幸せとは何でしょうか
こんにちは
akaです。
幸せという言葉が有ります。
私は家族を大切に出来ず、自責の念に囚われて生き続けて来ました。
そのような精神状態で自分の幸せなど考えられるわけもありませんでした。
自業自得なのですが。
というか幸せって何か?
会社員の時は、皆目わからなかったですね。
毎日廃人のような心で会社に行って同じ生活を繰り返す。
仕事が休みの日や周りに人が居ない時は過去の辛いばかり頭の中で反芻しては自分を責める。
そのような毎日でした。
筋トレも好きでしてましたが、セロトニン効果で精神的にラクになるのは身体を動かしたあとだけ。
昨年出会ったカウンセラーの先生に言われました。
「一つの感情を抑えていると、それが喜怒哀楽の感情の全てに伝播して、自分が何をしたいのかわからなくなります」
何か自分の事のように感じました。
家族にまつわる過去の辛い思い出を心の奥に封印することで、前に進もうとしていた時でした。
でもそんな事は出来なかったですね。無理でした。
前職も失敗して自分が何をしたいのか、どこに行こうとしているのか分からずに生きていましたね。
同じく昨年あるコンサルタントのセミナーに出て聞いた言葉で印象に残った言葉が有りました。
「自分を上手く扱えるようになれば人生上手くいく」
というものでした。
自分の扱い方というのは自分との向き合い方と捉えました。
確かに私は、自分の過去を振り返り、自分を罵ってばかり自分にネガテイブな言葉をかけてばかりでした。
いわゆる自分と仲良く出来ずにずっと過ごしてきたわけです。
自分自身に酷い扱いをしてきました。
日本人の98%はネガテイブ思考とのことです。
私ももちろんそうでした。そこに輪をかけて自分を責め続けていたわけですから、自分の幸せなどイメージ出来るはずもなかったのです。
でも頭の片隅には
・良いことも、悪いことも「一つの状態がずっと続くことはない」
のような思いがずっとあった感覚も有ります。
ただ以前の私は嵐が過ぎ去るのを待っていただけでした。
7年前からビジネスの先生に付いて学び始めたのは、これではいけないという無意識(潜在意識)での思いからかもしれないです。
もちろん当時の仕事を辞めたいと言う気持ちも強かったのですが。
・自分を上手く扱うことが出来る
・過去の辛い思い出を無理に封印するのではなく、自分の辛い体験から気付いたことを、過去の私と同じように苦しんでおられるお方にお伝えすることで【昇華する】
私は今、ここに向かっています。
本格的にNLPを学び始めたのも、これらが理由です。
自分を上手く扱うことが出来るようになり、過去の辛い体験・思い出を昇華して「自分自身はどうなりたいのだろうか」?
と考える時が有ります。
ラクになりたい
という思いが有ります。
そして自分を救いたいという思いも有ります。
そして何かを成し得たいと言う思いが有ります。
しかし根本は逆なんですね。将来このようになりたいから今NLPを学んでいるという自分が居るんです。
自分の場合は【結果を出せる自分になりたい】という思いが強いです。
なぜか自分の行きたい場所を、すぐに忘れてしまうので常に自分を戒めねばなりません。
前職が上手くいかず、加齢するごとに「自分の欲しいものを何も手に入れられない人間になって行っている」という危機感を覚えました。
だからこそ、そんな自分を何とかしようとして、昨年から今まで色々と学び続けて考え続けて来たのだと感じます。
冒頭で幸せについてわからなかったと書きましたが
今は
「自分がやると決めた事を頑張る時間と場所があることを幸せ」に思っています。
会社員の時には有り得なかったことです。
最近NLPのセミナーを受講していて先生から言われたお言葉が有ります。
・自分を大切になさってください
・自分にかける言葉に注意を払ってください
会社員の時には意味が分からなかったでしょう。
今は意味が分かります。
使う言葉はプラス言葉でマインドもプラス基調で生きていくことが良いのだと思います。
心の中で自分と対話する時に使う言葉にも、注意を払わねばなりません。
私は昨年のように過去の辛い思い出を封印しようとまでは、もう思っておりません。
「辛いことにフォーカスするのは止めよう」という思いが強いです。
フォーカスにエネルギーが流れるからです。
意識はエネルギーだと言われます。
量子力学的な考えですが、ずっと意識していることや、繰り返し考え続けていることが質量を持って現実化するという面があるそうです。
とても不思議ですね。そして怖いです。
これは先日の記事で書いた「人生は思っている通りになる」の内容に通ずるものがあります。
だからプラスの事柄、なりたいイメージばかりを思い描く毎日を過ごして、そこに向かう行動を継続すれば良い方向に向かうと思います。
しかしながら、言うは易し行うは難し
です。
人間には思考と行動の間に分厚い壁が有ります。
・「やるぞ」と思ったからといって、すぐに「やる」ことが出来るようになるのか
という問題。
私は会社を辞めて何度もこの「自分という壁」にぶち当たっています。
「やるぞ」と決めてすぐに出来て、頑張り続けられる人間であればとっくの昔に優秀な人材になっているのです。
でもここは使う言葉と行動の習慣化で以って対処するしかありません。
やるぞ➡やる➡続けようとする➡出来なかった➡反省 不貞腐れる➡でもまた諦めずにやる➡同じことが起きても諦めずに【習慣化できるまでやる】
これをやって行く中で、習慣化できると信じています。
・出来るまでやる
これが重要だと自分に言い聞かせています。
これから先に私が人様に貢献出来た時に、自分が思っているのとは違う「幸せ」を感じているかもしれません。
「やってみなければ分らないので、やってみる」という気持ちで行動を続けています。