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ゲーム翻訳者がいればクラウドファンディングができるのか、やってみた

この記事は「ゲームとことば Advent Calendar 2024」の企画に参加させていただいています。

ゲーム翻訳者たちの間で、未翻訳のゲームの翻訳資金調達のために「クラウドファンディングをやってはどうか」というアイデアが出たことは何度かあったようですが、本当にやるのはハードルが高い。
ですが、私には絶好の機会がありました。私が初めて翻訳に参加したゲーム『ホテル・ソウルズ』のStudio SOTTの2人が新作『チーズムーン』を開発中で、韓国でクラウドファンディングを成功させている。同じように日本でもやれるんじゃないかと私は考えました。

後にも先にもこんなにやりやすいプロジェクトはないでしょう

翻訳会社やパブリッシャーを通しているわけではなく、私は2人と直接やりとりをしていますし、友人のようなものです。たとえファンディングが目標未達成になったとしても、関係が悪化するようなことはありません。「失うものはないですから」ということで意見が一致していました。
もともと私は何でもお手伝いする気でいましたし、開発者2人は本業が別にあって会社員として働いていて、食べていくことはできています。ファンディングの成否に関わらず、ゲームの開発を続けて完成させることができる。作っているゲームは完成させられる規模のものであり、ファンディングのために規模を膨らませることのないよう、ストレッチゴールは設定しません。
返礼品は韓国版と同じものを追加生産すればいい。どこまで広報できるかはわかりませんが、プレスリリースを作ってメディアに送るぐらいのことは私が普段やってますから、自分たちでやればOK。
課題はグッズを遅延や破損なくお届けできるかどうかということぐらいでしょう。

というわけで、実際にやってみた結果を先にお見せします。

募集期間: 2024年3月7日~4月21日
目標金額: 550,000円
支援総額: 987,950円(179%達成)
支援者数: 160人

支援してくださった方、広報とグッズ配送に協力してくださった方々、誠にありがとうございました!CAMPFIRE様のサポートにも大変お世話になりました。

プレスリリースをもとに記事を掲載してくださったメディアのご厚意のおかげでもあります。
4Gamer.net様 X/Twitter 記事
indiegamesjapan様 X/Twitter 記事
電ファミニコゲーマー様 X/Twitter 記事
Indie Freaks X/Twitter 記事(私が自分で記事を作成)

まだゲームの発売まで気を抜けないとはいえ、9月に物理リワードを無事に支援者の方々に届けることができて、ほっとしています。

目的は資金調達だけではありません

始める前に私が考えていたのは、クラウドファンディングによって新作ゲームの認知度を高めることができるという副次的な効果と、支援者の方々とのコミュニケーションのツールとして活用しようということでした。例えば、CAMPFIREのプロジェクトページの「活動報告」に開発者2人からのメッセージを載せてみました。

アート担当:TOTT(トット)
日本でも応援されているのを見ることができて本当に嬉しいです。まだまともにデモを見せたりしていないゲームなのにです。涙が出そう...

プログラミング担当:NOON(ヌンヌン)
とても感動です... 支援者の方々のコメントが本当に応援になると思います。日本の方にこんなに直接たくさん応援してもらえるなんて幸運ですね!

このようにStudio SOTTの2人が日本語で語りかけるのはユーザーにとって新鮮に映ったはずです。しかも、実は2人は日本語会話が少しできるのです!上記の文言ぐらいの内容ならゆっくり日本語で話せます。しゃべってもらう機会を作ろうかとも考えましたが、当時はまだ展示会に出展したこともなかったので(その後プサンのBIC Festivalで初出展した)、謎の覆面作家のままでいてもらいました。

そして「支援者」のページに多数のコメントをいただき、2人が感動していました。韓国でのクラウドファンディングではこんなにコメントがつくことは普通ないので、驚いたようです。自分たちの作品が日本の人々に届いているということを改めて実感する、いい機会になったはずです。

そして、グッズが届いたときにハッシュタグを付けて共有してくださいとお願いを書いたら、たくさんのご報告をいただき、これにも2人が感動していました。

こちらは『ホテル・ソウルズ』の薬学者っぽいキャラクターを描いてアイコンにしておられるashi_yuriさんのポストです。ご本人から、5年ほど前『ホテル・ソウルズ』の前後ぐらいから海外のインディーゲームに興味を持つようになった、と聞いたことがあります。奇遇ですね、私もそうです。

私はashi_yuriさんが2020年3月にレビューを書いてくださったのを覚えていますが、他にも、『ホテル・ソウルズ』をきっかけにSNSで交流が始まったフォロワーさんたちや、当時『ホテル・ソウルズ』のゲーム実況をしてくださった配信者さんたちのことを覚えていたので、連絡をとってみようと思いました。『ホテル・ソウルズ』のことを覚えていてくださる方々に、新作『チーズムーン』の開発が進んでいることをお知らせして、再会を喜べるようにしたいというのがそもそもの企画意図です。

実際のところ、開発資金や翻訳資金の調達という意図はほとんどありませんでした。もし目標金額の55万円ぎりぎりだったとしたら、グッズの製作費と諸経費を引くと、翻訳費用は残らなかったでしょう。それでも日本語対応してゲームのSteamキーをお届けすると約束するわけですから、何があっても翻訳するつもりだったのです。

クラウドファンディングで集めたお金を翻訳に使うとなると、結果的には翻訳費用を支援者のみなさんが負担したということになります。ゲームの発売後は他のユーザーもゲームを購入できるわけで、それで支援者に納得してもらえるのかという心配もあります。人のお金で翻訳するのではなく、ゲーム会社のお金で翻訳をするのが普通なのです。それを忘れてはなりません。そのぶん、支援者の方々にどんな特典を提供できるのだろうとずっと考えていました。やはり、そこには感動がなくてはならない。

グッズを手に入れる機会は、展示会での販売を除けば、おそらくもうないので、まずはグッズが貴重な特典と言えます。加えて、ファンディングをやっている最中にリアルタイムに開発者からのメッセージが届き、目標達成を共にお祝いできるという、そこに価値を感じてもらえるかどうかです。

業者に何を外注するか? 料金の相場は?

今回はグッズの配送をIndie Freaks株式会社にお願いしました。Indie Freaksは私がライターとして所属するグループでもありますが、この場合、私を介してStudio SOTTが配送代行を依頼するということです。支援者リストとグッズをIndie Freaksの拠点に送り、その後のことはお任せする。梱包資材の調達と、宛名シールの印刷と、検品・梱包作業・発送です。

Indie Freaksは普段からさまざまなインディーゲームのグッズの製作を行っていて、Patreonで支援してくださる方々に返礼品として送っています。配送を依頼できる他の業者は探せばすぐ見つかりますが、私にとってIndie Freaksにお願いするほうがコミュニケーションがとりやすくて助かりました。作業風景の写真を見せてくださったり、宛名シールにチーズムーンのロゴを入れてくださったり、さまざまな点で手厚くサポートしていただけました。

話はさかのぼりますが、そもそもクラウドファンディングの最初から最後までを代行業者と協業して進めていくという案もあり、韓国での相場を調べました。Studio SOTTが韓国にある代行業者に問い合わせたり、ウェブサイトの料金表を調べたりした結果(為替レートは当時のもの)、

A社 契約金500万ウォン(約55万円)+手数料20%
B社 300万ウォン = 約33万円
C社 100~300万ウォン = 約11万~33万円

A社のサービス:資料翻訳、クラウドファンディング審査対応、プロジェクトページ作成、製品配送、SNS広告、検索広告

このように数十万円を支払うことになってしまいます。目標金額通り55万円だけ集めるような規模では、代行業者を利用するのはまず無理です。実際には987,950円集まりましたが、そのうちまずCAMPFIREに「手数料12%+決済手数料5%」と、その金額に対する10%の消費税を支払います。Studio SOTTはグッズの製作費と送料とSteamキー先行販売の売上として支援金の約33%は最低でも確保しなければなりません。

分かりやすく、集まる金額が100万円だとしましょう。
CAMPFIREへの手数料と決済手数料: 12万円 + 5万円
上記にかかる消費税: 1万7千円
韓国の代行業者を利用すると仮定した場合の支払い: 約33万円
グッズ製作費・送料・Steamキーの売上: 約33万円

残りは……15万3千円?
(実際には代行業者を利用してないぶん、もっと残りました)

この15万3千円からStudio SOTTの2人が作業した時間の人件費を差し引いたものが、翻訳などに使えるお金ということになってしまいますので、約33万円の代行業者を利用するわけにはいかないということがわかるでしょう。
結局、プロジェクトページの作成や広報を自分たちでやることにしました。お金が残ればStudio SOTTや私の人件費と翻訳費用にあてられるというプランです。

ご安心ください、みなさまのご支援のおかげで、よくある普通のワード単価で4~5万ワード翻訳できるぐらいのお金は残りました! よく考えると、私は翻訳以外にもあらゆることに関わって作業したので、その人件費まで確保できているわけではありません。準備から募集期間の2月~3月に隙間時間を使って、4~5万ワードの案件を獲得した!クラファンのノウハウを身につけた!という感じですね。

新たな挑戦者は現れるのか?

さて、この記事を読んで「自分もクラウドファンディングをやってみよう」と思う人はたぶんいないと思いますが……きちんとノウハウを書き残すのは難しいので、ざっとだけ書いておきます。

詳しくはCAMPFIREのヘルプを見ていただくようお願いしますが、「海外在住でもプロジェクト掲載できますか?」という質問のページをよく読んでおいてください。日本国内の住所や銀行口座などが必要になりますので、基本的には海外在住の方がプロジェクトオーナーになることはできないようです。日本にいる協力者/協力会社がプロジェクトオーナーとして起案することになります。管理画面にアクセスしてプロジェクトを運営していく必要もあるので、日本語能力に不安のある外国人が担当するのは難しいです。

海外送金の手数料についても事前に調べておきましょう。甘く見てはいけない金額になります。
集まったお金が日本国内の銀行口座に振り込まれるとして、そこから海外のゲーム会社の口座に送金するときに手数料がかかります。そして、翻訳や配送代行などの費用を日本の協力者に支払うときにまた送金手数料がかかるのはロスになります。つまり、しっかり予算を組んで、日本側の口座に残しておく金額と、海外のゲーム会社に送金する金額を計算したほうがいいです。

広報に関しては、プロジェクト開始前の「事前告知期」にやるべきことをやっておき、開始直後にスタートダッシュをかけることが重要です。

CAMPFIREの場合、プロジェクトページの「限定公開URL」を知人に共有して、開始前に「お気に入り」登録してもらっておくといいです。これはSteamのウィッシュリストみたいなものです。開始時や募集終了36時間前などに通知が届くだけでなく、お気に入りの数が上位のプロジェクトはトップページの「まもなく公開のプロジェクト」の欄に掲載され、露出が増えて流入が期待できます。ここに載るには何人ぐらいのお気に入り登録者が必要なのか、しばらく観察してみるといいでしょう。

上記のリンク先にも書かれていますが、クラウドファンディングには「3分の1の法則」と言われる仮説があります。支援者となってくれる人の3分の1は「自分の知人」、次の3分の1は「知人の知人」、残り3分の1が「サイトなどを通じて知る全く知らない人」と言われています。まず自分の知人に連絡をとって協力をお願いするというのがクラウドファンディングの実情であり、メール、SNSのDM、メッセンジャーアプリなど、あらゆるものを使ってお願いできる知人が何人いるかリストアップしてみるべきです。周囲を巻き込んで盛り上げていける人は向いていますが、まず自分が性格的に向いているかどうかを考えてみてください。

『チーズムーン』の場合、Studio SOTTや私のXのフォロワーで『ホテル・ソウルズ』をプレイしたことのある方々がすぐに支援してくださったおかげもあってスタートダッシュに成功し(連絡をしたわけではなく、ほとんど黙っていたのに支援していただけて大変恐縮です)、開始48時間で目標額の54%、72時間で65%、公開1週間で85%に到達しました。
公開1週間を迎えるまでに、『ホテル・ソウルズ』をプレイしてくださった動画配信者の方々のメールアドレスをYouTubeチャンネルで集めて、告知のメールを送らせていただくという広報活動をしました。

統計によると、公開1週間で目標額の50%以上の支援が集まると、80%に近い目標到達率になるそうです。もし頼れる知人がいないところから始めた場合にどうなるかを考えてみると、クラウドファンディングというのは難しいものです。

プロジェクトページの準備にかかりっきりで、Steamストアページをオープンしていなかったというのは準備不足でした。
開始から1週間以上経って、思い出したようにストアページをオープン。Steamのニュース機能を使って、前作『ホテル・ソウルズ』をフォローしてくださってるユーザーにお知らせが届くようにしました。
クラウドファンディングの時期に、『チーズムーン』のウィッシュリストを増やしておくことも大事でした。

私に何かあったらどうするか、という問題もありました。支援者リストは送ってあったのでグッズの配送までは私がいなくても可能でしょう。私に支払われる予定のお金(翻訳費用と人件費)を預かっておくのはリスクがあります。縁起でもないですが「もし私が急逝するようなことがあったらこの金額をStudio SOTTに送金してください」と兄に頼んでおきました。翻訳も、たぶんIndie Freaksの仲間たちが私の遺志を継ぐ適任者(?)を探してくれるでしょう。このことからも、持つべきものは頼れる知り合いだということがわかります。

結論としては、フリーランスのゲーム翻訳者が個人でクラウドファンディングを代行するのは課題とリスクが多いので、何かと頼れるコミュニティのようなものに属していたほうがいいです。

書籍翻訳のクラウドファンディングをやっておられるサウザンブックスさんのような会社の、インディーゲーム向け代行会社があればいいんですけど、今のところありません。

まずインディーゲーム開発に発売スケジュールの変更が多いうえに、ローカライズも間に合わせる前提で、クラウドファンディングをやるというのは至難の業です。めったにないことでしょうから、クラウドファンディング代行業者が今後現れるかというと、難しいでしょうね……。
パブリッシャーが、自社で販売するタイトルのクラウドファンディングをやっているのは見かけますが。

でも、私はいつかまた「伝家の宝刀」クラウドファンディングをやりたいです。日本からあれだけの反応をもらえる、『チーズムーン』のようなゲームを作っているインディー開発者さんと一緒に楽しく仕事ができるなら。
そのときをお楽しみに!

付録:当時の私のメモ

クラウドファンディング代行
・プロジェクトページ作成
・トレーラーの日本語監修
・Indie Freaksブログ記事作成
・プレスリリース作成と配信
・SNSテキスト、動画などの翻訳
・ホテル・ソウルズの動画配信者のリストアップ

1/31 必要な素材(主に画像)リストアップ
2/1 返礼品の名称を翻訳
2/12 スクリーンショットの台詞を翻訳
2/14 テストページの画像を更新。画質のチェック
2/19 トレイラーの監修。画像素材もほぼ全部そろった
2/22 プロジェクトページのテキスト一通り作成
3/4 審査チームからフィードバックが来た。修正して再審査に出した

3/7 ゴールデンタイムの19:00にプロジェクトを公開
3/8 午前中にプレスリリース配信済み
3/9 最初の活動報告配信 48時間で54%
3/10 72時間で65%。3/10の24時に70%
3/11 ホテル・ソウルズの動画配信者さんたちにメール送付
3/14 2回目の活動報告 1週間で85%
3/16 ストアページテキストの日本語翻訳完了
3/25 ストアページ公開
3/26 100%達成

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