
経験から導き出した相関
-そんな人はこんな人じゃないの?-
私はひねくれ者だ。ものの見方も偏っているだろう。当然そんな私がこれまでの経験から導き出した、人に対する偏見もキツいかもしれない。そんなことはわかっているが、私は私なりの判断基準を持っている。いくつかのそんな戯言(こんな特徴を持ってる人の多くは こんな内面の人が多かったぜ!)を並べてみた。
《偏食の人は 人の好き嫌いもキツい》
世の中にはひどい偏食の人がいたりする。野菜が食えないなんてまだまだ序の口で、フルーツがダメだって人もいた。漬物全般を気持ち悪がった人や、どうして神はこの世にケーキなんてものをお創りになったのかと 天を仰ぐ人とも一緒に働いた。
しかしこれらの人たちに共通することがある。偏食なのは食べ物だけではなく、周囲の人間に対しても同様だということだ。私の周りにいた偏食の人の好き嫌いは、人に対しても確実にあった。不思議だ。
《靴の片減りが酷い人は性格の偏りもキツい》
誰だって靴のかかとはまっすぐに減らない。自分ではそんなつもりはなく靴底全体で一歩一歩着地させているつもりなのに、多くは外側が減ることが多いのではないだろうか。かくいう私も例に漏れず外側が減ってしまい、時々ミスターミニッツのお世話になる(しかしどうして かかとを貼りかえるだけであんなに高いんだろう? 一度に何足か預けたら新しいものが買える程になってしまう)。
これまでお付き合いのあった人たちの中で、靴がキツい片減りだった人は 良くも悪くも おしなべて偏った性格をしていた。平たい言い方をすれば変わった人だった(笑)
《権力が欲しい人は権力者に媚びる》
部下や目下に対して偉そうにしたがる人。こんな人は往々にして飲食店の店員なんかに横柄な態度を取ったりする。常連感を出したがるし、有名人と知り合いだと言いたがったりする。しかし、では誰にでも偉そうなのかといえば、不思議なことに目上の人・上司・権力者には 打って変わって不自然なくらいヘーコラするのである。思い出してみるとこの傾向は ヤンキーや反社の人たちの行動と符合していると思える。
《自分が悪くないことを証明したがる人はトラブルを解決できない》
何かの問題が発覚する。こんな時には指揮をとる人のリーダーシップと組織の成熟度が大きくその後の成り行きに関わる。まずしないといけないのは被害を最小限にとどめることだ。しかしそんな時に最も邪魔になるのが『自分は悪くない』ってことを言いたがる人だ。応急的な処置を最優先でやらなきゃならない時にそんなことは関係ない。だからトラブル発生時には鬱陶しい存在にしかならない。その人にとってのゴールは『自分は悪くない』とか『自分のせいではない』ということでしかないからだ。
《そもそも・・・と言いたがる人には二通りある》
議論が煮詰まり、そろそろ結論(落としどころ)が見えてきた頃、『ちょっと思うんですけど、そもそもコレ、必要ですか?』などという事を言い出す人には二通りある。
1.物事の経緯をわかっていない
なぁんにも考えていない人が周囲の空気など全く意に介さず、こんなことを思いつきで口にしたりする場合。もちろん地道にちゃんと考えている人の反感を買うことは必然である。
2.議論している経緯の中で、その人の脳内でようやく物事の本質にたどり着き、キラッと何かが輝いて それまでになかったアイデアが生まれた瞬間に発する言葉。こんな人の存在は有難い。
《後輩や部下にアドバイスができない人は属人的な仕事を肯定している》
何らかの仕事について一人なら問題なくできるのに、自分が主となり 誰かと協力して成果を上げるという作業は苦手だという人がいる。誰かに手伝ってもらうことを嫌う この手の人は、自分以外の人には雑用だけを手伝ってもらうことはできるものの、手法を教えながら誰かと共同作業を行うことができない。
➡早く行きたければ一人で行け、
遠くへ行きたければみんなで行け
(If you want to go fast, go alone.
If you want to go far, go together.)
の前者を地で行くタイプの人ですね。このセオリー通り遠くには行けません。
繰り返すが、私の偏見でしかない。違う人には違う人の見方があるのでしょう。