

直近では『355』

あとは2021年公開の阪元裕吾監督『ベイビーわるきゅーれ』

映画館で本作を見逃してしまい、配信も見当たらない。
このまま『ベイビーわるきゅーれ』を見ずに『ガンパウダー・ミルクシェイク』を見るしかないのか俺は…と凹んでいたらガンパウダーの公開と同日にU-NEXTで独占配信スタート。
さすが俺たちのU-NEXT!

ギリギリ滑り込みで見れました。

さらに映画ナタリーはナヴォット・パプシャド監督と阪元裕吾監督の対談を実現。

さすが俺たちのナタリー!

本作では分かりやすく味方は女性で敵は男性という構図になっている。
監督も意図的にそうしたとインタビューで語っているが、それを事前に知らなくてもあの構図に込められたメッセージは明白だろう。
悪役の男性キャラも「俺はフェミニストだ」という「いやそれ確実に分かってない男が軽々しく言ってるやつじゃん」な台詞を言う。
(そういえば『ベイビーわるきゅーれ』でも「これからは女性の時代だ」とヤクザの親分が口にしてたのに…という展開ありましたね)

そんな(彼らの表面的な言葉を参照するのは不本意ではあるが)女性のエンパワーメントは2010年代に数多くの作品で描かれてきたが、2010年代後半から2020年代にかけてはシスターフッドを描いた作品も増えてきた。
自分の理解では女性のエンパワーメントを達成する上でシスターフッドは不可欠なので両者は別々の潮流ではないと思っている。
例えば「女性の権利が大切なのは分かりました。でも女性同士って仲悪くなりがちよね。権利が向上しても対立されるのはちょっと…」みたいな意味不明な言説への対抗というか。

もちろん本作でも女性のエンパワーメントは前提として描かれている。
重要なモチーフとして本が使われているが、ラストシーンに出てくる本があの『若草物語』なのだ。

何回も実写映画化されてるけど、やはり現代にアップデートされているという観点でグレタ・ガーウィグ版を推したい。

シスターフッド映画と聞いて真っ先に思い浮かぶのは山内マリコ原作・岨手由貴子監督の『あのこは貴族』

劇中で相楽逸子(石橋静河)は言う。

「日本って女を分断する価値観が普通にまかり通ってるじゃないですか。おばさんや独身女性を笑ったり、ママ友怖いって煽ったり、女同士で対立するように仕向けられるでしょう?私そういうの嫌なんです。本当は女同士で叩き合ったり自尊心をすり減らす必要ないじゃないですか」

本作は東京という階層社会を描いた映画として宣伝されていたと記憶しているが、受容のされ方としては上記の台詞をハイライトとするシスターフッド作品の側面の方が多くの観客に強い印象を与えていたように思う。

他には『ブックスマート』も良かった。

こっちはティーン・ムービーとしても傑作。
シスターフッド映画と呼ばれる作品は他にも本当に色々あるのですが、ひたすら羅列するだけになってしまうので個人的に大好きな上記2本を紹介する形とさせてください。

さらに偶然最近読んだ錦見映理子の小説『恋愛の発酵と腐敗について』もシスターフッドがテーマだった。

1人の浮気性な男性に振り回される女性が3人登場するのだが、最終的に彼女たちが対立したり決裂したりするのではなく共に歩んでいくというストーリー。

このようにシスターフッド作品というのは間違いなく潮流である。
で、ここまで書いてきて何だが、僕は本作『ガンパウダー・ミルクシェイク』がシスターフッド映画として傑作や金字塔だとまでは正直思っていない。
アクションシーンと平場会話シーンの画面の熱量の差などまだ粗削りな部分も多かった。
ただ、こういった男性客層に響きそうな(というステレオタイプな括りもまた良くないですが)アクション映画という娯楽ジャンルを通してメッセージを伝えるという志は大いに支持したい。
どうしてもいわゆるアート系作品や社会派作品ではなかなか広く届けるのは難しい。
(もちろんそういった映画でフェミニズムやシスターフッドを描いた良作はたくさんあります。あくまで大衆、特に男性に広くリーチするか否かという観点)

ここで「いや、映画じゃなくて本や新聞記事で学ぶのが正攻法じゃないの?」という意見もあるかもしれないが、私も含めて多くの男性は自身の中にある女性差別意識に無自覚である。
「え?女性の権利ですか?それは全然男性と平等であるべきと思いますよ」と本心で本当に思っている一方で家事や生理、妊娠への無理解を無自覚に示してしまう。

この辺りは桃山商事の書籍で詳しく研究されてますね。

そういう人に「本を読んで学べ」と言っても「いや、だから分かってますって」となってしまい突破口が無い。
だからこそエンタメやポップカルチャーという“第一層は全くお勉強ではない”形で届けていくことが大切。

僕はエンタメやポップカルチャーのそういう可能性をまだ信じていたい。

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