思ってたんと違う世界
思ってたんと違う。
実際の刑事があんなに街中で撃ち合うことはない。
そんなことがあったら、えらいこっちゃでは済まない。
それくらいはわかる。
それ以外でも、僕たちがドラマや映画で見ているのと違うことがよくあるらしい。
例えば、ドラマのように刑事が殺害現場などに真っ先に踏み込んで、「ん、これは? 」などということは、まずないらしい。
実際には、鑑識の作業が一通り終わるまでは、誰も現場には入れないとか。
また、犯人を逮捕するのも大変だが、その後がそれ以上に大変だと聞いたこともある
山ほどの書類を書かなくてはならないとか。
そこは、刑事といえども公務員だ。
もちろん、張り込み中は、あんぱんと牛乳ばかりではなく、好きなものを食べる。
取り調べ中に、カツ丼食うかなんて、絶対に聞かない。
裁判で、カツ丼おごるから自白しろと言われましたなんてことになりかねない。
僕が子供の頃に、一番最初に、思ってたんと違うとなったのは、ガードマンだ。
当時、「ザ・ガードマン」というテレビドラマがあった。
宇津井健がキャップで(ボスではなくてキャップ)、藤巻純や川津祐介らのメンバーと共に凶悪事件を解決していく。
スーツ姿で颯爽と立ち向かう姿に、何も知らない少年は憧れた。
「昼は人々の生活を守り、夜は人々の眠りを安らげ、自由と責任の名において、日夜活躍する名もなき男たち。それはザ・ガードマン」
カッコいいー!
「お父ちゃん、僕、おっきくなったら、ガードマンになるわ」
ある日、工事現場のおじさんを見て父が言った。
「あの人が、ガードマンや。見てみ、どこにもピストルなんか持ってへんやろ」
思ってたんと、違った。
もう少し大きくなると、探偵に憧れた。
こんな人は多いだろう。
大体、少年探偵団シリーズか、ホームズ、ルパンの影響だ。
というか、主にポプラ社の責任でもある。
僕も例に漏れず、まずは少年探偵団の結成から始めた。
有志を募り、同じ手帳を持つ。
牛乳キャップを利用して、BDバッジも作成した。
みんなで、尾行の練習など、真面目に訓練した。
それは、ひとえにゆくゆくは明智小五郎のような探偵になるためだった。
将来は、探偵事務所を開き、警察の手に負えない難事件を解決する。
「お父ちゃん、僕、おっきくなったら、探偵になるわ」
ある日、新聞の小さな広告を指差して父が言った。
「これが探偵の仕事や。どこ見ても、難事件解決とか書いてないやろ」
そこには、浮気調査の文字。それはそれで、刺激的ではあったが。
思ってたんと、違った。
このように、世の中は思ってたんと違うことの連続だ。
実際の就職だって、就職してみてから、思ってたんと違うことがほとんどではないだろうか。
思ってた通り、あるいはそれ以上という方は、ほとんどいないのでは。
結婚だってそうだ。
思ってたんと違う。
その違うところを、男女が少しずつすり合わせながら暮らしていくのが結婚だ。
もちろん、奥さんには、思ってた以上と言ってる。
それもすり合わせのひとつだ。
人生そのものだって、そうだ。
50、60にでもなれば、風呂上がりは、バスローブを着て、ソファーにゆったり身を沈め、ワイングラスかブランデーグラス片手に、ジャズやクラシックに耳を傾ける。
そんなはずだった。
でも、思ってたんと違った。全然違う。
思ってたんと違うところと、思っていたところを自分なりに歩み寄らせて、折り合いをつけていく。
そんなことの積み重ねが人生だ。
今、世界で起こっていること。
これも、思ってたんと違う。
これだけは、どう折り合いをつけるべきなのか。
そもそも、折り合いをつけていいのか。
いずれにしろ、人は最後は正義の側に立つ、それだけは思った通りであってほしい。
もちろん、その正義が思ってたんと違うということは、やはりあるだろうと警戒はしつつ。