【論文メモ12】「感謝」の授受で職場は活性化する(感謝の効用)
少し今までと毛色が変わって、組織の中で、感謝を表明すること、感謝の気持ちを受け取ることはどんな影響があるのかについての論文である。
「ありがとう」「おかげさま」感謝と謙虚が人間としての一番の美徳だと思っているので、読んでいて素直に楽しくなった。
取り上げる論文
タイトル: 職場において感謝がワークエンゲイジメントと文脈的パフォーマンスに与える効果:応答曲面分析を用いた検討
著者: 正木郁太郎
ジャーナル:社会心理学研究 第39巻第1号 15–30
発行年: 2023年
概要
本研究では、感謝を「表明すること」と「受領すること」が職場環境におけるワークエンゲイジメントおよび文脈的パフォーマンスに及ぼす影響を調査した。感謝行動の2側面に注目し、それぞれの効果を検証した結果、両者がいずれもポジティブな影響を持つことが示された。特に、感謝の表明と受領が一致している場合、ワークエンゲイジメントへの効果が確認され、感謝行動の相乗的な価値が明らかとなった。
関連する理論・概念
・拡張-形成理論 (Fredrickson, 2004)
ポジティブ感情には思考と行動の幅を拡張し、長期的に有用な 個人的・社会的資源を獲得することを促す機能がある
・道徳感情理論 (McCullough et al., 2001)
感謝感情の道徳性に注目し、感謝感情には自身が受けた恩恵に対する注意を促し向社会的モチベー ションを喚起することで、向社会的行動を動機づける機能があるとする
・Find, Remind, and Bind理論 (Algoe, 2012)
感謝の機能を対人関係の構築と円滑化の観点から捉え、感謝には自身のニーズに対して応答的でよい関係を築けるパートナーを新たに見つけ出すか(find)、既存の対人関係の中から再認させ(remind)、関係を強固にする(bind)機能があるとする
・文脈的パフォーマンス(Borman & Motowidlo, 1997; 池田・古川, 2008; 田中,2012)
組織において中核となる職務が機能するための、広範囲の 組織的・社会的・心理学的環境を支援する行動(≒組織市民行動)
変数
(a) 説明変数: 感謝の表明および受領の頻度。
(b) 調整変数: 性別、年齢、役職など
(c) 媒介変数: 感謝の頻度が社会的資源や個人の資源に与える効果
(d) 成果変数: ワークエンゲイジメントおよび文脈的パフォーマンス
方法
対象: 日本の情報通信業企業の従業員281名。平均年齢は47.64歳、男女比は約3:1。
手法: オンライン調査を通じて、感謝行動、ワークエンゲイジメント、文脈的パフォーマンスを測定。
分析: 応答曲面分析および重回帰分析を用いて感謝行動の影響を検討。
結果
(1)感謝の表明と受領はワークエンゲイジメントと文脈的パフォーマンスの両方に正の影響を与える
感謝を表明することも、感謝を受領することも、それぞれ独立してワークエンゲイジメントおよび文脈的パフォーマンスに対して有意な正の効果を持つことが確認された。
特に、感謝を表明する経験は文脈的パフォーマンスに強い影響を与え、一方で感謝を受領する経験はワークエンゲイジメントにやや強い影響を示す傾向がみられた。
(2)感謝行動の「一致」の重要性
応答曲面分析の結果、感謝の表明頻度と受領頻度が一致している場合(特に両方が高い場合)、ワークエンゲイジメントや文脈的パフォーマンスが顕著に高い傾向が見られた。
この「一致」の効果は、感謝が単に個別の行動として影響を及ぼすのではなく、相互作用としても大きな意義を持つことを示唆している。
(3)感謝の表明は文脈的パフォーマンスに対して特に強い効果を持つ
感謝の表明は、文脈的パフォーマンス(例: 同僚を助ける行動)に直接的に影響を与える傾向が強かった。
この結果は、感謝を表明することで向社会的モチベーションが喚起され、他者との協力行動が促進されるという先行研究を支持するもの。
(4)感謝の受領は個人の社会的価値認識を高める可能性
感謝を受領することは、個人が職場で認められ、社会的価値を確認するきっかけとなり、ワークエンゲイジメントを高める効果を持つと解釈された
特に、感謝を受領する経験は、上司や同僚などからのフィードバックを通じて自己効力感や自己認識を向上させる役割を果たしていると考えられる。
(5)上司、同僚、部下という相手ごとに感謝行動の効果が異なる
感謝を交わす相手ごとに効果が異なることが明らかになった。
上司:感謝を表明する経験がワークエンゲイジメントと文脈的パフォーマンスに強い影響を与えた。
同僚: 感謝を受領する経験の方が強い影響を示した。
部下・後輩: 感謝の表明と受領がどちらも有意に関連するが、影響力はやや小さい傾向があった。この結果は、感謝行動の効果が状況や相手との関係性によって変動することを示唆している。
(6)認知の差
調査対象者は感謝を「表明する」頻度の方が「受領する」頻度よりも高いと認識していることがわかった。
なお、応答曲線の結果は、以下の図の通り
感想
著者も本論文の冒頭で言う通り、日常生活で感謝を言い合うことは有用であるが、企業組織の中では、報酬が伴うため、一つ一つの行動の原因が金銭的動機に帰属されやすいので、善意のものと解釈されにくいということ面もあり日常生活とは切り離して考えることが必要なのかなと思っていました。
今回、素直に感謝の気持ちを交換することは組織にとって皆が気持ちよく働けてよいのだというのが分かって個人的にはよかった。また感謝を受け取るのと感謝を伝えるのが異なる効用があるというのも面白かった。
やっぱりこういうポジティブな研究は読んでいて気持ちも良くなる。
感謝の気持ちを伝えることの意義については、自分の中でもう少し深めて知りたいなあと思い、著者の以下の本も読み進めているところである。