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特典

 ほら、ビビンバを注文した時に出て来る、なんか石でできてるような黒くてゴツいお碗があるじゃないですか。直火にかけるからちょっとご飯がおこげになるアレです。とにかくそれで食い物を作りたくなって、大阪生野のコリアンタウンに買いに行こうと思い立った訳です。

 さて我が家ではかなり昔からお世話になっている、大阪生野のコリアンタウンの話をします。最近では車をとめる段階で既に人の多さに驚くのですが、先日私が行ったのが日曜日だったこともあって、それはそれはすさまじい人出でした。街全体がお祭り騒ぎみたいに浮かれたようだといえば言い過ぎでしょうか。女性を中心に人が佃煮のようにウジャウジャいてるんですな。

 元々あの街に人が増えたのは、ヨン様と呼ばれる韓国の俳優が出演している韓国ドラマが火付け役でした。コリアンタウンは突如巻き起こったヨン様ブームに便乗したのです。当然韓国における人気俳優は彼以前にもいたのでしょうが、何人かの店主がDVDやグッズ、スターがプリントされた衣類という形で韓国のスターを日本に取り込んだことは、その後の街の盛衰を決める運命の分かれ道になりました。

 あの街の周辺は日本人より韓国の人たちの方が多く、地域住民が毎日の買物に行くだけの場所でしたので、豚の顔や牛の脳なんかも普通に売っていましたし(狂牛病以来見なくなりましたが)、チョゴリの仕立屋なんかが何件もありました。そして全体的には殺風景でよそ者である日本人には冷たい街でした。でもヨン様以来、街では私のようなキムチや食材を買い求める人とは明らかに一線を画した『観光客』を見かけるようになったのです。もう10年以上前の話です。

 肌感覚ですが、その後ブームは若干落ち着いたように見えました。熱病から醒めて、再び街は元の静かな韓国の日常に戻りつつあるのかなぁ、などと勝手に思っていたのですが、予想を裏切ってその後も本国では東方神起や少女時代、KARAなんかのスターが生まれ、それをコリアンタウンが反映し続けた結果、地域の生活に密着しない、観光地としての火は消えることなく若い世代がキャアキャア言いながら闊歩するような、うわついた方向に進化していったのです。

 さて話を食器の買物に行った日に戻します。友人に聞いた情報から私が赴いたのはコリアンタウンのはずれにある、とあるお店でした。食材や家庭用品なんかが所狭しと並ぶ店内に例の食器は有りました。サイズを吟味し受け皿やスプーンとともに備え付けのカゴに入れ、店内にあふれる雑貨やTシャツなんかを手に取りながら『いやぁんメッチャ可愛いー!』とか『これ似合うんちゃうん!?』と笑顔で言い合うオルチャンメイクの10代と思しき女の子たちの群れの中を、『ゴメンねー』と言いながら、ビビンバの食器を手にアラカン男がレジに向かいました。

 レジ係のアルバイト店員も、どう見ても韓国好きであろう女の子でした。目も合わせず無愛想に『◯◯円です』と、愛想もクソもない対応は、こちらが気を遣わなきゃいけない程です。そうか、日本にあってもここは韓国だ。“ スマイル0円 ” のお国柄ではない。そう自分に言い聞かせて代金を払おうとした次の瞬間、レジの女の子の一言にオジサンはひざの力が抜けたのです。『今2,000円以上のお会計でBTSのポスターが付くんですけどどのメンバーのにします?』。・・・知らんし。そんなん。
 後になって誰かにあげるために貰っとけばよかったかなぁなどと振り返ってみたりしました。そんなこんなでコリアンタウンは今日もにぎやかです。

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