ガチで身を削って夢にすべてを賭けた男たちの熱量の高さに魂が泣いた『春に散る』
【個人的な満足度】
2023年日本公開映画で面白かった順位:45/120
ストーリー:★★★★★
キャラクター:★★★★★
映像:★★★★★
音楽:★★★★☆
映画館で観たい:★★★★★
【作品情報】
原題:-
製作年:2023年
製作国:日本
配給:ギャガ
上映時間:133分
ジャンル:ヒューマンドラマ、スポーツ、ボクシング
元ネタなど:小説『春に散る』(2016)
【あらすじ】
40年ぶりに故郷の地を踏んだ、元ボクサーの広岡仁一(佐藤浩市)。引退を決めたアメリカで事業を興し成功を収めたが、不完全燃焼の心を抱えて突然帰国したのだ。かつて所属したジムを訪れ、かつて広岡に恋心を抱き、今は亡き父から会長の座を継いだ令子(山口智子)に挨拶した広岡は、今はすっかり落ちぶれたという2人の仲間に会いに行く。
そんな広岡の前に不公平な判定負けに怒り、一度はボクシングをやめた黒木翔吾(横浜流星)が現れ、広岡の指導を受けたいと懇願する。そこへ、広岡の姪の佳菜子(橋本環奈)も加わり不思議な共同生活が始まった。やがて翔吾をチャンピオンにするという広岡の情熱は、翔吾はもちろん一度は夢をあきらめたまわりの人々を巻き込んでいく。
果たして、それぞれが命をかけて始めた新たな人生の行方は——?
【感想】
原作小説は未読ですが、映画はとても面白かったです。ボクシングにすべてを賭けた男たちの「自分にはこれしかないんだ」という情熱が痛いほど伝わってきたから。
<実は日本に多いボクシング映画>
海外作品と比べると、邦画ってスポーツ映画がそんなに多くないイメージですよね。でも、ボクシング映画に限ってみると、けっこう前からあるんですよ。市原隼人さん主演の『ボックス!』(2010)、安藤サクラさん主演の『百円の恋』(2014)、菅田将暉さん主演の『あゝ、荒野』(2017)、朝比奈彩さん主演の『レッドシューズ』(2022)、『ケイコ 目を澄ませて』(2022)など。僕も全部観てはいないんですけど、ボクシングってそこまで競技人口が多くないにも関わらず定期的に作られているのって、対立構造が明確でわかりやすいかつ、そこまで広大なスペースがなくても撮れるっていう製作上の利点があるからなんでしょうかね。
<ヒューマンドラマに定評のある瀬々敬久監督>
そんなボクシング映画の最新作を、今回は瀬々敬久監督が手掛けています。僕は同じ監督でも作品によって好き嫌いがけっこう分かれるんですが、この方の撮る映画はけっこう好きな作品が多いです。なぜなら、シリアスなヒューマンドラマの中に、「生」への執着というか、「生きる」ことに対する熱量の高さを感じられるからなんですよ。『64-ロクヨン- 前編/後編』(2016)、『明日の食卓』(2021)、『護られなかった者たちへ』(2021)、『とんび』(2022)、『ラーゲリより愛を込めて』(2022)なんかは特に面白いと感じましたね。
<ボクシングにすべてを賭けた2人の男の情熱に魂が震える>
この映画で一番推したいのは、メイン2人の広岡と黒木というキャラクターの持つ情熱です。広岡は引退した元ボクサーで、アメリカで事業を成功させていたんですが、実は持病を抱えており、いつ死んでもおかしくない状態です。本来ならばもっと体をいたわらなきゃいけないのに、黒木に付きっきりで指導を行います。そこには、いつ死ぬかわからないからこそ、不完全燃焼だったボクシングで何かを残したいという想いがあったんでしょうね。さらに、かつて自分が叶えることができなかった夢を、黒木を通して叶えたいという願望があったんだと僕は思います。
一方の黒木は、一度はボクシングを辞めるも広岡に指導を仰ぎ、再びチャレンジしたいと考えている若者です。家庭が複雑で居場所がなく、アルバイトと漫画喫茶を往復するような日々を過ごしていました。広岡の下でトレーニングに励むんですが、度重なる練習と試合のせいか網膜剥離の危険性を抱え、いつ視力を失ってもおかしくない状況に陥ります。でも、やっとつかんだWBA世界フェザー級タイトルマッチのために、視力を失ってもいいからと参加を強行するんですよね。
広岡も黒木も、まさに身を削りながらボクシングに向かうその覚悟がすごかったんですよ。本作のように、映画って物事に浅く広く触れるものよりも、こうやって狭く深くひとつのことを追求した方が面白いと感じるのは僕だけでしょうか。2時間という限られた尺なので、ひとつのことに集中した方が感情移入もしやすいかなーって思いました。
<ボクシングの対決シーンがメチャクチャかっこいい!!>
で、そういうヒューマンドラマの部分だけでなく、実際のボクシングの対決シーンも見どころです。最後の黒木と中西(窪田正孝)の戦いは凄まじいですよ。2人ともバッキバキに体鍛えて。横浜流星さんはこの映画を通じてボクシングのプロテストに合格しちゃうんだから、役を演じるというか、もう役そのまんまじゃんって。血と汗をまき散らしながら拳をぶつけ合う2人の姿は圧巻でしたね。正直、大会の規模や肉体的なヴィジュアルにおいては、『クリード 過去の逆襲』(2023)の方がすごいんですけど、あれはエンタメに寄せた形だと思うから、ヒューマンドラマを主軸にしたリアルさという意味ではこの映画も負けていなかったと思います。11ラウンド目はアドリブだったってのも後から知ってびっくりでした。
<そんなわけで>
キャラクターの描き方とボクシングの試合が秀逸な映画だったでしたね。僕は広岡が特に印象に残ったんですが、どんな形であれ、人はいくつになっても夢を追えるんだという希望を彼から感じることができてよかったです。これはぜひ映画館で観ていただきたい作品です。
ちなみに、唯一気になったところがありまして、、、それは夏のシーンなのにキャストの吐く息が白かったっていうことです(笑)