『盗み聞き』
-それは、嵐の夜だった。
夏が終わり、秋の気配が微かに漂い始めた頃の突然の嵐。
暗い、明かりひとつない山道を1台のセダンが走っていた。
カーブの度にタイヤは軋んで、激しい雨音にひびを入れていた。
運転席には若い男。
助手席には、同じく若い女性。
時々、稲光に赤い唇が光る。
なぜ、彼らがそれほど急いでいたのかはわからない。
その後の調査では、その夜、誰一人彼らを待ってなどいなかった。
下り道に差しかかって、いくつ目かのカーブ。
稲妻の中、軋むタイヤ。
車はガードレールを突き破った。
谷底へ落ちていく時には、車も花びらも変わりはしない。
もし、見た人がいたならば、そう思っただろう。
「でも、そんなの見た人、いないでしょ」
「そうだよな」
「それで、乗っていた2人は?」
仰向けになった車は、タイヤが最後のあがきを見せていた。
助手席から這い出した女は、水かさの増した川の方に進んだ。
そこで、海亀のように赤子を産み落とすと、息絶えた。
運転席の男の首には太い枝が突き刺さっていた。
「そして、その子は今、君の前でコーヒーを飲んでいる」
「そうなんだ。じゃあ、聞いて」
-その女の子は、小学校6年生の時に初恋をしました。
相手は担任の先生です。
始めた書いたラブレターを渡して半年後、先生は生徒の卒業を見ることなく交通事故で亡くなりました。
中学校に入って始めたテニス。
憧れた顧問の女の先生。
新婚2ヶ月で離婚しました。
高校生になって付き合った男の子。
キスした翌日から行方不明。
希望して入社した会社は有名企業。
ところが、3年目にあの金融破綻で社長が自殺。
結婚を約束した会社経営者。
2人の新居も完成して、明日が式というその夜に、何者かに拉致されました。
「そして、そんな女の子にあなたは恋をした」
「どうなるのかな」
「怖くないの?」
「あの晩の方が怖かったからね」
「覚えてるのね」
「そんなわけないよ」
「嘘つき」
「似たものどうしじゃないか、僕たち」
「でも、私の話には続きがあるの」
-こんな話をカフェで友だちにしていました。
その時、それをずっと隣の席で盗み聞きしてる人。
その人は…
「どうなった」
「知りたい?」