ビジネスはスケールしなくてもいい
本日は、私の中ではまだ生煮えの状態ながら、現時点でどうしても整理しておきたかった『ビジネスはスケールしなくてもいい』というテーマです。本日アップした後に、もう少し知識を蓄えて、追記・修正していくことは確実ですが、まずは筆を前に進めます。
『規模の経済』は時代遅れに
生産の規模を拡大することで、費用が節約され、収益が逓増する傾向を指す『規模の経済』は、ビジネスの基本原則の一つと言えます。ビジネスをスケールさせる効果がある『規模の経済』を獲得することは、プラスイメージで捉えられてきました。
ただ、最近では、闇雲な成長至上主義、ストレート過ぎる量的拡大主義への疑問が呈される機会も増えてきています。『規模の不経済』への指摘もあります。差し迫った地球環境危機が叫ばれる中、大量生産・大量消費・大量廃棄が許容されていた時代の王道である『規模の経済』や『範囲の経済』を、愚直に追い求めることが果たして今の時代にマッチしているのか、個人的には疑問を感じます。
私は、時に暴力的で、圧迫感のある『規模の経済』という考え方が、どうにも好きになれませんでした。最近になって、やっと「足るを知る」という声を上げやすい時代が来たのではないかなあ、という思いがあります。まだまだ『規模の経済』が有効な分野はあるでしょうが、できれば時代遅れになってお蔵入りして欲しい、と密かに思っています。
無理な拡大が招くもの
これからビジネスの役割や意味が、大きく変容する時代になっていくのでしょう。私は日々のオペレーションの質を高めて、地道に改善していく努力には肯定的ですが、量の単純拡大を目指せという方針には、本能的に嫌悪感を抱いてきました。営業の仕事をしていた頃は、予算達成の為に相手が本当に必要としていないものを売ろうとしたり、積極的にお付き合いしたくない取引先に頭を下げて買って貰おうとしたりする活動がすこぶる嫌でした。本質的には世の中に不要なものを、あの手この手、時には腕力まで使って市場に流通させて、無理矢理消費させる行為は、不経済そのものだと思うのです。
スケールを目指さない…… 改善努力はしない…… 成長は求めない…… といった極端な態度を肯定したいわけではありません。しかし、短期的に必要とされるからと無理を積み重ねて数字や実績を作るという行為は、各所にダメージを与え、後々大きなしっぺ返しとなって戻ってくるような気がします。
新しい資本主義
そこで、『新しい資本主義』ということばの意味を考えたくなります。日本政府も、大量生産・大量消費・大量廃棄を軸とした線形経済から、資源の有効活用と省エネルギー、リサイクルによる循環経済への本格的な転換を喧伝しています。
新しい資本主義の到来には、もっと身近で、手触り感のある経済が必要な気がしています。無機質で無感動に消費を繰り返す日々や、マネーゲームによる数字の増減に一気一憂する日々は、味気ないと感じ始めています。便利で快適な生活を手放すことは、難しいものがあります。だけれども、その生い立ちや成り立ちが透けて見えるモノに囲まれて暮らす生活を望んでいます。