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【人材開発研究大全⑩】第1章 採用 服部泰宏

 10回目となる今回は、第1章に遡って、採用についての論考を取り上げたい。

欧米における「採用研究」を踏まえて、日本の特殊性(前提の違い)を浮き彫りにしていく論考がなかなか興味深かった。

 欧米と日本では、ジョブ型雇用、メンバーシップ型雇用と人と職務の結びつけ方が異なる中で、その入り口である採用のあり方も異なり、採用研究の方法も異なるのも当然といえば当然かなと思う。その違いがどのようなものかをしっかりと認識できた意義は大きい。
 また数年前まで採用を担当をしていたため、「なるほどな」と身近に感じる部分も多かった。



欧米における採用研究

 著者は、採用に関する欧米の産業・組織心理学者によって行われてきた研究蓄積を以下の2種類に分類する。

(1)リクルートメント研究
「組織が潜在的な従業員を特定し、ひきつけることを主たる目的として行う一連の施策や活動」(Barber 1998)としての採用に着目した研究(Recruitment reserch)

(2)セレクション研究
潜在的従業員の「集団の中から適切な人材を選定する」(Rynes&Boudreau 1986)選抜に関わる研究(Selection reserch)

(1)リクルートメント研究の例としては、既存の71の実証研究を対象とした、Chapman et al.(2005)のメタ分析を以下のように紹介する

・特定の企業での就職活動を継続するかどうかといった求職活動初期の意思決定に対しては、求職者が知覚する組織とのフィット間(POフィット)が重要な影響を与えていたこと
・採用通知を受け入れるかどうかといった後期の意思決定においては、フィット(POフィット)に加えて、リクルーター特性や当該組織の仕事、組織特性、採用プロセスの良し悪しといった様々な要因が影響を与えていることを指摘する

 たしかに自分のことを考えても、採用過程における、リクルーターや採用プロセスの良し悪しの影響は大きいと思う。

(2)セレクション研究では、どのような採用手法が将来の仕事業績をどの程度予測するかということに関する研究が蓄積されているとして、Ryan&Tippins (2004)の研究を以下のように紹介する。

・ワークサンプルのように、実際の仕事の状況に近い形で測定した選抜手法のほうが、そうでない手法よりも将来の業績予測力が高い
・求職者の回答に合わせて質問内容やその順序を柔軟に変更する非構造化面接よりも、評価者があらかじめ質問内容やその順序を決定しておく構造化面接のほうが、将来の業績の予測力が高い

非構造化面接よりも構造化面接のほうが将来の業績予測力が高いというのはなぜだろうか?相対評価がしやすいからであろうか?

日本の「採用研究」

 一方で、日本では、経営学および産業・組織心理学の視点に立った研究は極めて少ないとして、日本の採用上の課題を3点にわけて浮き彫りにする。

(1)企業と求職者の間の相互期待が曖昧なままになっているという問題
(2)選抜する段階における能力の評価基準が、曖昧で不透明になっているという問題
(3)こうした曖昧さゆえに設定される能力評価の基準、使用される選抜手法から採用フローに至るまで、日本企業の採用活動が極めて同質化している

各々についてもう少し具体的に見ていくと以下の通りである。

(1)曖昧にされる期待
 この背景には、以下の2点があるという。

①入社後にどんな仕事に従事させるか、どんなキャリアを歩ませるかが採用時点で明らかでないという日本企業のキャリアマネジメント上の特徴
②募集段階でできる限り多くのエントリーを募りたいという日本企業の採用上の特徴

(2)曖昧で画一的な能力評価

日本企業は、採用後、仕事をしながら教育訓練(OJT)によって育成されるという前提から出発するため、採用時点で「優秀な人」ではなく、採用後に「優秀な人」になるための訓練コストが低い人材、「訓練可能性(Trainability)」の高い人材を採用することを望む特性があるという。

 この訓練可能性のシグナルになってきたのが学歴であるというが、このようにとらえると、就活で学歴を指標として使ってきたのは理解できる。

 一方で、日本企業が重視する能力が、大きく変容してきているという本田(2005)の研究を紹介するが、とても興味深い。

【従来】基礎学力としての能力と、組織における順応性や協調性を高く評価

【2000年代はじめ以降】対人能力、知的能力、創造性といった「ポスト近代型能力」へとシフト

(3)曖昧さの帰結
(1)(2)で指摘した、採用時の相互期待の曖昧さ、能力評価の曖昧さが、各企業の採用活動の同質化と密接に関わっていると指摘する。

同質化には、以下の2つの側面があるという。

①企業が評価する能力の同質化
 「対人関係能力が高く、物事に挑戦するエネルギーを持った人材を求めている
②各企業が実施する採用活動の中身の同質化

この3つは相互に関しているだろう。確かに、結構曖昧で、結果として企業間の差別化が難しく同質化しているなあと思う。

欧米との前提の違い

 
著者は、以上のように欧米と日本の採用研究の違いが生じる理由を、こういう。

欧米の研究はある条件が成立することを前提としているが、日本ではそれが必ずしも成立しない

リクルート研究でもセレクション研究でも、以下を前提としていると指摘する。

自社において必要な人的資源とは何か、つまり人材価値をどのように定義していたのかは問われることはなく、議論の前提となっている

 私なりの理解では、「ジョブ型雇用」を前提とする欧米では、その定義がはっきりしているが、「メンバーシップ型雇用」の日本では、何をもって「優秀」とするのが曖昧で、他企業と同質化しやすいという事なのかなと考えている。

本章における研究


 企業の採用意欲が旺盛であった2016年卒採用において、日本の各企業がどのように動いたのかについて調査した。

結論としては、以下の通りであったという。

①インターンシップへの時間的・金銭的な投資、広告料など、採用リソース配分については、これまでと違ったパターンが現れた
②採用活用のフロー、ツールな、採用基準などの採用フローにういては、多くの企業がこれまでと同じやり方を継続させた
③一部の企業では、これまでとは全く違った採用フローを導入するイノベーションが起こった

③の「新しい採用」のバリエーションとしては、以下の表のような調査結果であった。

人材開発研究大全 第1章 表4

 この「新しい採用」のバリエーションの分析を通じて、このような新たな取り組みは以下のような意義があるのではないかとする

①新しい「優秀さ」を作り出す
今まで、優秀さが曖昧な中、「図らずも」採用できていた優秀な人材を意図的に、戦略的に、採用できるようにしようとする取り組みであるとする。

今後の研究課題ついて、企業が新しい採用によって生み出した新しい「優秀さ」はどのような意味の「新しさ」で、面接やテストで測定する能力とそのツール、およびそのツールと優秀さの間の関係などを挙げる。

②採用と育成の接近
新たな取り組みとして、一部の求職者との間で濃密な関係を築くというのがあるが、その最たるものが採用の育成化であるとする。

そして本章を以下の通り締めくくる。

多くの企業による「新しさ」の追求は、日本の採用を現在とは違った形での同質化へと向かわせ、新たな地点で均衡させてしまうのか。それとも日本の採用はそれとは全く異なるところへと向かいつつあるのか。日本の採用から目が離せない。

感想

 どんな人材を優秀とするのか?「評価」をするということは、人材の「価値を創り出す」ことでもある(Vation 2013)というのがとても興味深かった。
 企業の採用、「採用研究」と一言で言ってもいろいろな研究があるものだと思う。
 
 本章の研究のベースとなった2016年卒採用から時間がたち、新たな動きはいろいろと出ており、企業と求職者の期待の相互の曖昧さに、本質的な変化があったか?

 求職者の意識や人口減に伴う人手不足の状況を考えると、まだまだこれから大きく変化していくのかなと思う。


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