【感想】劇場映画『違国日記』
1月に木村聡志監督の『違う惑星の変な恋人』という映画が公開されていた。
これも最高に面白かったけど、本作は「違う惑星」ではなくて「違う国」
すみません、いきなり脱線してしまいました。
原作はヤマシタトモコの同名漫画
テレビアニメ化も決定済みの人気作品
シリーズ構成・脚本は喜安浩平!
音楽にも牛尾憲輔を起用していてなかなか面白そうな座組み。
こっちはこっちで楽しみだ。
さて、一方の実写映画版を手がけたのは瀬田なつき監督(脚本と編集も兼任)
ちょうどNHKで放送が始まったばかりのドラマ版『柚木さんちの四兄弟。』にも演出の1人として参加されている。
ド派手なカメラワークとかスタイリッシュなカット割りとか絵作りで勝負するタイプというよりは役者の芝居を引き出す演出力に強みを持つタイプだと思う。
今作でそれが引き出したミラクルがスクリーンに映っているのが田汲朝を演じた早瀬憩
つい先日17歳になったばかりの新星だが、テレビドラマでは既に何作品かで目にしてきた。
『ブラッシュアップライフ』
門倉夏希(夏帆)の中学生時代
つまり今回の『違国日記』で新旧なっち共演が実現している。
ここドラマ好きは密かにアガるポイントw
『虎に翼』
山田よね(土居志央梨)の幼少期
「よねはどうして今のような人物になったのか?」を伝えるという非常に重要なシーンを演じていました。
『からかい上手の高木さん』
北条がメインを担うバレンタインデーのエピソード良かったなぁ。
今泉力哉監督らしい長回し撮影。
今作『違国日記』ではあの瞬間にしか引き出せなかったであろう刹那的な輝きがスクリーンに映し出される。
原作の朝はもう少し心の中に黒いものを抱えた陰の面を持つキャラクターだが、今回の実写映画版は陽の割合を増やしている感じ。
原作のバランスは恐らくテレビドラマの方が向いていると思うので個人的にはこの微調整は肯定派でした。
それにしても瀬田監督は一体どうやって演出したのか?
そして早瀬憩はどれだけの演技力のポテンシャルを内に秘めているのか?
TBSラジオ『パンサー向井の#ふらっと』出演時の喋り方(17歳とは思えないほど落ち着いている)を聴くに、何か天性の感覚だけでやってるタイプという感じもしないんだよな。
松岡茉優が伊集院光のラジオに出た際に
というようなことを言っていたが、早瀬憩も理屈派なのかなーという印象を受けた。
それとも「若いのにしっかりしている」という話で演技論とは全然別?
まぁどっちが良い悪いという話でもなければ完全に私の妄想なのだけどw
どの演技・表情も素晴らしかったけれど(無邪気ゆえの加害性を表現したシーンすらも)やはり白眉は終盤の歌唱シーン。
あれはもはやアクションだ。
漫画原作を実写化する際の最大のアドバンテージは俳優の身体性なわけだが、あのシーンはそれを見事すぎるほどに活かしている。
W主演ながら一歩引いたポジションでの演技となった新垣結衣a.k.a.ガッキーも素晴らしかった。
古沢良太および堺雅人にぶつかった『リーガル・ハイ』でコメディエンヌとして覚醒。
さらに野木亜紀子と出会ってテレビドラマにおいては確固たる地位を築く。
しかし映画への出演はそもそも少なめ。
ところがフリーになってから出演作の選び方が明らかに変わった。
パブリックイメージ(いわゆるガッキースマイル)とは異なる役への挑戦が目立つように。
その最たる例が昨年の『正欲』
今作は『正欲』のような笑顔を封印した重たい役ではなかったけど、ポッドキャスト番組の『奇奇怪怪』で語られていた新垣結衣の印象・イメージと緩やかに繋がっているような役どころ。
個人的は『違国日記』の「別に拒絶はしてないけど、あなたはあなたで私は私」というキャラクターの方がよりイメージと近かった。
ちなみに元カレ役が瀬戸康史という配役は古沢良太脚本・石川淳一監督の『ミックス。』を思い出すw
テレビの2時間ドラマ的な軽めのコメディ作品だけど、これはこれで好き。
先ほど「拒絶はしてない」と書いたが、そうはいっても完全オープンマインド型の人ではなくて、槙生の心が徐々に開かれていく過程を台詞ではなく映像的に見せるのも良かった。
最もわかりやすいのは序盤と終盤に1回ずつ計2回出てくる握手。
まぁこれはほぼ原作準拠の描写ではあるのだけど。
ちなみに本作の脚本は原作からエピソードの取捨選択や順序変更は加えられているもののそこまで大幅な改変は無い。
テーマや空気感の抽出という観点でも申し分ないと思ったが、強いて挙げるなら森本千世(伊礼姫奈)のエピソードはやや中途半端な形で残ってしまっているかなと感じる。
(原作だと男女格差や男社会の話に接続していくのだけど映画では尺の問題もあってそこには至らず)
話を演出に戻そう。
原作の漫画という表現手法では難しくて実写映画の方が有利なものの1つが空間演出。
今作ではドアや窓の開閉を通して槙生(新垣結衣)の心の開放が表現されていて良かった。
中盤の部屋の扉を閉めてコミュニケーションを拒絶するシーン(あれはあれで少しコミカルなのだけど)があるからこそ、ラストの窓が開かれて洗濯物越しに日光が部屋に差し込む描写が対比的に輝く。
開放感という意味では屋外シーンも。
何せ本作の撮影は四宮秀俊!
濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』や今泉力哉監督の『窓辺にて』を撮ってきた名カメラマンである。
特に終盤の海辺のシーンの美しさよ…
ただ、自分は『ドライブ・マイ・カー』のこのショットも大好きなので「四宮秀俊が撮る海辺にある公園の階段」が好きなのかもしれないw
撮り方という意味では包団(餃子作り)のドキュメンタリックな感じも面白かったな。
キッチン空間を使った奥行きのある画面設計も良いし、そこまでガチガチに段取りを決めずに長回しで撮ったそう。
あのシーンが一番好きって人も多いんじゃないだろうか。
包団は原作にも出てくるもので映画オリジナルではないのだけど、ちょうど先日の『私のバカせまい史』でバカリズムの「餃子は包んだ物を裏返すっていうのが」から始まるボケや最近話題になっている千葉雅也の新刊『センスの哲学』に出てくる餃子のリズムの話もあって何か個人的にタイムリーだった。
ちなみにバカリズムの発言にある餃子=包むという視点は「皮で外界から隔てる」「中に閉じ込める」と読み解けばあながち本作のテーマの1つである他者性と無縁でもないように思える。
…さすがに深読みしすぎだなw
うむ、近い内にまた行きつけのあの店に餃子を食べに行こう。