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【ネタバレあり】意味のない者は消えて然るべきという思想に触れることで人間の存在意義について考えさせられる『月』

【個人的な満足度】

2023年日本公開映画で面白かった順位:71/153
  ストーリー:★★★★★
 キャラクター:★★★★★
     映像:★★★☆☆
     音楽:★★★☆☆
映画館で観たい:★★★★★

【作品情報】

   原題:-
  製作年:2023年
  製作国:日本
   配給:スターサンズ
 上映時間:144分
 ジャンル:ヒューマンドラマ
元ネタなど:事件「相模原障害者施設殺傷事件」(2016)
      小説『』(2017)

【あらすじ】

※公式サイトより引用。
深い森の奥にある重度障害者施設。ここで新しく働くことになった堂島洋子(宮沢りえ)は“書けなくなった”元・有名作家だ。彼女を「師匠」と呼ぶ夫の昌平(オダギリジョー)と、ふたりで慎ましい暮らしを営んでいる。

洋子は他の職員による入所者への心ない扱いや暴力を目の当たりにするが、それを訴えても聞き入れてはもらえない。そんな世の理不尽に誰よりも憤っているのは、さとくん(磯村勇斗)だった。

彼の中で増幅する正義感や使命感が、やがて怒りを伴う形で徐々に頭をもたげていく――。

【感想】

※以下、敬称略。
ああ、これはもう何と言っていいのか。。。2016年に起きた「相模原障害者施設殺傷事件」および、それを元にした辺見庸の小説『』(2017)が原作の映画なんですけど、洋子の葛藤とさとくんの歪んだ思想がとんでもなく重かったですね。。。原作小説は未読ですが、小説の方がもっと重そうです。以下、内容に踏み込んだ感想となるので、まだ知りたくない方はここでページをそっ閉じしてください。。。




















<歪んだ思想を振りかざし凶行に出てしまうさとくん>

この映画では「うわーマジかー」と心にズドンと来る要素が2つありました。まずは、さとくんの歪んだ思想や正義感についてです。彼は障害者施設で働く職員なんですが、意思疎通もできないような入所者に対して、「この人たちが生きる意味はあるのだろうか」という考えを徐々に募らせていきます。働き始めたときは真っ当な人間だったそうですが、人間が人間らしい生活を送れていないこの施設で働くうちに、身も心も蝕まれていってしまったんでしょう。まあ、無理もないかもしれません。なぜなら、言葉も通じない人たちの世話をしつつ、職員による嫌がらせを目の当たりにしていたら病んでしまうのも想像に難くないので。

そして、所長から立ち入り禁止と言われている部屋に入ったとき、ついにさとくんの中で何かがプチンと切れてしまうんですよ。そこには、排泄物にまみれながらも自慰行為にふける老人の姿が。これはかなり強烈で、スクリーン越しに臭いが伝わってきそうなぐらい悲惨な光景でした。実はその直前に、いじわるな先輩職員たちに「おまえはここの入所者と同じなんじゃねーの?」と言われていたことも大きかったと思います。さとくんは入所者のために紙芝居を手作りしていたんですが、それによって先輩たちにも余計な仕事が増えてしまい、そのような発言に至ったのです。あまりにも酷い状況を目にしたさとくんは、「こういう障害者はいない方が社会のためだ」と言って、彼らの殺害を図るようになります。いろいろ事情は理解できるものの、それで命を奪うことをよしとする結論に至るのは、随分横暴だとは感じます。とはいえ、僕は実際に当事者になったことはないので、偉そうなことは言えないんですけど、さとくんからしたらこれ以上自分が傷つかないための自衛の意味もあったのかもわかりません。

<自分の正当化に限界がきて葛藤してしまう洋子>

もうひとつの刺さったポイントは、洋子の抱える葛藤です。彼女は小説家ながらも最近は書けないことが続き、生活のためにこちらの障害者施設で働くことに。そこで彼女はさとくんの歪んだ思想に触れ、真っ向から否定します。否定しますが、否定しきれなくなっちゃうんですよ。それは、洋子の暗く重い過去と関係があります。実は彼女、子供を病気で亡くしているんですよね。生まれつき心臓に疾患があって、3歳で短い生涯を終えてしまったんです。その後、幸い新しい命を授かり、今は妊娠中なんですが、「もしまた障害があったら……」と気が気でなく、出生前診断やら中絶やらで頭を悩ます日々を過ごしています。そこをさとくんに突っ込まれるんですよ。「障害があったら堕胎するってのは、意味のない者はいらないってことですよね?じゃあ僕と同じですね」って。確かに、2人の置かれた立場やこれからやろうとしていることの背景はまったく違うんですけど、「障害があるから排除する」っていう行動だけを見れば同じなんですよね。もちろん、洋子はそんなつもりは毛頭ないんですが、さとくんに言われた言葉をきっかけに、自分の中で大きな葛藤が生まれます。「自分の子供に障害が見つかったら排除しようとするのは、さとくんと同じなのかもしれない」と。

<人間の存在意義とは>

上記の2点を踏まえて、この映画、本当に難しい問題を扱っていると思います。人間の存在意義って何なのでしょうか。寝たきりで意思疎通ができないのなら生きてる意味がないから殺していい、というわけではもちろんありません。普通に生きていても犯罪を繰り返して他人に迷惑をかけるような人さえいます。人によってはそちらの方が社会のために排除した方がいいのではと考えるかもしれません。また、社会貢献をしたり、何かを作ったりして、「これが自分の生きる意味だ」と言う人もいます。人の数だけ答えがありそうな問いですが、この映画は真っ向からその問いを投げかけているように感じます。

<スクリーン越しに臭いが伝わってきそう>

先にも書きましたが、この映画は臭いが伝わってきそうなほどの雰囲気づくりがうまいんですよ。劇中でさとくんが、短編のストップモーションアニメを作っている昌平に「臭いや音にもこだわってみては」って言うシーンがあるんですが、そのセリフを受けての監督のこだわりなのかなとも思いました。

<サブキャストにも注目>

本作ではメインのさとくんと洋子が一番インパクトがあるんですが、脇役も強烈でした。ひとりは、洋子の同僚である陽子(二階堂ふみ)。彼女もまた小説家を夢見ながら施設で働いているんですが、両親に対する不満を抱えているだけでなく、一度は作家として成功した洋子に少しやっかむ気持ちもあって、けっこうズケズケと空気を読まない発言をするのでヒヤヒヤします。

もうひとりは、入所者の母親で役名はなかったっぽいですが、演じているのが高畑淳子。出番は少ないんですけど、やっぱりこの方の演技には圧倒されますね。物語終盤で事件が起こったときの涙する瞬間なんかさすがだなと思いました。

<そんなわけで>


重く暗い内容かつ、直近で実際に起こった事件をベースにしているため、かなり精神的に消耗する内容です。でも、磯村勇斗の怪演はかなり衝撃的で一見の価値アリだと思うので、いろいろ覚悟の上でご鑑賞ください。


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