"推せない" 洋楽の育て方
ちょうど、NILE というデスメタル・バンドの記事をアップしたところだ。
「デスメタルだけでは音楽的には満足できない。世の中には宇宙みたいに広い音楽の海があって、楽しめるものがたくさんある。実際、クソほどたくさんの音楽があり、クソほどたくさんのギターがある。学べば学ぶほど、自分が何も知らないことを知ることになる!」
ご存知ない方のために説明しておくと、NILE はアメリカのデスメタル・レジェンド。アメリカのデスメタル・レジェンドなのに、全身全霊を込めてエジプトの神話や歴史を体現しているイカれたメタル王朝だ。
この NILE のファラオである、カール・サンダースも当然イカれている。ピラミッドの先端のように尖りきったヘッドを持つスキャロップド片方フレットレスのダブル・ネックギターを悠々と構えるその姿はさながらセト神。2,3人なら串刺しも余裕。でもね、そんな破壊神だからこそ、音楽の、文化の、固定概念の "壁" を壊すことができたんだろう。
そう、世の中には宇宙みたいに広い音楽の海がある。学べば学ぶほど自分の無知を思い知るくらいにはね。だからカールは、自分の趣味趣向の狭い檻の中に止まり続けるのはもったいない、壁を壊そうと言っているんだよね。
最近また、日本の若者の洋楽離れが SNS で話題になったよね。これね、善悪の二元論で捉えている人も多かった気がするんだけど、僕はただ、人生で一番音楽を吸収できる時期に、邦楽だけ聴くのはもったいないなぁ…と思うんだよね。
だって、純粋に母数が一億と80億だからね。選択肢の幅がぜんぜん違う。音楽を "自分のもの" として聴ける10代のうちに許容範囲を広げておけば、絶対に将来の楽しみが何倍にも増えるはずだからね。
でもさ、なんで日本人は洋楽から離れていったんだろうね?
これね、いろんな人が洋楽の質がうんたらとか、邦楽の質がかんたらとか、しかのこのこのここしたんたんと語りまくっているのだけれど、僕は本質はそこにはないと思っているんだ。
たぶんね、これ、単純に "推しやすさ" の違いだと思うんだ。
ちょうど、2000年を過ぎてしばらくしたあたりから、洋楽や洋画の人気、興行収入の低下が叫ばれ始めたように僕は記憶しているんだけど、そのあたりからネットやSNSの普及と共に、ポツポツ "推し" という言葉や概念が世間に浸透し始めたのではなかったか。
でね、当然だけど、海外のアーティストに比べて日本のアーティストは圧倒的に "推しやすい" んだよね。
だって、近くにいるし、言葉が通じるからね。会いたい時に会いに行けるし、SNS でレスだってもらいやすい。もちろん、認知されればうれしいし、言葉を交わせばもっと好きになる。ネットで、現場で、そんな仲間が増えればもっともっと楽しくなるよね。
そうやって、"推しごと" 自体が主眼となった日本の社会で、洋楽はもう圧倒的に不利になってしまったんだ。遠いし、言葉は通じない。会えないし、レスはもらえないし、仲間もほとんど見つからない。グッズを買うだけで一苦労。逆に言えばネット以前は、リスナーとの距離感が洋楽も邦楽もそう大してかわらなかったわけだ。
で、商業誌やメディアも邦楽中心になっていった。当然だよね。彼らは商売でやっているわけだから。で、ライターみたいのがアーティストからチヤホヤされてズブズブみたいな謎現象が生まれてくる。政治家か。キッショいのー。そうなると、新規層はもうどんどん邦楽に流れていって、洋楽に太刀打ちできる術は残されてはいない。
それはもしかしたら、本末転倒なのかもしれない。まず音楽ありきと考える人にとっては、受け入れ難い状況なのかもしれない。
でも僕はね、それはそれでいいと思うんだ。というか、羨ましくて眩しくもある。だってオッサンはね、CD や グッズを "お布施" のように買ったことなんてないんだから。ただ、欲しいから買ってるだけなんだから。応援するために聴いたことなんてないんだから。心底すごいと思う。ある意味とても能動的だし、救われている人もたくさんいるだろう。
だからね、伝えるものの端くれである僕が、僕らがこれからやるべきことはただ現状を憂うのではなくて、海外のアーティストのストーリー、推されるような話や、言葉や、キャラクターや、音の際立ちをひたすら伝えていくことなんじゃないかなーと思う。そうやって、できる限り "推しやすい" 状況を作って、洋楽への扉もなんとか閉じないようにしていきたいよね。
だってね、単純に考えれば、ネットの普及によって昔よりよっぽど海外の音楽にはアクセスしやすくなっているんだから。チャンスは増えているのだから。最後もまた、ファラオの言葉で締めくくろうか。
「今、私たちは、信じられないほど豊富なギター演奏の知識に瞬時にアクセスできる世代を持つことになった。クリックひとつで、しかも無料で。それを理解し、ハングリーで、何かを学びたいと思っている人たちにとっては、まさにうってつけだ。ここ10年のギター・プレイのレベルは、こんな感じだ!生きていてよかった。まさにメタル・リスナーのための時間だよ」