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カイランという組織のルーティン

カイランとは回覧のことです。広告や制作物の校正を部署を問わず社員みんなで行うというプロセスを指しています。私個人としてはあまり好きではない業務プロセスだったんですが、社員の要望が強かったので廃止することなく今なお続いています。
今回はこのカイランというプロセスから、組織について考えてみたいと思います。

回覧の始まり

通信販売は今でこそ今はECが主流となっていますが、
元々は広告を作り新聞に掲載したりチラシやダイレクトメールを印刷して配布することで受注する流れです。
よって価格や注文受付の電話番号に誤植があったり、
商品の説明など掲載された内容に間違いがあっては大変なことになります。

実際に電話番号を間違って掲載してしまって、
その番号の家にたくさんの注文電話が鳴ってしまって大変なご迷惑をお掛けしてしまったこともあります。

そんなわけで、入稿前には何度も何度もチェックする必要があります。
担当者が自分でチェックすると見落としがどうしても出てしまうため、
他の社員の人にもチェックしてもらうことで、そうしたミスを防ぐ必要がありました。

ECだとサイトを更新することで修正可能なので、とても便利な時代になったものですが、
印刷物は間違っていても修正はできませんし、費用も発生しているので大変な損失も生じます。

文字校正の大事さは身に染みて思い知ったので、
社内回覧をする工程ができたのです。


チェック項目が勝手に増えていった

文字校正のための回覧でしたが、
続けていくうちにチェックが入る箇所とその指摘事項に変化が現れだしました。

「この言い回しはわかりづらいのでは?」
「この言葉を使うのなら、こちらの言葉を使った方が伝わりそう」
「この言葉遣いはうちの会社らしくない」
「この言い回しはうちのお客様には合っていないのでは」

といった、
表現方法や言葉の選び方についての指摘事項が増えていったのです。

それも競い合っているのか?
と感じるくらいに
みんながみんなチェックをしていきます。
もはや文字校正というよりも検閲のようにも思えてきます。

ひとつの原稿に何十人もの赤ペン先生が採点しているかのようでもあります。

この頃には私は自分で原稿を作ることはほぼなく、
回ってきた回覧をチェックするばかりになっていました。
そして社長ということもあってか、
だいたい最後に回ってきます。
気になる箇所はだいたい誰かがチェックを入れていますので、
私がすることはほとんどなくなっていました。
強いて言えば、
私の名前で出すレター部分の箇所で
自分があまり使わない言い回しが使われていた時くらいです。
(つまり、私のレターは私が書いたわけではないのですが)

目を通していると、逆に担当者がかわいそうに思えてくるほどのチェック数です。
自分が担当者だったら、ただ一言、
「うっせいわ!」
と言っていたと思います。

担当者のメンタルが心配になったので、
管理職を通して、
回覧はもう止めたら、と進言したこともありました。

しかし管理職が担当者に聞いたところ、
むしろ逆の回答が返って来たそうです。
「勉強になるので、じゃんじゃん書き込んでもらいたいです」

「マジかよ!」と耳を疑う私がいました。

参考にはするけど、すべてを直すわけではない

実際に書き込みは多いのですが、
出来上がった原稿ではそれらのすべてが反映されていたわけではありません。
そもそもあれだけのチェックをすべて修正していたら、
素の原稿の痕跡は何も残らなくなってしまいますし、
そもそも企画の趣旨も一貫性もなくなってしまう。
だから、参考にするけど直す義務はなく、
最後は担当者が決定する業務フローとなっていました。
もちろん、重大なミスは担当者も修正しますし、上司が指示することもあります。
しかし、最終的には担当者が決めてよいという仕組みになっていきました。

一般的にはこういう流れになると、
「わざわざ指摘してやったのに、私の助言を無視した!」
「せっかく教えてやったのに、聞かないのならもう二度とチェックしてやんねー」
なんてなりそうなものなのですが、
不思議なことに
そうはならなかったのです。

むしろ
「あの指摘はスルーしたんだねー」
「おっ、結局初志貫徹しましたか!」
なんて会話が増えたとも聞きました。

回覧からカイランへ

回覧は指示や命令、難癖や批判ではなく
いわば若手の修行の場になったのかもしれません。
さらに言えば、先輩の原稿に後輩がチェックを入れるということも普通になりました。
後輩に添削された先輩の内心の心は定かではないですが、
少なくともタブーとはされなくなりました。

もうひとつ言えば、社長の書いた原稿についても
社員から助言をいただくことすらあったほどです。
この流れになってしまえば、
もはや私も
「うっせーわ!」
なんて反応は致しません。
ありがたく参考にさせてもらいました。

これはある意味、
自社の強みが昇華して日常の習慣化、
ポジティブな意味でのルーティンになったんだなと思いました。

先輩後輩、上司部下関係なく、
お客様に届ける原稿の言葉はみんなでチェックし、
思ったこと、感じたこと、もっとよくなると思ったことを書き込む。
書き込まれた方は、ひとつひとつに目を通し
重要なものや、共感したものは修正する。
他の指摘はありがたく参考にしてスルーする。
そしてそれが日常業務として習慣化、すなわちルーティン化している。

私はこれに気づいたときに
回覧はカイランになった!と言葉にしました。

本当の強みはルーティンにある

ルーチンワークという言葉を聞いた場合、
定型業務とかマニュアル業務といった意味合いで、
ネガティブな意味合いにとらえる人もいると思います。

しかし一方で業務を効率よく、また誰でもできるという、
とても洗練された業務の型とも言えると私は思います。
すべての仕事がスポットで、定型化できない業務ばかりでは
刺激的でもありますが、
組織化や人材育成という観点から見たら洗練されていない業務の進め方とも言えるわけです。

大きな成果の陰には大胆な改革があった、
ということも多々あるとは思うのですが、
そればかりでもないと思います。
むしろ、当たり前のことを日々地道に続けてきただけでした。
というトップの言葉も多い。

当たり前のことを地道に続けるためには
それが社員皆の日常のルーティンに組み込まれていて、
社員もことさらに意識するわけでもなく、
日常の普通の事として日々自然に取り組んでいるものです。
だから社員も素直に受け止め、続けることができるのだと思います。

カイランの効用

カイランは
様々な観点を共有し合い、
互いにボキャブラリーを増やし合い、
気軽に指摘できる、気軽に指摘をスルーできるという関係性の質を熟成し、
先輩たちに厳しく鍛えられたというポジティブな経験を積めて、
でも最後は自分で決められるという自信も得られる、
そんな組織のルーティンになったのかもしれません。

同業他社の業務フローは分かりませんが、
何らかの文字校正のフローはどこにでもあると思います。
しかし、これほどまでにオープンな組織のルーティンとなっているところは多くはないのでは、
と私は思っています。

そして、
このカイランが自社の組織ルーティンになり得たバックグランドには、
社内の関係性の質や心理的安全性を高める様々な取組みを
何年も愚直に続けてきたからだったと思っています。

今後はこのルーティンが儀式化してしまわないよう、日々のアップグレードに気を付けていかなとな、
なんて思っております。

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