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屋根より高い金魚柄
咳をしても金魚。
あぁ、あれね。
あの時は心底あきれたよ。
寝ても覚めてもって言うけれど、父さんの金魚に対する思いは、まさにそれ。
寝ても金魚。
起きても金魚。
出掛けた先でも金魚。
朝夕飯に晩酌中も金魚、金魚。
あれじゃ仕事中も通勤中も金魚のことばっかりだろうね。
でもって、風邪ひいて高熱中も金魚。
咳をしても金魚。
本当、あきれたよ。まったく、自分の身体よりも金魚、金魚って、なんなんだ。
「ねぇ、母さん。父さんっていつからあんなに金魚が好きなの?なんであんなに好きな訳?」
久しぶりに帰った実家で、母さんにたずねる。
「はぁ?覚えてないの?あんたが小学生
の時からでしょうが。お父さんと二人でお祭りに行って、あんたが金魚すくいで初めてすくった〜って大喜びして」
夕飯の支度をしながら母さんが言う。
母さんの言葉にハッとした。
すっかり忘れていたのだ。
母さんは続ける。
「それなのに、全然世話しないから。あの金魚は今でも、あんたの金魚なのよ。だからお父さん、大事に世話しているのよ」
結婚をして実家を出てから数年が経つ。
来年のゴールデンウィークはこうも行かないだろうから、ということで今年はお互いが一人で実家へと帰ることになった。
もっとも、妻のお腹はずいぶん大きくなっており『二人で』と呼ぶ方がふさわしいかもしれない。
夏には子どもがうまれる。
男の子の予定だ。
*
玄関の戸が開き、父さんが帰宅した。
もちろん、帰宅早々に金魚。
着替えて夕飯の席につく前にも金魚。
「あのさ、お祝いって言ってくれてた、あれ。リクエストがあるんだ」
食卓を囲みながら、話を切り出した。
マンション暮らしの自分たちには、飾るスペースもなく、もったいないこと。
父さんの気持ちは夫婦ともども嬉しく思っていること。そのうえでのリクエストであること。
妻も自分も、伝統的なものは好きだ。
子どもの頃に憧れた鯉のぼりへの想いは、確かに今も残っている。でもそれは、子供の頃の良い思い出だ。
妻も自分も、伝統的なものが好きであると同時に、実用的なものも好きだ。
父さんへリクエストしたものは、その年の夏にお祝いの品として、渡された。
小さな金魚柄の赤ちゃん服。
金魚が泳ぐ落ち着いた色味の甚平。
金魚が泳ぐ爽やかな色味の男性物の浴衣。
「赤ちゃんサイズはわかるけれど、こんなに大きいサイズまで、まったく気が早いし、いつになったら着られるっていうんだ」
不思議そうに言いながらも、父さんはただただリクエストに応じてくれた。
ブツブツ言う父さんの目の前で、大きいものから順に並べてみる。
すると、まるで鯉のぼりの鯉のよう。
金魚柄の爽やかな男性物の浴衣は自分に。
金魚柄の渋い色味の甚平は父さん。
小さな金魚柄は息子に。
「いつになったらって、父さん。今年だよ。三人で着よう」
そう言うと、やっと理解した父さんが恥ずかしそうに言う。
「なんだなんだ。だったら、言ってくれよ。女物も二着必要だろう」
「いや、さすがに家族全員揃って金魚って、くどいだろ」
妻と母さんは、それぞれお気に入りの浴衣を着るのを楽しみにしている。
*
我が家には大きな鯉のぼりはないけれど、小さな金魚柄が、ちょうどいい。
息子には、金魚のように誰からも可愛がられ、まわりの人の心を和ませながら、ゆったりと自分の人生を泳いで欲しい。
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(小牧幸助さん風に…笑)
小牧幸助さんの楽しい企画に参加させていただきました。