もはや登山ではない。常に死と隣り合わせな断崖絶壁の登板に寿命が縮まる想いだった『アルピニスト』
【個人的な満足度】
2022年日本公開映画で面白かった順位:20/108
ストーリー:★★★★★
キャラクター:★★★★★
映像:★★★★★
音楽:★★★☆☆
映画館で観たい:★★★★★
【作品情報】
原題:The Alpinist
製作年:2021年
製作国:アメリカ
配給:パルコ
上映時間:93分
ジャンル:ドキュメンタリー、登山、クライミング
元ネタなど:マーク・アンドレ・ルクレール(1992-2018)
【あらすじ】
誰にも知られることなく、たった一人でクライマーの間で知られている登頂不可能とされていた山を次々と制覇している男がいる。そんな噂を聞きつけたドキュメンタリー映画監督、ピーター・モーティマーは、その謎めいたクライマーに興味を持つ。
男の名はマーク・アンドレ・ルクレール。カナダのブリティッシュ・コロンビアで生まれた23歳の青年だ。モーティマーはマークを探し出し、その魅力的な人柄、そして、天才的なクライミング技術に惹かれた。
マークは命綱のロープを使わず、身体ひとつで山に登る。彼は子供の頃、ADHD(注意欠陥障害)と診断され、母親は将来、息子が仕事につくのは難しいかもしれないと不安を抱いた。しかし、少年はクライミングに興味を持ち、一人で山に登り、みるみる才能を開花させる。
彼は近年のクライマーのように登頂に成功したことをSNSで誇らしげに発表したりはしない。携帯すら持っていないのだ。そして、自分の楽しみのためだけに登頂が難しい山に挑み続けた。
そんな彼を支えるのは、同じように優れたクライマーでもある恋人のブレット・ハリントン。二人は一緒に世界中を旅してクライミングを楽しんでいた。
【感想】
いやー、寿命が縮むかと思いましたよ、この映画。英語では登山もクライミングも両方"climbing"になってますけど、これ、登山なんてもんじゃないですよ?
<究極のデスゲーム>
僕のまわりでも登山を嗜む人、増えているんですよ。理由はわかりませんが、歳を取って土に還ることを想うと、自然が恋しくなるんでしょうか。僕もいくつか山を登りましたけれど、いやはや、ピクニック気分では楽しむ余裕がないほど辛い山もあるんですよね(笑)
そんな普通の登山でひいひい言ってる自分には到底想像もつかないような世界があることを、この映画は教えてくれます。リュックを背負い、トレッキングポールを持って、両足で大地を踏みしめていく。そんな一般的な登山の常識とは程遠い光景がそこにはありました。フリークライミング。ほぼ垂直の岩肌や氷壁を、命綱をつけずに、アックスとアイゼンだけで登っていくんです。まるで、ビルの壁をよじ登るスパイダーマンのように。
2018年に『フリーソロ』っていうドキュメンタリー映画を観たんですけどね。これはアレックス・ホノルドというクライマーに迫った作品で、彼もまた、命綱をつけずにヨセミテ国立公園にある高さ1,000mのエル・キャピタンを身ひとつで登ったりするんです。その彼をもってして、今回のマークはクレイジーだと言わしめています。アレックスはスポーツの一環でクライミングをしているんですけど、マークは違います。限界への挑戦なんて考えていないし、緊張やスリルのためでもありません。ただ、娯楽のために登っているんです。しかも、岩や氷や雪が混じるミックスクライミングというさらに難易度の高いもの。アックスを固定した場所の岩や氷が剥がれたら一瞬で終わりですよ?もう登山でもクライミングでもありません。常に死と隣り合わせのデスゲームなんじゃないかって思うほでした。
<孤高すぎるマーク>
しかも、マークは登ることを誰にも言わないんですよ。今回の撮影中もふらっとどこかへ消えて行方知らずになりました。携帯を持っていないから、一度消えると探すのにも一苦労。他のクライマーのSNSに映り込んだ写真を元に探すしかありません。彼、登攀中は撮影のカメラさえ近づけさせてくれないんですよね。だって、誰かがいたら「単独」にはならないから。彼はあくまでも「ひとりきり」で登ることにこだわっているんです。
通信機器なし、命綱なし、下見なし、リハーサルなしで難攻不落の山に挑むんですよ。ただ自分の楽しみのためだけに。で、SNSにもアップしません。そんなこと、彼にとってはどうでもいいんです。名声なんて興味がない。ただ登りたいから登ってるだけなんですよね。それでちゃんとスポンサーがつくのがすごいですけど。
実際の映像を観るとわかりますが、映画館で観ているこっちが寿命縮まるんじゃないかってぐらいの恐怖ですよ。でも、マーク本人には怖いとかっていう感情はないらしく。ただ、これだけ死と隣り合わせという深い次元で生きていると、人生の表面的なことがどうでもよくなるそうです。その境地に至ってみたいですね。。。
ちなみに、先に書いた『フリーソロ』のアレックスは、偏桃体が一般の人と違って、もはや通常の刺激ではほとんど脳に反応がないそう。マークも子供の頃にADHDと診断されたそうですが、やはり2人とも一般人とは作りが違うということなんでしょうか。
<そんなわけで>
誰にも言わずに前人未到の功績を残し続けるマークの姿に高貴さを感じる素晴らしいドキュメンタリーです。本人はただただ楽しんでやってるだけなんでしょうが、ああやってしれっと(と言ったら失礼ですが)すごいことをやってのけちゃう姿に憧れがありますね。ああありたいものです。