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認知寿命(心の寿命)を知る

寿命は、生まれてから死ぬまでの時間ですが、最近は「健康寿命」「自立寿命」「資産寿命」といった別のタイプの寿命が注目されています。

これらは、健康、自立、有資産という生きていればあれば当たり前の状態が終わる(尽きる)までの時間のことを指しています。
これらの寿命がわかれば、いつまでその状態でいられるか目安になり、人生100年時代を生きるための基本情報といえま。

今回試算するのは「認知寿命」です。人生が長くなるなかで、一番恐れるのは認知症と考えている人は多いと思います。
そこで、健康寿命や自立寿命と同様、統計的に「認知寿命」を算出してみました。


心の寿命と、身体の寿命はズレている

認知症とは、アルツハイマー病などの神経変性疾患や脳血管疾患などで日常生活に支障が生じるまで認知機能が低下した状態のことです。記憶障害や失語、失認や失行といった症状が出て、日常生活に大きな影響があります。

「認知寿命」は寿命と名乗るだけあって、平均的に何歳で認知症に罹るかを示したいところですが、統計データが存在しないことに加え、認知症に死ぬまで罹らないケースもあり、難しいといえます。
そこで、ここでは寿命中位数と同じように、二人に一人が認知症に罹る年齢を「認知寿命」とします。

また「認知寿命」は、「健康寿命」や「自立寿命」で代替すればよいという意見もあります。
「健康寿命」は生活にまったく制限がない完全健康という基準で計られるので、認知寿命をこれに代替するには無理があります。
一方、「自立寿命」は他人の世話にならないことが基準で、要介護状態をもとに算出します。要介護状態を判定する際に認知症は重要項目として扱われていて、認知症の状態によって要介護度等が加算されたりします。

しかし、要介護度が高ければ認知症に罹っているかというとそうではありません。身体の状況と、認知症など心の状況は、同じ人でも違った進み方をします。身体は要介護状態でも、心は健康という人も数多く存在します。

このように、心の寿命(これが果たして妥当な表現なのか議論が必要ですが・・・)と、身体の寿命はズレているので、「認知寿命」の試算は、心の寿命を明らかにしようという試みです。

終末男性の1/4、女性の1/2が認知症

まず認知症の数を確認しておきます。

認知症の分析に関しては、2015年に発表された「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」という有名な研究があります。
10年前のやや古い研究であり、なぜそれ以降まともな研究が行われていないか不思議ですが、現在でも日本の認知症に関する社会データの多くがここから引用されています。ここでも、これを使います。(以下、「2015年研究」と呼びます)

これによると2012年時点で、65歳以上の高齢者で認知症に罹った人数は462万人、高齢者に占める割合は15%。それが2025年には、それぞれ675万人、18.5%に増加するという推計結果です。
ただし、65歳になるとすぐに15%の人が認知症に罹るわけではありません。加齢とともに認知症は増えていくので、65~69歳で有病率は1%台の低い水準です。

下図は、認知症の有病率を年齢階層別にみたものです。
80~84歳の有業率は男性20%、女性24%と、80歳を超えると急に有病率が上がります。85~89歳では男性35.6%、女性48.5%となり、女性の半数近くが認知症に罹ることがわかります。

寿命を男性85歳、女性90歳とすると(寿命中位数、男性84.6年、女性90.5年)、年齢階級が5歳刻みなので読み方が難しいのですが、寿命時点の男性の1/4程度、同じく女性の1/2以上が認知症に罹ることがわかります。
ただし、ここでの認知症は、ADL(日常生活動作)でみた軽度、中程度、高度が混在しているので、その点は注意が必要です。

認知症の有病率(「認知症の人の将来推計について」厚生労働省)

認知寿命を試算する

「認知寿命」の方法は、寿命中位数と同じように、統計的にみて同年齢の二人に一人が認知症に罹る年齢を「認知寿命」としました。
試算にあたっては「2015年研究」の数理式と、有病率等の補正を行ったニッセイ基礎研究所の調査研究(備考参照)を参考にしました。

2040年時点の「認知寿命」を試算すると、

 男性 86.1歳
 女性 84.7歳

となります。

私も試算してみて驚いたことが3点あります。
一つは、男性の「認知寿命」が寿命を超える点です。認知寿命86.1歳は、寿命中位数(84.6歳)を超え、死亡最頻値(88歳)未満となっています。男性は寿命が短いこともあり、認知症に罹らず亡くなる人が多いことが伺えます。そして、男性も長生きをすると認知症に罹るリスクが高まります。

もう一つは、男性の認知寿命が女性を上回ることです。全ての年齢階級で女性の認知症有病率は男性より高いのですが、算出した女性の認知寿命は男性より1.4年短い。
他の寿命はすべて女性が男性を上回っていたのに対して、認知寿命は逆転しています。寿命が長い女性に早く認知寿命が訪れるとすると、認知症の問題は女性にとってより大きな問題であることがわかります。

そして最後に、認知寿命は毎年短くなるという点です。長寿化の恩恵を受けたいと思っても、認知寿命という心の寿命は年々短くなるとすると、心の健康を失ってからの人生が長いことになり、それは大変不幸なことです。
ここからも長寿化の最大の問題の一つが認知症だということがわかります。
認知寿命の推移を示したのが下図です。2020年に比べ、2050年には1.2年も認知寿命が短くなっています。

認知寿命(推計値)の推移

認知症に影響する三つの因子

ところで、「2015年研究」の数理式は、認知症有病率を目的変数に重回帰分析を行って算定されています。そこで使用される説明変数の組み合わせは、他よりサンプルデータに対する高い説明力を持っています。
そこで使われたのは「年齢」「性別」「糖尿病の頻度」です。先ほど説明したように、年齢が上がるとともに有病率は上がり、大きな性差も考慮されています。そして「糖尿病の頻度」が上がれば有病率を押し上げます。
認知症には様々な因子があると思いますが兎に角、統計的にみると「糖尿病」が最も大きな影響を持っているということになります。

認知症有病率=
exp(-16.184+0.16×年齢[歳]+0.223×性別[女,1男0]+0.078×糖尿病の頻度[%])

日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究

認知症を減らすには、年齢も性別も変えられないので、結局、糖尿病の頻度を低くしていくしかないことになります。しかし、糖尿病の頻度は将来的に高まると推計されています。果たしてどうしたらよいか。

ここから先は医療の世界なのですが、統計的にもやるべくことは多いように思います。もし認知症の因子として糖尿病以外の要因があるというのであれば、統計的にも有意な説明変数になるばずであり、それであれば現数理式に変わる別の組み合わせで数理式を導出するなどすべきと考えます。
いずれにせよ、総力戦で認知症との戦いに挑むということでしょう。
画期的なアルツハイマー新薬「レカネマブ」にも期待したいところです。

寿命のまとめ

「認知寿命」を「健康寿命」「自立寿命」「寿命中位数」と並べてみたものが下図です。
後半生の大きな変化の様子がみてとれます。

四つの寿命

(丸田一葉)

参考)

  • 「認知症の人の将来推計について」厚生労働省

  • 「厚生労働科学研究費補助金/厚生労働科学特別研究事業/日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究/平成26年度総括・分担研究報告書」2015年

  • 「平成 24 年(2012)人口動態統計」厚生労働省

  • 「令和 5 年全国将来推計人口値を用いた全国認知症推計(全国版)」乾愛(ニッセイ基礎研究所)、2023年

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