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イチローとヘヴィ・メタル

イチローの情熱大陸、見ました?最高じゃなかったですか?

僕はやっぱり、松井、イチロー、グラッデン、そしてコトー世代なのでこのドキュメンタリーはたまらなかった。特に、松井、イチロー、モスビーが一堂に会した座談会は見応えがあったね。

そこで、松井とイチローでピッタリと一致した意見があった。

「最近のメジャー・リーグはつまらない」

打順や役割がなくなってしまった。見えるものだけ、データだけを重視するようになってしまった。その結果、目に見えないもの、目に見えないけどとても大切なもの、感性が失われてしまったのではないか。

その通りだと思う。野球は駆け引きや個性があるから面白いんだ。バント職人とか、8時半の男とか、代打の神様とか、ガルベスとかそういうのよ。僕らがアツくなれるのは。ただ派手で年俸が高くてバカスカ打つやつを1番から順に並べていって、データ通りの球や守備位置をとるだけなんてそれはもうインスタントなただのマネーゲームなのよ。

だからイチローは高校野球にハマっているんだろうね。戦い方次第でいくらでもアップセットを起こせる。考え抜けば思いもよらないジャイアント・キリングが起こる。弱いものが強いものをアイデアと想像力で捩じ伏せる。だから感動する。意外性が興奮をもたらしてくれる。

これね、音楽でも似たようなことが言えるんじゃないだろうか?SNSやインターネットで、僕たちはあまりにも見えるものだけを追いかけすぎなのではないだろうか?

今や、音楽の宣伝は SNS がその多くを占めている。誰もが発信できる時代、プラットフォームで、僕たちはそのアーティストの切り取られたほんの刹那だけを吟味し、評価することになる。はたして、それは "野球" なのだろうか?

30秒だけなら、データやAIの力を借りて、リスナーを惹きつけることはそんなに難しいことではないだろう。1曲ならなんとかなるかもしれない。だけど、アルバムは?

曲単位で選ぶストリーミングの時代が今のメジャーだとすれば、アルバムを頭から終わりまで聞き込んでいくやり方は、まさに "野球" だ。

一曲一曲に役割がある。打順がとても大事だ。そして、アルバムの色や流れに僕らは身を委ねる。データなんかには囚われない。頭からバラードのアルバムもあれば、疾走曲を連打するアルバムもある。ジャンルを越境した意外性のある曲、らしくない曲だってアルバムの中ではむしろご褒美。例え最初は気に入らなくても、何かひっかかるものがあったりしてね。そうして僕らは "目に見えない何か" を探して何度も何度も作品をリピートするんだ。

楽器だって同じだよね。

今の時代、動画や SNS ですべてが曝け出されている。Tab譜だってネットに溢れているし、分析され尽くしていてそこには一握りの秘密さえない。

だから、たしかに完コピや正確性は突き詰められたのかもしれない。逆に言えば、目に見えるものがより重要視されるようになった。だけどね、目に見えないもの、わからないから自分で創意工夫してなんとかする、感性と自分らしさで補っていくってやり方が取りづらい時代だとも言えるよね。実は、そこが創造性の鍵なんだけどね。

実際、僕のインタビューでギターの名手 Syrek はこう語ってくれた。

「ネットがなかった頃は耳が頼りで、90%しかギターを完璧にコピーできなかった。それが良かったんだ。自分の"声"を加える余地があったから」

これってまさに金言だよね。ライトハンドとかスイープだって、案外そういうところから生まれているのかもしれないよね。

そこからさらに進んで、キコ・ルーレイロはこんなことを最近話している。

「テクノロジーへの中毒が及ぼす影響。スクロールを始めると、周りのことを忘れてしまう。そのテクノロジーに吸い込まれてしまう。ソーシャルメディア中毒、テクノロジー中毒、ビデオゲーム中毒、ポルノ中毒。すべてテクノロジーのせいなんだ。
そして、家族が断絶するようになった。子供とも話さず、友達とも話さなくなる。家族で食卓を囲んでも、みんな携帯電話を持っている。
その結果、人々はより個人主義になった。それは音楽にも言えることだ。今、"バンド" らしいバンドは少なくなっている。みんな、インスタグラムや YouTube で自分のキャリアを築き、他の人と一緒に演奏することなく、リハーサル室にも行かずに、自分の演奏したものをシェアしたがる...。ある意味、とても利己的だ。でも、それが今の社会なんだ」

目に見える "いいね" や "評価" に固執し、目に見えない "つながり" や "あたたかみ"、それに"創造性" "感性" を軽視してしまう。僕らは便利さや手軽さ、強さや合理性のために、何かとても大事なものを捨ててしまおうとしているのではないだろうか?

イチローは高校球児を教える際に、こんな言葉を伝えていたんだ。

「データに書いていないことが大切なんだ。自分の頭で考えて野球をして、プロになれてもなれなくても、野球を通して人の痛みを考えられる、想像できる優しい大人になってください」

きっと、捨ててしまってはいけないものもある。


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