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汗が怖かった頃

幼い頃から汗っかきだった。
年中、鼻の頭には汗のつぶつぶが浮いていた。
その頃は、
「マー君ちゃんは、汗っかきやなあ」
そう言われても、大人といっしょになって、ゲラゲラと笑うだけだった。

野球をやるようになると、これがコンプレックスに変わっていく。
中には、いくら走っても汗をかかない奴がいる。
その頃は、練習中は水を飲むなの時代なので、汗をかいていると、水を飲み過ぎているように思われる。
それに、汗をかくと何となく疲労も早いような気がした。
できるだけ、普段から水分を我慢して、汗をかかないようにしようとしたが、無駄だった。
水分を取らなくても、身体の中にどんだけ水分があるねんと思うほど、汗は相変わらず溢れてくる。
ユニフォームの尻ポケットのタオルはすぐにびしょ濡れだ。
ハンカチ王子みたいな、あんな可愛いものでは追いつかない。

大学に入って、野球をやらなくなっても、汗は違う意味で、コンプレックスであり続けた。
授業中でも、食事中でも、かかないでおこうとすると、なおさら汗のやつは流れてくる。
脇の下とか、背中とか、見えないところならいいが、鼻の頭はもちろん、額や顎の下からも滴り落ちる。
ひとりで部屋にいる時は、いくら汗をかいても平気なのだが、人前では困る。
発汗恐怖症というやつに近かったかもしれない。

当時、いちばん嫌だったのは、今頃の季節の飲食店だ。
その頃は、今みたいなチェーン店はまだ少なくて、個人の店が多かった。
そんな店は、真夏にはクーラー、冬は暖房を入れるけれども、春とそして今くらいの秋の季節には、どちらも入れない。
入り口や窓を全開にして、天然の風を入れるのだ。
しかし、天然だから風はいつ吹くかわからない。
まったく吹かないこともある。
そうなると、僕は安い定食を食べながら、汗びっしょりになるのだ。
暑いなあ、クーラー、なんで入れへんのやろ。
しかし、周りをみると誰一人汗なんかかいていない。
みんな涼しげな顔で、美味しそうに食事をしている。
とにかく早くここを出よう。
こうなると、味なんかどうでもいい。
とにかくかき込んで、店を出る。

あの頃も、今もそうなのだが、屋外で汗をかくのはなんともない。
屋内で出てくる汗が嫌なのだ。

しかし、とある精神的な病を克服してからは、汗も怖くなくなった。
もしかすると、その病は汗と関連していたのかもしれない。
とにかく不思議なもので、あんなに恐れていた汗も、
「汗くん、来るなら来てみたまえ」
と思えるようになった。
今では、オッチャンを装って、装わなくてもオッチャン、いや、おじいちゃんなのだが、店のおしぼりで堂々と脇の下を拭くことだってできる。
やらないけど。

もちろん、恐怖はなくなっても汗っかきであることには変わりない。
当然、暑がりだ。
今年は、この季節になっても、エアコン入れる、入れないで妻と揉めている。
もう9月も半ばにさしかかろうというのにこの暑さ。
きっかけは人間の責任にせよ、自然がもうそちらの方に舵をきってしまっている以上、どうしようもないのだろうか。

全国の汗っかきの皆様、あと少し、でもなさそうですが頑張りましょう。

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