見出し画像

【感想】劇場未公開映画『ブラックベリー』

「今年のベルリン国際映画祭のコンペ部門にブラックベリーを描いた作品がノミネートされた」と知ったのは2月のこと。
確か『すずめの戸締まり』がノミネートされたというニュースの流れで作品一覧をチェックしたんだっけか。

てか『Past Lives』もここにノミネートされてたのか!
先日オーストラリアから帰国する便の機内で観たけど素晴らしかったな。

IndieWireが選ぶ2023年の映画No.1
(ちなみに宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』が4位、深田晃司監督の『LOVE LIFE』が17位)

個人的にも劇場公開時や東京国際映画祭で

  • すずめの戸締まり

  • アダマン号に乗って

  • アートカレッジ1994

  • ミュージック

  • Totem(原題)

を観ているので2023年は何かベルリン国際映画祭と縁があったようである。
年明けすぐ公開の『ミツバチと私』も楽しみ。

閑話休題。
『ブラックベリー』も飛行機の機内で鑑賞。
これがまぁ面白かった!
良く言えば社会派・硬派、悪く言えば地味(めちゃくちゃ語弊のある言い方で申し訳ないw)なラインナップのベルリンからは珍しくかなりエンタメ寄りな作品。
そんなわけで日本公開日の発表を待っていたのだが、残念ながら(?)配信スルーに。

そういえば私は昔この「DVDスルー」や「配信スルー」を「劇場公開をスルーされた」という可哀想なニュアンスとばかり思っていたのだが、全然そういう意味ではないw

まぁ確かに日本ではブラックベリー端末はガラケーとスマホの狭間に落ちて普及率・知名度ともに微妙だから映画館でやるのは厳しかったのかもしれない。
そう、本作が描く物語は「ブラックベリーの隆盛と凋落」
日本はともかく北米圏では一時期までは圧倒的なシェアを確立していた“元祖スマホ”でありながらiPhoneの前に華々しく破れ去った。
その一部始終。
ただ、単なる企業同士の戦いよりは創業者や共同CEOという個人の人間ドラマに焦点が当てられた作劇になっている。

まず冒頭。
このオープニングシークエンスがいきなり巧い!
中国製の商品から出る微かなノイズを我慢できず、商談まであと数分だというのに分解を始めるマイク・ラザリディス(後のブラックベリー創業者)
見事あっという間に修正してノイズが出ない状態で商談スタート。
こだわりの強い天才エンジニアという人物像を一発で印象付けると共に、これがラストシーンへの布石になっている。

ここから前半は要所でコメディタッチも交えながら(監督のマット・ジョンソンが自ら演じたダグラス・フレギンの存在感!)開発と普及の過程をスピーディーな編集で描いていく。 
後半への布石となるストックオプション取得日を改竄する不正もこの時点では「いったれ!いったれ!」ぐらいのテンションw
観客をどんどん乗せていく。
とにかく編集テンポが良い。

ITエンジニアの端くれとしては、試作品をベル・アトランティック社(現ベライゾン)にプレゼンするシーンの、アーキテクチャの話から始めるシーンは最高でしたねw
大企業も考えつかなかった発想のコペルニクス的転回に唯一人辿り着いていた主人公。
あの場にいる重役たちの受けの芝居も良いんだよな。
「あ…こいつの言ってる方法なら確かに我々の行き詰まっていた問題は解決するのかもしれない…!」っていう興奮を見事に表情の演技で表現している。

この前半に天丼ギャグのように繰り返し出てくる「共同CEO」というフレーズが後半で真逆のニュアンスに変わるのも巧い。
前半はジム・バルシリーが単独CEOを名乗る度に「いや共同CEOだから」と訂正する=積極的に自分もCEOとアピールしたい気持ちがあるのだが、後半は不正・犯罪の疑惑をかけられ「あなたはCEOだから当然この件も知ってましたよね?」と追及されて「いや、共同CEOなので…(もう一方のCEOがやったことで自分は知らない)」という逃げの言葉に変わる。
ここは思わず唸った。

この前半が笑えるけど映画を観終わった後に少し切なくなるのは、結局このベンチャー企業と呼ぶのも憚られるくらい未成熟な頃の彼らが一番輝いてたから。
ブラックベリーが市場シェアを獲得して企業が成熟すると同時に停滞が始める。
停滞というか元々の文化と最新の実態が乖離してくるというべきか。
マイクロマネジメント主義のCOOが現場介入を始めた辺りで「あぁこりゃもうダメだ」とw
創業当時からの文化を最後まで守ろうとし、そして同時に最後まで取り残されていたダグラス・フレギンが退社するシーンは本作のハイライト。
(まぁエンドロール手前で「ダグラス・フレギンは株を高値で売り抜けて実は人知れず億万長者」と知って同情の涙は引っ込んだがw)

そして舞台は2007年に移り、遂にあの人類史に残る衝撃が主人公たちを襲う。

この本物のスティーブ・ジョブズのプレゼン映像が流れた瞬間の絶望感…
その後の歴史を肉眼で知る我々には「終わりの始まり」そのものである。
ここから先も駆け抜けるように凋落の過程を描いていく。
決して湿っぽくはやらない。
製品の品質には妥協を許さなかったマイク・ラザリディスがジリ貧になる戦いの中で信念を曲げ、そしてあのラストシーン…
むちゃくちゃ切なかった。

ちなみにこれは「イノベーションのジレンマ」とは少し違う話だと思っていて、iPhoneのタッチパネルに対して「いやいやキーボードのボタンを押すこの感覚こそユーザーが求めているものなんだ」とマイク・ラザリディスは最後まで信じていた(=読み違えていた)んじゃないかなと思う。

夢と絶望を同時に見せてくれる1本でした。
企業で働く人間なら直接・間接を問わず色々ハマるポイントのある映画なんじゃないかなと思います。

全体的なテイストは『ソーシャル・ネットワーク』に似てる…かも?
スピーディーに一気に進んでから後半苦い話になる感じとか。
脚本の構成は全然違うけど。

手ブレやズームを繰り返すドキュメンタリー風の撮影・カメラワークは2023年を振り返る上で欠かせないHBOドラマ『サクセッション/メディア王』にも通じるものがある。

そう考えると(?)今年は企業ドラマ映画が豊作で、本作とは真逆のアガる成功の物語なら『AIR/エア』

Amazonプライム見放題で配信中。

サスペンス仕立ての『テトリス』も好き。

こちらはApple TV+独占配信。

テレビドラマもWeWorkやUberを題材にした作品がありますね。

次のターゲットはOpenAIだろうか?

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集