ブランドをカタチづくる要素とは。「美意識、誠実、忍耐、覚悟:群言堂 他郷阿部家」編
こんにちは。いつもお読みいただき、ありがとうございます。
私はプロジェクトマネージャー兼中小企業診断士として、ブランド構築のサポートをしています。それは、「ブランディング」の講師から、「ブランド」起点の新商品開発支援、「ブランド」を見える化するクリエイティブ制作など。
そのため、日頃から様々な観点から「ブランド」を意識して、観察しています。
このシリーズでは、「ブランド」をカタチ作っている要素について、私の考察を書き綴っていこうと思っています。
今日のまとめ
【群言堂・他郷阿部家】
ブランドをカタチ創るのは
・デザイナー 松葉登美の生き方
・美意識、誠実、忍耐、覚悟
今日の注目:群言堂・他郷阿部家
「群言堂」とは生活雑貨を扱うお店です。アパレル雑貨などはオリジナルブランドとして企画しており、そのデザイナー松葉登美さんの生き方に憧れる根強いファンが多くついています。本社は島根県大田市大森町。観光地「石見銀山(いわみぎんざん)」のお膝元です。
その本社近くに、日本の美しい自然と、古いけれど清潔にととのえられた通り沿いに、古民家を再生した「田郷阿部家(たきょうあべけ)」というお宿があります。
この「田郷阿部家」という宿は、前述の登美さんの住居兼宿で、ご自身で「窯婆」と称し、昼間は群言堂デザイナー、夜はお客を迎えてくださいます。それについてはまた後ほど詳述いたします。
「他郷阿部家」はもともと江戸時代に銀山のお役人だった阿部清兵衛のお屋敷です。
約40年以上前、デザイナー松葉登美さんはご主人松葉大吉さんの故郷であるこの場所に移り住んでいらっしゃいました。そして、空き家になっている古民家をコツコツと時間をかけて、拾ってきた廃材なども使い、地元の職人さんと一緒に改修しはじめました。その古民家は群言堂の店舗や社員寮として使われ、そしてその「集大成といえる」とご本人もおっしゃられているのが、「他郷阿部家」なのです。
暮らす宿「他郷阿部家」をたずねる
こちらへは、出雲大社へのお参りのあと、レンタカーでお邪魔いたしました。駐車場が裏手にあるため、近くなったところで連絡を入れました。そのため、入り口では外でスタッフの方が待っていてくれ、出迎えていただきました。スタッフのかたは、明るく、丁寧すぎず、一人のヒトとして気持ちよく接してくださり、この第一印象でこの滞在がとても「気持ちの良い」ものになると感じたことを覚えています。(感動ポイント1)
入り口から入ると、母屋へのアプローチをたどり、建物へと向かいます。青々として手入れがされた植栽たちと、よどみのない水が張られた鉢、掃き清められた道に、もうワクワクが止まりません。(感動ポイント2)
そして暖簾(のれん)をくぐると、もう完全に田舎の実家に帰ったような「親しみ」のある空間です。「ん?なぜ、親しみ??」私には田舎にある実家は持ち合わせてませんし、つまり暮らしたこともありません。では、この「親しみ」という感情はいったいどこから来るのか。それは、すでに失ってしまった「自然と共に生きる日本の文化」がここにある!という感動と、その圧倒的な喜びなのだと感じます。
そして、そこで迎え入れてくれる方が、その建物に命を吹き込んでくれている。だから古民家全体がイキイキとしている。
玄関をくぐると、すぐお隣が本日のお部屋でした。床の間には季節のお花がさりげなく飾られています。今日ここに訪ねて来る人が喜ぶように、という配慮が随所にあり、しかもそれが決して「特別」ではないのです。普段の生活の延長にそのおもてなしの気持ちがある。そんな清々しい空気が流れているのです。(感動ポイント3)
何年もほったらかしにしているほこりのつもった造花なぞを、たまにレストランなどで見受けます。私はそういったところにその企業や店主の人となりを想像してしまいます。
他郷阿部家でのお食事
最大の特徴はお食事です。昔ながらのお台所に、割烹着姿で忙しく立ち回るスタッフたち。使い込まれた道具は取りやすいところに整然とおさまっていて、その趣につい見入ってしまいます。食事の準備で立ち回る祖母を一瞬思い出してしまったことを白状します。(感動ポイント4)
お食事する場所は、このお台所を撮っている場所なので、私がしばし佇んでいると、「お食事、もう少しおまちくださいね~」なんて声がかかります。「ここは実家か!自分は食事を待つ子供か!」というツッコミをせずにはいられません。
そして、食事の時間になると、本日の3組のお客さんと登美さんみんなで食卓を囲んでお食事をします!笑。その日は常連のご夫婦、すでに5日間連泊している外国からいらしたご夫婦。そして私達。外国のご夫婦は、最初に来てから気に入ってしまって、その後連続して泊まることにしたそう。(なんという財力。たぶんすごいお金持ち。)「東京で良いホテルに泊まったり、数ヶ月かけて日本中を旅しているけれど、ここより素晴らしい宿はない!」とおっしゃられていました。そう、「日本の古き良き暮らし」を堪能できて、それがいわゆる見せかけだけではなく、「本物」である、というのは、私自身もなかなかお目にかかったことがありません。すべて「本物」。アミューズメントパークのようなハリボテを、どこにも感じない。もう驚きしかありません。(感動ポイント5)
谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」は誰もが知る日本の古き暮らしを綴る名随筆です。文章の美しさも、内容の可笑しさも最高ですが、その雰囲気をこの場所できっと感じることができるはずです。
そして、迎えた朝。
朝、身支度して、お台所へ向かうと、気持ちの良い青いテーブルランナー。そこに整然と並べられた朝食。朝の光が美して思わず写真撮りますよね。
この記事に使用している写真は、ウェブサイトトップページ以外は、自分で撮影したものですが、撮影量はこんなものではありません。お風呂場のステンドグラスも、中庭も。素敵なこだわりがたくさんあり、もっと言いたいことがあるのですが、それだけでブランドの話に進まないので、それはオフィシャルウェブサイトをご覧いただき、またご興味があれば、ぜひ実際に訪ねて、体験してほしいです。「ブランド」を体験する、というのはこういうことか、と身をもって感じられるはずです。
一歩、街に出る
松葉ご夫婦が移り住んだとき、この地域は人口数百人の町でした。その場所で彼女は自分が居心地の良い暮らしのために行動されました。朽ち果てた古民家の再生です。ご夫婦は当時決してお金持ちでもなんでもありませんでした。そのため、古民家に眠っていた古いものを捨てず、あるものを活かしながら、知恵を絞り、コツコツとすすめてきたわけです。十数年かけて登美さんの美意識はその古民家が立ち並ぶ「通り」の景観にまで行き渡り、そして今にいたっています。
そして、特筆すべきはこの自動販売機カバー!なんと手作りしたとか。飾りまで入っていて、なんて素敵。ちらりと見えていますが、あのみんな知っている赤い自動販売機。景観に合わない、けれども観光客にはあったほうが便利。と考え自分たちでなんとかしてしまうこだわりようには、本当に尊敬しかありません。(感動ポイント6)
そして、「群言堂」の店舗も並びます。ここでは何が買えるのか。
「他郷阿部家」で気に入ったプロダクトは、ほとんどのこのお店で買えるのです。なんと布団や枕まで!そうです。昨晩泊まったときに感じた「この布団、なんてふかふかで気持ちいいんだろう。枕もすごく寝やすかった。」その実感冷めやらぬままにこのお店に入ると、勢い買ってしまいそうになります。(うちは残念ながらベッドなので、断念しましたが。枕は危なかったです。)宿泊された方の大人気はこの寝具セットのよう。お風呂場にあった体を洗う和紙でできたタオルも(これは購入)。歯ブラシも。部屋着や、鉄瓶まで。これは、あの「MUJIホテル」と完全に同じ仕組みです。そのもっと濃厚で、1発でファンにならざるを得ない仕組みがここにありました。外は混み合っている印象はないのに店内は観光客で賑わっている、このことに驚きでした。(感動ポイント7)
「ブランド」がもたらしたもの
この、メイン通りには「他郷阿部家」、「群言堂」本店、素晴らしく美味しいパン屋さん(話がそれるので詳細は控えますが。)など、住宅以外に立ち並びます。そして、気がつくのが若い人たちが多いこと。小さな子供連れのご家族がいらっしゃることでした。ここは、もともと人口数百人の街だったのでは?
「群言堂」ができてから、その「根のある暮らし」というコンセプトに惹かれて、全国からワカモノが集まってきていると伺いました。実際、私たちが宿でお会いしたスタッフの方も、某都市からこの「暮らし」に憧れてきたとのこと。他のスタッフでは、自分で田んぼをやりながら、自分でビールを創りたくて、などいろんな自分の「やりたいこと」を実現させるために、続々と集まってきている印象がありました。とはいえ、もちろん挫折する人もいるでしょう。でも、この少子高齢化社会の中で、ワカモノが地方の小さな町に自主的に集まってくる「群言堂」の力とは何なのか?
コツコツ誠実に修繕された建屋。無駄なものは必要のない暮らし。工夫する暮らし。ものを捨てない暮らし。それはすべて登美さんご自身が、毎日を楽しむための暮らし、です。そのためには、自分の美意識を信じ、何をどこまで、どのようにこだわり、そのこだわりのために「覚悟をもって」投資をし、「面倒な」役回りを引き受け、今、ここにたどり着いていると感じました。
そしてその結果、町全体に活気が出て、同じような価値観を持つ人達が集まってくる、という好循環を生み出しています。
この「群言堂」の価値観はSDGsの時代にバッチリとはまっています。そして、良くも悪くも何でも可視化されてしまうSNSの時代に、この「誠実さ」は、多くの人の共感を得ることができると考えます。私には察することしかできませんが、このコロナ渦はそのサービスの性質上、本当に苦しかったと思います。しかしこれからより一層輝きを増すはずです。
ただ、ひとつ重要なのは、このブランドが「ブランド」として、より一層強くなれるのかそうでないのかは、次の世代がバトンを受け継ぐときだと思っています。今は、ごく一部の熱狂的ファンがついているにとどまっているのが実態だとは思います。もし、そのタイミングで強くなったとき、この「群言堂」というブランドは、もっと日本中、世界中に知れ渡るはずです。アウトドアブランドの「パタゴニア」のように。
ただ、私はその時が来るのが楽しみなのか、そうでないのかは、複雑な心境です。笑 推測ですが、きっと登美さんもこのままであることを望まれて、「今」なのだと思っています。私も、正直なところ、「このまま」であって欲しいと願う、わがままな一ファンでもあるのです。
最後に
旅から戻るとしばらくして、一緒に食卓を囲んだ写真が届きました。宝物です。そして、お手紙が毎年届きます。こうやって、人と人とのご縁を、つなごうとしてくださる。こういったきっと面倒な作業であろう丁寧な心配りに感動します。
人は、手間をかけてもらっていると感じたときに、ありがたさを感じるものだなと、しみじみ感じ入ります。若いスタッフも多く、きっと指導も厳しいこともあるでしょう。でもその細かすぎるであろう美意識を、どうかめげずにしっかり感じて、次の時代に受け継いでいってもらえたら、一ファンとして嬉しい限りです。
株式会社石見銀山群言堂グループ/株式会社石見銀山生活文化研究所
所在地:島根県大田市大森町ハ183
松葉大吉さん・松葉登美さん
株式会社田郷阿部家
所在地:島根県大田市大森町ハ159-1
ここまで長々と書いてしまいました。ブランドのついて話をしようと思っていたのに、最後は完全に一ファンのお話となってしまいました。
読んでくださった方、本当にありがとうございます。
ファンにならざるをえない仕掛けばかりの宿のお話でした。
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