1.灯油ストーブ私は寒さと空腹が大嫌いだ。あの寒さが許せなくて、故郷である北海道から飛び出した。 子供の頃は、もともと教師をやっていて退職後は塾を経営していた祖父母の影響で、いつも弟と自宅学習をさせられていた。寄り道もせずに学校から真っ直ぐ帰宅し、灯油ストーブが置かれた寒い部屋で、ただ机に向かって祖父母からFAXで届いた問題集を解く。 灯油ストーブは体に悪そうな臭いが苦手で「2時間〜3時間おきに換気して下さい」の注意書きが不安をかき立てる。こまめに換気するのに窓を開けるか
子供の頃、私と弟との扱いには格差があり、私は母にいつも「可愛くない」「あっちに行け」と言われていた。無表情で冷たい言葉をかける人、それが子供の頃の母の印象だった。 弟のように母の腕のなかで眠りたくても「邪魔くせぇ」と煙たがられる。 母と話したくて、勇気を出して「お母さん」と呼べば無視される。 母は父とのことでうつ状態になったとき、暗い寝室に毎日一日中閉じこもり、弟だけをその空間に受け入れていた。扉を開けるといつも腐敗臭のような臭いが漂うその空間に「自分も入りたい」と感じた
性からは、逃れられない。 うっすらと物音が聞こえて目を開ける。聞いてはいけないものを耳にしたような気がして目を閉じる。けれど、音は止まない。ただ、いずれ自分も性の渦に呑まれてしまうという感覚だけがあった。 性からは、逃れられない。 知らなくても不思議と身体は呼応する。肌に触れた瞬間から性の渦に呑み込まれ、自分と他者との境い目が分からなくなっていく。抗おうにも自分がどこに向かっているのか分からない。ただただ、性の渦に呑み込まれてゆく。
あの頃の僕らは何も考えず、ただ毎日をなんとなく過ごしていた。僕の家は仲間たちのたまり場になっていて、いつも放課後や休みの日になれば自然とみんな集まった。 とくに部活に入ることもなく学校も気が向けば行く。やりたい時にやりたいことをして、何に縛られもせず、どこまでも自由な日々。 みんなが思春期特有の葛藤や悩みを抱えていて、やりようのない気持ちや焦燥感を寄り添い合うことで、何とか消化していた。 深夜まで続く無意味な会話、コンビニで買ったお菓子を頬張りながら笑い合い、いつも夜明
10代の4分の1を過ごしてきた僕らは、20代の10分の1も越せなかった。 徒歩30分かけて毎日のように送った君の家までの道のりは、今じゃ車で数分かけてたまに通りかかるだけ。 「思い出のままが良かった」。 数年ぶりに再会した君の薬指には、僕が知らない20代と過ごすことのない未来があった。
たった3日前に始めた仮想通貨FX。「暴落しつつあるビットコインを買って億万長者になるぞぉ!」という突発的な想いがきっかけだった。 TwitterやGoogle検索でリサーチにリサーチを重ね、手数料の安いXRPを国内取引所からレバレッジ取引ができる海外取引所へ送金。 初めに入れたのは、たった1万円だ。 素人ながらにMAやボリンジャーバンド、MACDをみながら20倍のレバレッジをかけて取引した。滑り出しは好調で、すぐに数千円の利益が出た。 しかし、これがいけなかった…。
三浦春馬さん、藤木孝さん、芦名星さん、竹内結子さん。 今年に入ってから、多くの芸能人が自殺している。 なぜ、みんな死を選んでしまうのか?と考えているうちに、ふと思った。 「みんな孤独を感じながら生きている」と。 年齢を重ねるにつれて、アイデンティティーは変化していく。子供から大人へ。 純粋無垢に楽しめていたあの頃から、何かを得たり失ったりしながら大人になっていく。その中で、ふとした瞬間、猛烈な寂しさに襲われることはないだろうか。 それはきっと、満たされているように見
突然ですが、私は〝幸せ恐怖症〟を抱えています。(正式な診断名・病名などではありません。) 「幸せが怖い?なんじゃそりゃ」と思われる方もいらっしゃるでしょう。というか、普通はそう思いますよね。 稀にいるらしいです、幸せに恐怖を抱く人って。 私の場合は、主に恋愛の場面で発症することが多いですね。長年付き合っている彼女といて、幸せだなー!と感じているのに、なぜか離れたくなるっていう(笑)。 そのせいで、これまで数人の大切な人を自ら失ってきました…。 断じて、幸せになりたく
今日を生きたかったあなたも 今日、死にたかったあなたも 生命は等しい。 古びたビルの窓から覗き込んだ曇空は、まるで生命の境目。 晴れる日も、雨降る日も、等しく在る。 生きていく、死んでいく、生きたい、死にたい、生きたかった、死にたかった。 それらはすべて、きっと等しいから、今日も生命はそっと空に浮かんでいる。
ただ、途方も無く砂の荒地を歩き続ける。 風が頬に触れて傷口に滲みるのが痛い。 砂で目が霞む中、凛とした姿でただ1人立っているサボテンを見つけた。 思わず問いかける。 「そんなところで1人、寂しくないのですか?」 サボテンはしばらくの間沈黙し、ただ一言だけ、「私にはトゲがあるので大丈夫です」と言った。 その言葉を聞いてから一息ついて、私はまた一歩一歩、歩き出していく。 広大な砂漠の中を、トゲを生やしながら歩き続けていく。
たった1日で30センチほど積もった雪は、私の心を衣のように覆った。 感覚のなくなっていく指先と心。 雪の一欠片には何が詰まっているのだろう、と考える。 あの、美しく繊細な結晶の中には一体何が詰まっているのだろう。 一見美しく見えて、酷く私を傷つけるものかもしれない。 はたまた、美しい見た目の通り、私を包み込む母性のようなものかもしれない。 人は分からないものに対して一番恐怖を覚えるんだ、とある友人は言っていた。 だから私はこんなにも怯えているのだろうか。 得体
赤紫色の門を出たら ぐにゃりと曲がりくねった道を進む 太陽の涙を飲み込んで 体内を駆け巡る時、熱さと冷たさが入り混じるような感覚を覚える 気付けば足は月光を浴びて 光り輝いていた 哀しい、寂しい、暗いと泣き叫べど もうどこにも心臓は無い 草を刈り落とし、根を切り落とし、腐敗した風景を盲目でもって見つめる 月の子宮に還るころには何も残っていない 沈んでゆく中で雨音だけが静かに響いていた
「来たぁぁぁ〜」 無機質な閃光の中、あなたがそう泣くのを聞いた。 *** 子どもの頃に、あなたがしてくれた話を覚えています。 戦時中、女学生だったあなたは、草原の中で友人が吹き飛ばされるのを見た。 軍人だった父に、女が大学なんてと非難されても、あなたはお金をためて自らの力で大学を出た。 気の強いあなたは女性活動家として、女性の社会進出に貢献もしました。 あなたは教鞭をとり、非行少年たちと体当たりで向き合いながら、生涯教師として勤め上げましたね。 退職してからも
オートロックの家は面倒くさい。 鍵がなければ入れないし、入るのにも業者を呼ぶと5000円取られるし。 だから彼女と僕は、出かける時に必ず鍵をポストに入れていた。先に帰ってきた方が家に入れるように。 たまに鍵をポストに入れ忘れると家に入れなくなったりなんてして、そのことで何度もくだらない喧嘩をした。 「あ〜、面倒くせえなあ。だからオートロックは嫌なんだよ。」なんて思いながら、何度も何度も。 *** 1つだけしかなかった鍵のせいで、あんなにも不便だったのに。 面倒だ
内気な暴力を振るう私を許してください 大切な彼女の頬を叩くと何故か私の血が滲む 初めて飼った愛犬を破裂するほどの愛情でもって叩きつけました 内気な暴力を振るう私を許してください 血の系譜は私を徐々に溶かしてゆく 跡形もなく消え去った頃に残るのは愛だ そうすれば、私自身に戻ることができる
息を吸うときに、いつも余計なものまで吸い込んでいる気になる 吐き出すなら肺ごと無くなればいい 気怠さが充満する身体に追いつかない心 犬、撫でる 猫、撫でる 人、捨てる、捨てる。 自殺した知人のお母さんを想いました。 年老いて死んでいった祖母を想いました。 海辺で若くして死んだ見知らぬ人を想いました。 影が伸びていくときに、掴みたくなるのはなぜだろう 行って欲しくないと感じるのはなぜなんだろう 鏡越しにみる自分はどこか違ってみえる どこかに消えていく自分を追