誰もが知っておきたい、津波からいのちを守る方法
一つ前のおやこぼうさいマガジンnote記事では、直下型地震への備えや備蓄品について書きました(末尾で引用)。note編集部「今日の注目記事」マガジンで紹介されたこともあり、多くの反響を頂きました。内容が伝わって嬉しい反面、ポイントを絞ったため、プレート境界型地震が引き起こすことの多い「津波」に関する話が出来なかったことが引っかかっていました。
津波からいのちを守るためには「物を備蓄する」とは対極にあるかもしれない、時に何もかもを捨てて「逃げる」という行動をとる必要があるからです。津波に注意する必要があるのは、海に近いところに住んでいる人だけでなく、海水浴などたまたまレジャーで海にいる人も同じです。いざという時に避難行動を開始する必要があるので、皆さんの共通知識として知っておきたい事柄です。
今年(2021年)は東日本大震災から10年ということもあり、専門家も含めて多くの方が経験や防災について述べている中、自分が何を発信するのか悩みましたが、私からは、食や景色などの海の恵みを享受している私たちの暮らしでの作法という観点で津波防災の話を書きたいと思います。
自分の住んでいる場所の標高は何メートルか知っていますか?
自分の住んでいる場所が比較的標高の高い山側かそうでないか位は感覚的に知っていても、具体的な標高は意外と知らない場合が多いのではと思います。都市部は埋め立て地を含む、標高の低い場所に多くの住居が建っていることが多いです。標高の低いエリアはその分、海から津波がやってきた時に浸水の被害を受ける可能性が高いです。津波防災の第一歩として「住んでいる場所の標高を知る」ことは居住エリアの大まかな危険性を知るという意味で大事なことだと思います。標高は国土地理院の地図で簡単に調べられます。
↑地理院地図に加筆
詳細な危険性の把握には「ハザードマップ」が欠かせません。数十年以内に起こると想定される大規模な地震の揺れで津波が発生したら、どの程度被害があるかを具体的に推定した結果が、自治体の発行しているハザードマップに示されています。標高の低いエリアは川にも面していることが多いので、大雨による洪水にも注意が必要です。津波ハザードマップと合わせて、洪水・浸水に対するハザードマップも見ておきたいところです。
津波が発生する仕組み
津波が起きるのは、海の下の地面が大きく揺れる(=海の下を震源とする地震が起きる)からです。「どうして(海の下を震源とする)地震が起きるの?」については、以下の「プレート・テクトニクス」という考え方が分かりやすいと思います。
私たちが乗っている地面は、非常にゆっくりと動いています。地面の下では地球を取り囲むように数枚のプレート(ミカンの皮をイメージ)が動いていて、プレート同士がぶつかったり、海に引きずり込んだりしていると考えられています。プレートの境界での歪(ひずみ)を開放しているのが、引きずられている陸側のプレートが元に戻ろうとする動きであり、津波を引き起こすこともある「プレート境界型地震」になります。
揺れを感じなくても、津波は地球の裏側からもやってくる
津波の恐いところは、揺れを感じなかったとしても、規模(マグニチュード)の大きな地震が発生した場合、地球の裏側のような非常に遠い場所で発生した津波もやってくるということです。
1960(昭和35)年のチリ地震では、発生から22時間半後(早朝午前3時頃)に最大6m程度の津波が日本に到達しました。日本では地震の揺れを感じておらず、地震発生から時間も経っていたため、日本での死者・行方不明者は142名になりました。この地震の後、津波に関する国際的な情報共有が課題となり、気象庁の遠地地震による津波情報発信のきっかけになりました。
(参考)内閣府防災情報のページ「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書」
今は世界中の地震や津波の情報は迅速に共有され、遠地地震による津波への警戒を呼び掛ける情報も、気象庁から速やかに発表されるようになりました。海水浴や潮干狩りなどのレジャー中に津波情報を聞いた時にも、すぐに安全な場所に避難することが出来るように、海の近くに住んでいない人も、揺れが無くても遠い場所からやってくる津波のことを頭の片隅に入れておきたいです。
子供であっても、地域の防災リーダーになれる
2004(平成16)年のスマトラ島沖地震によるインド洋大津波では、死者・行方不明者23万人という甚大な被害が生じました。そんな中で子供の知識が周りの人の命を救ったという事例を紹介します。タイのプーケットで休暇を過ごしていた、イギリス人のティリー・スミスさん(当時10歳)は目の前の海が上下に揺れるのを見て、学校の地理の授業で習った津波を思い出して両親に伝え、周りの人と一緒に避難したことで、約100名が難を逃れました。この話は国連防災機関(UNDRR)で取り上げられています。この話からも、私は「子供であっても、正しい知識と行動で地域の防災リーダーになれる」と信じています。
海外でも津波はローマ字の「TSUNAMI」として表記されて、同じ意味の単語として使われていることが多いです。
津波からいのちを守る行動「水辺から離れる」
津波の速さは海の深さに比例します。水深が深いほど速いスピードです。太平洋や大西洋の平均的な深さ5,000mではジェット機の速度の時速800kmほど、沿岸部の水深10mでも時速36kmと自動車の速度になります。津波が近づく前に一刻も早く逃げることが重要です。
ここで注意する点は、地震の後離れるのは「海」だけではなく「川」の近くからも離れるということです。川は海につながっているからです。津波は川をさかのぼり、堤防の高さを超えて被害をもたらすこともあります。
(参考)気象庁ホームページ:津波発生と伝播のしくみ
どうやって逃げる?
原則徒歩での避難になります。しかし自分の足で歩くことが困難な家族が居る場合など、車での避難を検討することもあるかと思います。
津波を引き起こすような大きな揺れの地震の後は、停電による信号や踏切の故障、陥没やマンホールの浮き上がりなど道路への被害が想定されます。同じように避難しようとする車の渋滞や、観光地であれば海水浴客による混雑もあります。
途中で車での避難を諦めて駐車する場合は、緊急車両等の通行の妨げとならないよう配慮した上で、ドアロックはせずにエンジンキーは付けたままの避難を推奨されています(内閣府 防災対策推進検討会議の検討結果)。
いざという時に物を捨てて逃げるという行動をとるのは、非常に難しいと感じています。車での避難は地域の状況も加味して、日常下の慎重な検討のもとに決断することになると思います。
逃げる場所を探すのに使うマークを日頃から探しておこう
津波に関する注意喚起を分かりやすく示しているマークについて知り、住んでいる地域や旅先で、マークの場所を頭に入れておくのも重要です。
最初に紹介するのは、津波がやってくる危険性があるエリアであることを示す三角の「津波注意」標識(マーク)。標高の低いエリアを中心に設置されている、標高何メートルかを書いている看板にも注意が必要です。(「海抜何メートル」と書かれていることもあります)
津波が来た際に目指す安全な避難場所を示した「津波避難場所」と「津波避難ビル」の標識(マーク)。
令和2年度から海水浴場で用いられる、赤と白の「津波フラッグ」も導入されています。(2021年2月26日現在、全国63箇所(最多都道府県は神奈川県(13箇所)です)
(参考)気象庁ホームページ:津波フラッグ
津波警報の仕組み
津波の現象はコンピュータによる数値シミュレーションである程度再現可能です。日本では地震計がくまなく設置されており、地震時の震度分布から逆算して震源や地震の規模を推定することも可能です。しかし、実際の地震の後にいちから津波のシミュレーションを行っていたのでは、津波到達までに到底間に合いません。そのため、日本付近の震源で想定される地震における多数のパターンの津波の計算結果をあらかじめ蓄積し、震度分布から最も適合する津波パターンを抽出して津波警報を発表しているのです。(もちろん誤差もありますので、事例の蓄積や津波の推定の見直しなどが逐次実施されています)
(参考)気象庁ホームページ:津波を予測する仕組み
津波てんでんこ(三陸地方の言い伝え)
近年、津波に対する防災教育でよく取り上げられる言葉が「津波てんでんこ」です。東日本大震災時の釜石市の小中学生の避難行動に注目が集まり、それまで釜石市で防災教育に携わっていた片田敏孝先生の紹介で広まりました。
「津波のときには、家族のことも構わずに、てんでばらばらに避難せよ。」という津波襲来時の避難のあり方を意味したもの。
いざ津波が襲来するかもしれない、というときに、本当に家族のことを放っておいて、自分一人で避難することができるでしょうか?
『てんでんこ』の意味するところは、いざというときにてんでばらばらに避難することができるように、日頃から家族で津波避難の方法を相談しておき、「もし家族が別々の場所にいるときに津波が襲来しても、それぞれがちゃんと避難する」という信頼関係を構築しておくことこそ、本当に先人が私たちに伝えたかったこと
以上は東京大学 片田研究室ホームページ「岩手県釜石市における津波防災教育の実践」から引用した言葉です。
海の近くに住んでいる人はもちろん、そうでなくとも、家族や周りの大切な人たちと、レジャー時の別行動など、お互いに(例えバラバラであっても)避難するという行動について話し合っておきたいです。
片田研究室のホームページには岩手県釜石市、三重県尾鷲市、和歌山県というそれぞれ想定される津波の違いや、地勢や地域の特徴に沿った津波防災教育への真摯な取り組みと、他地域にも応用可能な津波防災教育の教材やカリキュラム例が載っていますので津波に関する防災教育について考える人には大いに参考になると思います。
おわりに
海での楽しみや恵みを享受している私たちの暮らし。改めて以下のポイントを、いざという時に思い出してもらえたら嬉しいです。
・自分の住んでいる場所の標高や、地域の津波避難に関するマークをあらかじめチェックしておく
・家族や周りの人と、お互い離れた時にいる時も想定して、津波情報を聞いた時の避難について事前に話し合っておく
・海や川など水辺にいる時に、揺れの大きな地震があったらすぐに水辺から離れる
・揺れが無くても地球の裏側など遠い場所からやってくる津波にも注意する
また、直下型地震に対する備えについての記事も一緒に一読頂けると嬉しいです。
このnoteでは社会人大学院での研究経験、そして技術職・研究職として働く日々から生まれた、子どもと科学へのまなざしを綴っていきます。 サポート頂いた気持ちは、私の研究やアウトリーチ活動を広めていくための学びに使わせていただきます。