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【論文メモ37】人は経験や研修を与えれば自ずと学ぶのか?~70:20:10の法則を有効に機能させる方法

 今回は、人の学び方についてよく言われる70:20:10の法則(経験70:人20:研修10)は本当に機能しているか?また機能させるにはどうすればよいかについて論じた論文を取り上げる。


取り上げる論文

タイトル:The 70:20:10 framework and the transfer of learning
(70:20:10フレームワークと学習の転移)
著者名:Johnson, Samantha J. Blackman, Deborah A. and Buick Fiona
ジャーナル: Human Resource Development Quarterly, 29(4), 383-402, 2018年

概要

 本研究はオーストラリアの公共部門における70:20:10フレームワークの導入状況と、それが中間管理職の能力開発に役立つ学習転移を促進するかを調査した。結果は、中間管理職が継続的なスキル開発に意欲的である一方で、70:20:10フレームワークの導入による能力開発が期待された成果を上げていないことを示した。学習転移と管理能力開発が妨げられた原因として、フレームワークの実施における以下の4つの誤解が挙げられる。
 (1) 非構造化された経験学習が自動的に能力開発を促進するという過信、(2) 社会的学習の狭義の解釈、(3) 正式なトレーニング後に管理者の行動が自動的に変わるという期待、(4) フレームワークの3つの要素(経験学習、社会的学習、正式学習)が計画的かつ統合的に機能する必要性の認識不足である。今後の研究では、正式学習と経験学習をサポートする社会的学習の役割を明確にする必要があると提案している。

本論文の主要な理論・概念

(1) 70:20:10の法則
 やりがいのある仕事の経験がエグゼクティブの学習の70%を占め、彼らの成長の20%は他の人やエグゼクティブの上司との関係を通じて起こり、残りの10%は正式なトレーニング を通じて起こる(McCall Jr. et al., 1988)

・経験学習(70%): 実際の業務を通じた課題に基づく学習
・社会的学習(20%): ピアサポート、指導、メンタリング、フィードバックなど
・正式学習(10%): 構造化されたトレーニングプログラムを通じた学習

(2)学習転移
能力開発は、学習の転移が行われた場合にのみ実現できる。つまり、新しい行動は仕事の状況に一般 化され、職場で適用され、長期にわたって維持される(Baldwin & Ford, 1988; Ford & Weissbein, 1 997)。効果的な転移には、研修生が新しいスキルや知識を応用できるような支援的な職場環境(Baldwin & Ford, 1988)、研修生の自己効力感、学習意欲、職場における適切な行動のモデル化 (Grossman & Salas, 2011)などが必要である。

変数

(a) 説明変数: フレームワークの各要素(経験学習、社会的学習、正式学習)
(b) 調整変数: 上司や同僚からのサポート、リソースの提供
(c) 媒介変数: 学習転移のプロセス(学習を実務に適用する能力)
(d) 成果変数: 中間管理職の能力開発、業務遂行能力の向上

方法

本研究では、オーストラリアの公共部門で70:20:10フレームワークを実施している組織に所属する中間管理職(Middle Managers)と上級管理職(Senior Managers) を対象とした。

フェーズ1(Phase 1): 上級管理職への個別インタビュー

目的: 70:20:10フレームワークの導入状況と上級管理職の視点を把握する
方法: 半構造化インタビュー
参加者: 上級管理職5名(連邦政府の1つの機関)
内容:
・70:20:10フレームワークの導入理由
・フレームワークが学習転移に与える影響
・中間管理職への支援の実施状況

フェーズ2(Phase 2): 中間管理職への個別インタビュー

目的: 70:20:10フレームワークの体験と学習転移の実態を理解する
方法: 半構造化インタビュー
参加者: 中間管理職18名(フェーズ1と同じ組織)
内容:
・フレームワークを通じた学習経験
・経験学習・社会的学習・正式学習の実施状況
・上司や組織からのサポート

フェーズ2の結果を分析したところ、学習転移に関する共通のテーマが特定されたため、より多くのデータを収集するためにフェーズ3を実施。

フェーズ3(Phase 3): 中間管理職へのグループインタビュー

目的: 学習移転に関するテーマをより深く検討する
方法: 半構造化グループインタビュー(Semistructured Group Interviews)
参加者: 中間管理職122名(3つの州政府機関)
インタビューの構成:
13のグループ(各グループ5〜14名)
個人の意見とグループのダイナミクスのバランスを取りながら、70:20:10フレームワークがどのように実践されているのかを掘り下げた。

結果

フレームワークの各要素(経験学習、社会的学習、正式学習)の実施には課題があり、学習転移の効果を妨げる要因が明らかになった。

(1) 経験学習

①上級管理職の期待
「仕事をすれば学べる」という認識が強く、経験学習が自動的に能力開発につながると考えられていた。
②中間管理職の実態
実務を通じた学習のサポートがほとんどなく、「役職に就いた後に自分で学ぶ」状況が一般的であった。
③悪い習慣の学習
指導や支援がないため、「悪い管理手法を無意識に学んでしまう」 ケースが多かった。
④個別支援の欠如
一律の管理職トレーニングではなく、個々のニーズに応じた学習支援が求められていた。

(2)社会的学習

①メンタリングの重要性
メンタリングは管理能力開発に有効とされ、多くの参加者が「良いメンターがいることが成長につながる」と認識していた。
②体系的なメンタリングの欠如
メンタリングプログラムが正式に組織化されておらず、個人の経験やネットワークに依存していた。
③ピアサポート(同僚支援)の価値
「同じ研修を受けた仲間と意見交換することが役立つ」という声が多かったが、正式なネットワーク構築の機会は少なかった。
④非公式な学習環境
経験的に学んでいく機会はあったが、それをサポートする明確な仕組みが不足していた。

(3)正式学習

①正式な研修の価値
中間管理職は、管理スキル向上に正式な研修が有効だと認識していた。
②研修の実務適用の難しさ
研修を受けた後、学んだスキルを実務で活かす機会がほとんどなかった。
③フォローアップ不足
研修後の支援が不足し、「学んだことがそのまま忘れ去られる」ケースが多かった。
④トレーニングの画一性
研修内容が一律であり、個々の管理職の状況やスキルレベルに応じたカスタマイズが不足していた。

(4)70:20:10フレームワークの4つの誤解

①経験学習が自動的に能力開発につながるという誤解
 実際には体系的なサポートが不足し、スキル定着が難しい。
②社会的学習を狭義に解釈する誤解
 メンタリングやネットワーキングに限定され、日常の行動観察やモデリングの重要性が認識されていない。
③正式学習後に行動が自動的に変わるという誤解
 研修後のフォローアップや実践機会が不足し、学習移転が進まない。
④フレームワークの3要素(経験・社会・正式)が統合的に機能する必要性の認識不足
  各要素が独立して運用され、相互補完がなされていない。

感想

 経験学習と正式学習を結びつける「接着剤」の役割として、社会的学習を位置づけているのが面白かった。
 この3つの要素を有機的に一貫性をもって取り組むのが、人財育成を効果を上げるためにも、その会社に有用な人財を育成するためにも必要である。この社会的学習をどう設計するかがポイントだなと思った。

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