いつだって会いたい人
「お~どうも、元気?あ~いや、うん、突然悪いね。今大丈夫?うん、あのね、辞めることにしたんだよ。会社」
「えぇ!?え~?...なんて...言ってはみますけれど、ふふふ、驚きはしないと言うか。このタイミングなのですね。...あ~まさか!そうだ!私が辞めてさみしくなっちゃったんじゃないですか~?」
「いや、色々あってさ。いや、そうだね、それもあるね。さみしかったよ。他に話せる人いないもんな」
「話せる人」というのは、本心で話せる人という意味だろう。お互いにとって、話せる人であった。今もそうだ。
退社することを一瞬驚いてみたりして、すぐ納得して、それよりもこれからのことを話し出す。私のリアクションは、電話をかける前から想定通りだっただろう。
会社辞めるよ、なんて楽しい話題じゃないはずなのに、電話をもらったことが単純に嬉しかった。
名前をハルさんとしよう。
ホントの名前は書けない。あれからすぐに、ハルさんは別の会社からお声がかかり、責任ある仕事を任せられ、すぐには会えない距離の土地へ行ってしまった。
きっとその土地でも人気者だ。お酒が好きで、面倒見が良い。アイデアを次々と形にしてきた人で、その業界では知らない人はいない...というほどではないかもしれないが、彼のことを知っている人は実際のところ多い。
熱くて優しい人柄を知れば、みんな彼を好きになる。私もその一人だ。
ハルさんとの出会いは、もちろん会社。
小さな規模の割には社員の数が多いその会社へ、ハルさんは顧問というポジションでやって来た。
キンチョーする。
怖そう?厳しそう?どんな人?
社長がすぐ近くにいる環境で、息をひそめて働く日々に新しい風が。少し、期待をする自分に気がつく。
社長室は静かだ。社長室の中の経営企画室に私はいた。「室」の中の「室」だなんて、なんだかへんなのと思いながら、熱い心を持つ私は一人でカッカと燃えてみたり、水をかけられシュンと燃えかすになったり。
ハルさんも、静かすぎる空間で、どのように振る舞って良いか探っているようす。
一か八かだ。
「ハルさん、お疲れさまです。すぐ目と鼻の先にいる平社員のMです」
とメールを送ってみた。簡単な経歴と社内での自分の立ち位置、ハルさんがこの社長室で気を使わなくて良い人は私ですよ!というニュアンスをたっぷり含ませて。
私の一か八かは、大当たりした。
社長室のメンバーが次々と外出し、私とハルさんだけになるという瞬間がやって来たのだ。
「いやぁ~ここ、何だか空気が重くない?暗いよね。Mさんも、疲れるでしょ」
そこから私たちは頻繁に会話をするようになった。ハルさんも私も、どうしようもないことをダラダラ文句を言ったりするのは好きではないし、難しい顔をして仕事をするより、楽しい顔をして仕事をしたい。
会社に利益をもたらしながらも、会社や社員を取り巻く環境を良くしたい、地域の人やお客さまにとっても必要とされる会社に出来ないものか、そういう思いも共通していたように思う。
年齢も性別もバックグラウンドも、会社での立ち位置も全く違うハルさんと私。他の社員が知らない間に、友情と言っては失礼かもしれない、なんとも表現しがたい特別な絆がうまれた。
ふふふ、絆か。ハルさんなんて言うかな。
そんな大好きなハルさんが会社を辞める。ハルさんの最終出勤日は、電話をもらった数日後の金曜日だった。
すでに会社を辞めていた私だ。何ができる?サプライズの送別会も開催出来ない。
ハルさんを慕う別の部署の男性社員からメールが届く。彼もハルさんと同じ志をもつ一人、イコール私も彼の仕事に対する姿勢に好感をもっていた。ちょっと軽そう?ではあるけれど、物事をハキハキ言うところが良かったし、会うたび元気をもらっていた。何より、ハルさんを慕っている時点で仲間みたいなものだ。
「聞きました?金曜日ハルさん最終日。ハルさんとメシ食うんですよ。いつもの中華料理屋。来られませんか?ハルさん絶対喜ぶって」
悩んだ。でも遠慮した。少し前の話ではあるけれど、その時も人が集まることはよしとされない状況だ。
まさかだけれど、こんな状況の時に...フラフラと二人で二次会だとか、人が多い金曜日の夜の街に繰り出しはしないだろうか。
金曜日、メッセージカードと共にあるものを置いてきた。
馴染みの中華料理屋さんの店主に「ごめんなさい、私は今夜は食事に来られませんが、渡してください」と。
数日後、ハルさんと食事をした男性社員からメールが届く。そこにはハルさんの写真が添えられていた。
ほんのり赤い顔をしたハルさんと、目の前にはいつもの美味しい中華料理。
手には、私からの花束だ。
「Mさんのメッセージが効いて、メシ食って一杯飲んでおとなしく帰りましたよ」
ふふふ。あちこち移動するには邪魔になるサイズの花束だ。効果絶大!大成功。
いつだって会いたい。でも、会わない、会えないからこそのサプライズ。「サプライズ」なんて、口にするには恥ずかしいけれど、ハルさんに私ができること、やってみたら喜んでくれた。
花束をもって帰って花瓶にいけるのは、時どき会話に出てくる奥さまだろう。お手間をかけてしまうけれど、ハルさんの早い帰宅を喜んでくれただろうか。
※今の季節とは真逆ではありますが、いつも楽しく仕事をしているハルさんのイメージそのまま!の素敵なひまわりの写真と出会いました。私もハルさんのようにエネルギッシュに仕事したい!憧れの気持ちを込めて、隣のひまわりは私です。
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