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【感想】劇場映画『梟 -フクロウ-』

2022年に韓国で年間最長No.1記録を樹立、百想芸術大賞では作品賞・新人監督賞・最優秀男優賞の3冠、大鐘賞映画祭では主要部門の全てにノミネートと興行的にも批評的にも大成功した『梟-フクロウ-』

そんな本作の元ネタは史実。
といっても朝鮮王朝時代の記録物『仁祖実録』の中には昭顕世子がまるで毒を盛られたかのように怪死した旨の一文があるのみ。
その怪死の“真相”をオリジナルの主人公を据えて脚色している。
よって劇中で描かれている出来事はほとんど全てフィクション。

そういった点でNHK大河ドラマのような史実に即した時代劇(もちろん大河ドラマも広義ではフィクションなのだけど)というよりはマシュー・ヴォーンが監督した『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』のような歴史改変SFの方が近いかもしれない。

こちらは「キューバ危機ひいては冷戦が終結した裏にはX-MENの存在があった」というストーリー。

その脚色において大きな役割を担うのが「全盲の目撃者」という設定。
ただ、これ自体はサスペンスやミステリーで散々擦られてきた古典的なモチーフ。
例えばそのままド直球なタイトルの映画『見えない目撃者』

オリジナルは韓国版だけど、吉岡里帆が主演した日本リメイク版もなかなか良かった(むしろオリジナルを超えた感すら)

さらに日本では同日公開となったNetflixドラマ『殺人者のパラドックス』にも同様の設定のキャラクターが登場する。

今観てる最中だけどこれも結構面白い。
編集(シーン間のトランジション)への偏執的なこだわりが特に好き。

さらにもうすぐ日本公開のカンヌ国際映画祭2023パルムドール『落下の解剖学』の予告編には「視覚障がいの息子」という文言が。

やはり「見る」アートフォームである映像作品には登場しがちな設定なのだろうか?

個人的にはコロンボの『5時30分の目撃者』も記憶に残っている。

まぁこれは全盲の目撃者それ自体がメインというより「目撃者を見ていた(コロンボが連れてきた目撃者が全盲だと知っていた)犯人こそが真の目撃者」というコロンボから犯人への逆トリックだけど。
この趣向を受け継いだのが古畑任三郎シーズン1の『殺人特急』

三谷幸喜の『振り返れば奴がいる』と世界観を共有したエピソードでした。

昨年TBS日曜劇場で放送された『ラストマン -全盲の捜査官-』も目撃者 or 捜査官という違うはあれど根幹は同じ。

この古今東西の様々な作品で扱われてきた設定に政治サスペンス時代劇を掛け合わせたのが本作の特徴。
Netflix韓国ドラマの『キングダム』のイメージ。

2020年からシーズン3を首を長くして待っている。
が、そもそも構想あるのだろうか…

前半はたっぷり時間をかけて周到にセッティングを整えていく。
なので事件は特に起こらない。
ただ、そこで開示される色んな情報が後半に抜け漏れなく効いてくる。
手札を見逃し・聴き逃してはならない。
この辺り脚本が非常に巧み。

この前半パートでハッとさせられたのが、耳から周辺情報を得る主人公に合わせて練られた音響設計。
内医院に初出勤(?)した主人公が新たな環境に関する情報を周囲の音から拾っていくシークエンス。
音の聴こえ方がサラウンドになって360°四方八方から聴こえてくる仕掛け。
あれは映画館でこそ体験すべき演出。

そして事件が起き、主人公が善意で何とかしようとした行動はことごとく裏目。
追い詰められても主人公の情報源は耳のみ。
さぁどうする!?
ここから一瞬たりとも気が抜けない。
劇中の時間帯が夜というのもあって明暗のコントラストを活かした暗いショットが増える。
観客の目も徐々に塞がれていく。

観客も目より耳に集中力を持ってきたくなるという点では『THE GUILTY/ギルティ』を思い出したりなんかしていたら…

実は本作における真の伏線は鍼医の設定の方だったと気付かされる終盤。
全盲はある意味でミスリード(!)

鍼治療という何なら街中の医院で普通にやられている行為をあんなにも息詰まるサスペンスに仕立てる演出手腕に脱帽。
宣伝文句の

<全感覚麻痺>サスペンス・スリラー

ってそういう意味か!と。

アン・テジン監督は数々の作品で経験を積みながら遅咲きも遅咲きの51歳で本作が長編映画監督デビュー。
百戦錬磨の手練れ感すら漂う映画的サスペンス演出が本当に素晴らしかった。
苦難の時期もあったらしいが、ヒット作になって賞も獲得して報われて良かったなと思う。

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