ちゃんしーのサンシーブルな人生#9 朝練
晴れて悲願のフルートの座を獲得した(笑)、15歳の春。
ふと気づくのです。
これイチからやり直しじゃん…!!!
中学校で吹いていたのはクラリネット。口の形も、楽器の持ち方も、運指も全てが変わる。
楽譜通りに演奏するどころか、まだ音すら出ない。
こうして私の朝練生活が始まりました。
6時55分
実はこの朝練、3年間続けました。とりあえず人並みに吹けるようになるまで~と思っていたんですが、やめるにやめられなくて。(笑)
ずっとやってきたこと、習慣みたいなものを手放すのって少し勇気がいりませんか?
私はそれをやめたら、何かが崩れちゃうんじゃないかって思っていたし、早い電車に乗っていくと乗客が少ないんですよね。朝のホームルームに間に合う時間は鬼混みだったから、それに乗りたくなかった(笑)口実です!
毎朝6:55に家を出て、同じ部活の友達(あっきー)と待ち合わせして行くことが基本でした。
彼女は一緒に行くのに、朝練にはほとんど出ていませんでしたね(笑)教室で寝てたり、友達としゃべったりしていたみたいです。
あっきーは途中で退部しちゃうのですが、電車の中でなんでも話し合える仲でした。あっきーのおかげで、朝練に向かう時間も楽しかったよ!
先輩に追いつきたくて
出来ないなら、悔しいなら、他の人よりたくさん練習すればいい。そう思ってひたすら、フルートと自分の技術力に向き合いました。
吹けないことで周りに迷惑かけたくない、恥ずかしい思いをしたくない。なにより、早く吹けるようになりたい!という気持ちが強かったと思います。
というのも、フルートの先輩が大好きだったから。
当時フルートは、一つ年上の先輩一人だけでした。美人で、頭も良くて、話も面白くて…そしてフルートがめちゃくちゃ上手だった!
先輩は、私が新しく入ってきたことで自分もレベルをあげなきゃやばい!と思ったらしく、校外のフルートレッスンにまで通っていました😳😳
そんな先輩の熱意や想いが私に伝わって、私も早く先輩みたいに吹けるようになりたい!と思ったから、朝練を続けられました。
めちゃくちゃ地道な積み重ねで、華やかさ皆無な朝練でしたけどね(笑)
そして高校1年の文化祭が終わる頃、大好きなフルートの先輩は吹奏楽部を去っていきました。
大学受験に集中するために、三年生と一緒に引退することを、音楽室の前の階段の踊り場で告げられました。(忘れられない!)
正直不安で戸惑ったけれど、きっともうこの選択は変わらないんだろうな、と先輩のまっすぐな口調から感じられました。
「後輩がちゃんしーだから、この決断が出来たんだよ。もう吹けるし、ちゃんしーなら大丈夫だと思ったから」
先輩は最後までかっこよくて、華麗で、背中まで押してくれて、もうこの人には敵わんな…という感じでした。
先輩とはときどき連絡をとっていて、大人になってからも食事に行きました。あの時と変わらない先輩に会えてうれしかった!
朝練の産物
幸か不幸か、朝練の成果で先輩は引退し、一人になってしまったフルート。
不安で、震えながら演奏したこともありましたが、クラリネットの先輩がサポートしてくれたり、一緒に練習してくれたりして、なんとか前を向けました。
3年間朝練をやり通したことで、続けることの大変さや大切さ、地道な努力でもいつか実を結ぶことを体感し、一人でコツコツやることが苦にならなくなりました。
所属していた吹部は、朝練必至!とかでは無かったから、基本的に朝の音楽室には私一人。
先輩や先生について教わることはなかったので、自分のペースで進めていけたのはよかったですね。誰に見られるでも聞かれるでもない、プレッシャーフリーなやり方が、私には合っていたのだと思います。
自分が納得するまでやる、これが私なりの自信のつけ方になりました。
そして、高二の終わりに部長に選任されました。朝練をやっていたことも評価され、中学時代にリーダーをやっていたことが役に立ちました。
音楽をやる人は個性が強くて(笑)、学年も学科もちがう人達との関係に悩んだこともあったし、一生懸命だからこそ«独りよがり»になってしまったことも。
そういう時は、周りのみんなが助けてくれて、持ち直すことが出来ました。みんなありがとう!!
トータルで見たら、断然楽しい記憶の方がたくさん!高校の部活で得た経験も、今の私の軸になるのでした。
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