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「天城山からの手紙」26話

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4月中旬も過ぎてくると、天城にも春の息吹が聞こえてくる。やっと丸裸の森も新緑の衣装を纏ってにぎやかになり、早朝から全身に真っ赤な太陽の暖光を浴びて始まりの英気を養う。新しい葉は、淡く輝くほどの緑で、森全体が一瞬の花火を咲かせる。私も、そんなパワーのある時間を過ごしたくて4月から早朝撮影が多くなっていく。ただこの時期になると、朝が早く登山道へ着くのが2時過ぎになってしまい、こっちも気力勝負になる。実は、登山道へ着いてしまえば何の事もないのだが、朝の自分との闘いがこの時期は難儀なのだ。”天気”や”また明日”やといろんな理由を付ければ、いくらでも行くことをやめる事が出来きる。ただ一度その罠にはまってしまうと、人は弱いもので、その渦に巻き込まれ、途端に行かない理由が正当化されてしまう。そして毎日連敗の日々になるのだ。私にはもう過ぎた道なのだが、今でも時々負けてしまう事もあることは白状しておく。この日は、まさに負けた日の話で、本来の目的地より、はるか手前で朝日を迎えてしまった。目の前には、丁度ブナの新芽も出揃い最高な朝のひとときが流れ、小鳥のさえずりや風が吹き抜ける音、そして何よりも素晴らしい真っ赤な日の出の光が、全体を照らし瞬が動き出していく。しかし、心に残るのは、今日少しだけ負けてここに立っているという後ろめたさだった。目の前には最高の景色があり、しかし心はすっきりとしない。そんな時、横目に入ったこの光景は、逃げ惑うような想いを、真っ赤な炎が焼き払っているようで、まるで今の私の想いだなと心底思ったのである。それからしばらくは負けていない。


掲載写真 題名:「逃げ惑う者達」
撮影地:猫越岳付近
カメラ:Canon EOS5D MARK3 EF24-105mm f/4L IS USM
撮影データ:焦点距離32mm F4.5 SS 1/80sec ISO800 WB太陽光 モードAV
日付:2014年4月26日AM5:16

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