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天城山からの手紙

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伊豆新聞で2018年10月より連載スタートした、天城山からの手紙-自然が教えてくれたことのアーカイブ記事になります。加筆訂正をし、紙面では正確に見れなかった写真も掲載。
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「天城山からの手紙 36話」

「天城山からの手紙 36話」

夏も間近なこの時季から、大量の虫が天城を占拠する。道を歩く先すべてが虫で覆われていると考えれば想像もしやすいかもしれない。そんな理由で、夏の季節は虫に天城を譲り、今回からしばらく、順不同にエピソードを優先して掲載していきたい。初めて天城をテーマにしようとした時、正直なにを思い撮影をしなければいけないのか私は全く分からなかった。目の前に現れるブナにはいつも圧倒され、そんな中、俗にいう綺麗な写真やすご

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「天城山からの手紙」33話

「天城山からの手紙」33話

満月の夜に天城を歩くと、驚くほど森は明るい。地には月の明かりで影の分身が映し出され暗闇にすーっと伸びたその姿は、見とれるほどに美しい。逆に、新月の森は、まったくの暗闇に包まれ、恐ろしいほどに深い闇は、小さな物音でさえ、私の体に大きな鼓動を鳴らす。何度、ビクッとすることだろう・・その度に体力を奪われていく。そんな新月の夜は、天空を覆う木々たちの暗いトンネルを歩いると、何時も急がされる。何かに追われる

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「天城山からの手紙」34話

「天城山からの手紙」34話

登山道へ着いた時、ライトに照らされた先は、1mも見えない程に濃い霧で包まれていた。一瞬、ちょっと危ないかな?と頭をよぎるが、目的地へ夜明け前に到着するには今出るしかない。そして、次の呼吸をしたらもう一歩足が進んでいた。すでに私の頭の中は、この霧の中で出会える情景で埋め尽くされていたからだ。これだけ濃い霧は珍しく、足元だけを見つめ、頭の中の地図と重ね合わせては一歩一歩進む。道半ば足を止めては霧に浮か

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「天城山からの手紙 35話」

「天城山からの手紙 35話」

森に流れる時間は、ゆっくりと過ぎてゆき、その時間に合わせて歩くと心がリセットされる。耳を澄ませば、小さな風に揺れる葉っぱの音さえ体に染みわたり、目を閉じれば、驚くほどの音が自分の周りを包んでいるのだと気付き、そんな時を過ごせば体から生きる力が溢れ出してくる。しかし、そんな幸せな時間は、もしかしたら直ぐ目の前で止まってしまうのかもしれない・・・。それはこの自然環境の変化が、じわりじわりと姿を確実に現

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「天城山からの手紙」30話

「天城山からの手紙」30話



この日は、森に風が霧のベールを繰り返し運んで来た。目の前にスーッと現れる魔法の衣は森の住人に次々と命を与えて行く。衣を纏うと、そこかしこから話し声が聞こえ、特別な瞬間を喜び勇む姿に、目を奪られた。そして、直ぐにまた風が衣を剥いで何事もなかった様に日常の光景へと変わる。本当に、こんな日は滅多にはなく、それに出会えた事への感謝が溢れ出していく。天城はこの霧に包まれた光景が、素晴らしく、光との共演が

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「天城山からの手紙」29話

「天城山からの手紙」29話



地を照らす真っ赤な光の道が森に差した時、体に走った興奮はまだはっきりと覚えている。遠く万三郎から顔を出した太陽が、一瞬の情景を作り出す。蒼い時間を撮影していた私は、急に訪れた光景に頭をフル回転させ、急いでシャッターを押すが、あまりの速さに打つ手がない。そして、3分ほどだろうか?この光の道はなくなってしまったのだ。急に現れる自然が作る光景は、何時もこんな感じで、何回来たら、納得のいく写真を撮らせ

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「天城山からの手紙」27話

「天城山からの手紙」27話



このツゲ峠は、今、一目で荒廃が確認できる場所かもしれない。その地は、フカフカの苔が埋め尽くし、その上に倒れたブナ達は最後の安らぎをもらい眠る。まだ倒れぬ者達は、無残な姿のまま立ち尽くし、中には、そのまま体が崩れ落ち、倒れる事さえ許されない者もいる。そんな姿を見ると、どうしようもない空虚に体中が包まれ、これも自然の摂理だろうと思えば、気が紛れる、人間もその中にいると思うと気が引き締まる。この日は

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「天城山からの手紙」26話

「天城山からの手紙」26話



4月中旬も過ぎてくると、天城にも春の息吹が聞こえてくる。やっと丸裸の森も新緑の衣装を纏ってにぎやかになり、早朝から全身に真っ赤な太陽の暖光を浴びて始まりの英気を養う。新しい葉は、淡く輝くほどの緑で、森全体が一瞬の花火を咲かせる。私も、そんなパワーのある時間を過ごしたくて4月から早朝撮影が多くなっていく。ただこの時期になると、朝が早く登山道へ着くのが2時過ぎになってしまい、こっちも気力勝負になる

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「天城山からの手紙」28話

「天城山からの手紙」28話



とにかく森の朝はすばらしい。静寂の闇がだんだんと光に包まれ、次第に歓喜の声がこだまし始める。眩い太陽の光が、森に住む者達に命を吹き込むのだ。いつも暗い中を歩きながら、今日、出会えるだろう情景を頭に浮かべ、心を整える。感覚的に、森の朝をとらえるためには、徐々にそのモードへと自分を入れて行くのも重要で、歩く時間は私にとってそんな意味で必要なのだ。ふと気が付くと、小さな鳥の声が暗闇の向こうから聞こえ

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「天城山からの手紙」25話

「天城山からの手紙」25話



伊豆に流れる渓谷は、天城連山を中心に、四方八方へと流れだしている。まさに母なる山で、その恵みたるは想像が容易いのではないだろうか。森を歩き月日も積もれば、ちょっとした変化にも気が付くようになってくる。いつも、何気なく歩いているようだが、音や香り、そして目の前に広がる風景とたくさんの情報が、知らぬ間に頭に刻まれいるようだ。ある日、何時もの様に歩いていると、「ちょろちょろ・・」とせせらぎの音が聞こ

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「天城山からの手紙」24話

「天城山からの手紙」24話



皮子平を抜け戸塚峠に着いた頃には、冷たい霧が頭上から降り注ぎ立ち込めていた。天城の森は、霧に包まれれば包まれるほど、幻想の世界が広がっていく。普段は無骨に立つブナ達も、ここぞとばかりに動き出し、その体は、両手を広げ天を仰ぎ腰を力強くねじり踊りだす。3月の下旬という事もあり、新緑には程遠く、その姿は真っ裸だ。だからこそ、嘘のない感情が、霧の中で見え隠れする。気づけば、ポツポツと小雨が降り初め気温

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「天城山からの手紙」23話

「天城山からの手紙」23話



ただ天城の森に行きたい思いだけで飛び出したこの日、戸塚歩道に入ると、急に気温が下がり辺り一面が段々と霧に包まれていった。先へ先へと目をやると、そこは異世界へと続く長い道が伸び、そこをゆっくりと私は歩を進めて行く。季節の変わり目であるこの時期は、なんとなくいつもと違う雰囲気が漂う。まるで風船が少しずつ膨らみ、今か今かと破裂するようなそんな騒めきがあるのだ。そして深く息をすると、そこには、春を待ち

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「天城山からの手紙」22話

「天城山からの手紙」22話



この日、筏場にある林道口から皮子平を経由して、最深部にある”ヘビブナ”を目指した。このルートはお気に入りの一つなのだが、戸塚歩道に入るまでが実に退屈でいつも二の足を踏んでしまう。ただ3月の天城は、眠りと覚醒の狭間にいる時期で、何もなければ全くの無だが、時として神秘的な情景に出会うことができる。この日も、とにかく山に行きたい一心で出かけた。天城の中でも、私は戸塚歩道は大好きな場所の一つで、まさに

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「天城山からの手紙」21話

「天城山からの手紙」21話



温暖な伊豆でも、こんな雪の物語がある。キラキラと輝く雪原を一片の穂先が旅路に立つ・・。天城の撮影に入り、初めての冬は、巡るめく出会いで溢れ、いつでもこんな風景に出会えるのだと勘違いするほどだった。とにかく雪の天城と出合いたくて、危険も顧みずにチャンスとあれば、単身乗り込む。この日は万三郎を経由して小岳までの往路を夜明け前からスタートした。数日前に積もった雪はあまりにも深く、普段歩く様子ともまっ

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