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第7話 あの「広島」を知らない第1ひとりっ子政策世代

第1話 (みんなの文藝春秋でも取り上げていただきました) 

Today's Pick
Crimson Dawn (Dying Fetus) 'Second Skin'

 バンド、ヤックで世界中を回る中、ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカと同等に不思議の国だったのが中国だ。日本では特に特有のパクリ文化と雑で横暴なキャラで親しみがあるのだが!今ではその米中摩擦が緊迫して世界への影響がどう転ぶのか気になるところ。トランプ政権発足やイギリスのEU脱退などデモクラシーってなんなん?ポピュリズムってアホな人の塊じゃなくて?みたいな事で資本先進国が右往左往している間に中国は着々と世界乗っ取り計画を進めている。その力は右向け右の一党独裁政治が統治する広大な国土と人民や企業から徴収する莫大な資本にある。その人民の圧倒的な数は頭でわかっていても行ってみるまでなかなか想像がつかない。
 北京には窓がないホテルがあって、ホテルのロビーやレストランにはあまり働いていないような人がぶらぶらしていた。窓から眺めると人民がスクーターや自転車、車や徒歩で通りを途切れなく往来している。相変わらず空は薄黄色いもやで曇っている。ちょうど一日オフだったので、相方と天安門まで歩くことにした。
 灰色の石で出来た古い家が並ぶ裏通り(フートン)に入るとなかなか風情があって良いもんである。石塀に赤のお札や土間の入り口に鳥かごなんかが置いてあって、それが余計に憂いて見える。すこぶる単調な色彩の中にある有機物の色は脆く儚い。窓も小さく曇りガラスなので閉鎖的だ。中でちゃぶ台に座る親父が箸と茶碗を持ってチンジャオロースでもほうばっているのかしら、余計に覗きたくなる。パシャパシャ写真を取っていたらぐるぐると催したくなってきた。
 私は必ずツアー中に一度はゆるく腹を壊すが、中国でのそれは日本に帰って一週間経ってからもだらだら続いた。恐るべし人民フード。一体私は何を食べたのか。私の15分置きに訪れる波はとても正確で、その度に必ずある公衆トイレにはとても助けられた。お馴染みのドアのない便所が敷居を挟んで三つ四つ並んでいる。聞いてはいたものの、訪れてみるとなかなかインパクトがある。ドアのない和式でしゃがまないといけない。日本の和式と違うのはしゃがむ向きだ。中国ではお尻を壁に向けるので、未知との遭遇事故はない。トイレットペーパーもあるし、水洗だし割と清潔に保たれている所ばかりだった。それでもなぜこんなにたくさん公衆トイレが住宅地にあるのか疑問だったので調べた。するとどうやらフートンでは各家庭にトイレがないらしい事が分かった。今でも近所でトイレはシェアするようだ。私は適応能力がすこぶる高いので、二度も三度も行ったらこの開放的なトイレが全く気にならなくなった。ただ一度、中心地で店が並ぶような街に入った時に、若い女の子が私の横に入ってきた。そのまま音もよく聞こえるから彼女のお小水が途切れて、さあもう出ていくだろうと思ったら、しゃがんだまま携帯電話をいじり始めた。というのも、仕切りの壁はあるものの、顔は少し飛び出すもんだから横の様子は見えるのである。苦しむ私の横ですっかりおくつろぎの様子。
 中国のライブハウスは高層ビルの中にある事が多い。日本のようにレストラン、本屋、雑貨屋、ゲームセンターなど階ごとに別れており、一見日本と変わらないように綺麗に見えるがやはり日本の常識とはかけ離れている。搬入時、スタッフ用の通行口でカーペットの下に隠れた大きな穴にハマってすっ転んだ事があった。両手に機材を持ってヒールだったので、ゴツゴツしたコンクリの上にまともに転げた。膝から流血するのは小学生以来のことだ。あれ?ここって屋外だったっけくらいデコボコだった。あとはトイレ。洋式トイレがあっても中国は下水処理能力が低いからトイレットペーパーを流してはいけない事になっている。便器の横に置いてあるゴミ箱にそのまま捨てるので夜が更けてくると臭いもキツくなる。ついつい忘れて流してしまって、詰まらせた事もあった。あとは水道水も飲んではいけないので、どこへ行ってもペットボトルの水が置いてある。毎日のどれだけのペットボトルのゴミが出るんだろうと思う。中国はお茶の国であるから、特にプーアル茶発祥の雲南省へ行った時には人民ほぼみなさん水筒を持ち歩いて、菊茶やジャスミン茶を飲んでいた。空港には給湯器が必ずあって、私もガラスの水筒を人民元で買ってみた。中が見えるので気に入っていたがイギリスに帰ってすぐ割った。
 中国の若い子たちは欧米のファンの子たちとはちょっと違って少しシャイかもしれない。写真やサインを頼む時も照れて腰が引き気味というか、とても謙虚で可愛らしいと思う。浙江省の杭州市で大きなフェスに出演した事があった。杭州市は人民元のお札にも印刷されている西湖があり、緑豊かで綺麗な所だったが、人口は1036万人。東京都は927.3万人と比較してもその大きさがよくわかる。

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 この時の現地ツアーマネージャーは30そこそこのフーシアンという男だった。カナダへ留学経験があり、英語も流暢だった。黒のコンテンポラリーファッションが高身長によく似合っていた。「ひとりっ子政策で生まれて来た僕らの世代は、深く傷を負っていてね、昔付き合っていた彼女は自殺願望があってリストカットをしていたよ」なんていうディープな話を、かつての宋時代の街を再現した観光道をぷらぷら歩きながら、初対面の私につらつらと話した。彼の携帯にはアニメの女の子が大きな瞳で笑いかけている。夕食の席だったか、羊肉の串焼きを食べながらフーシアンはそのアニメキャラが自分の彼女だとさらっと言った。私はかなり困惑した。携帯ケースはその「彼女」から注文するようにお願いされたらしい。ひとりっ子政策、闇すぎる。
 久しぶりに大きなステージで気持ちがよかった。サウンドも悪くないし、反応もまずまず。お客さんは女性が多い印象だ。フーシアンに連れられてフェスティバルサイトへ出た。夕食を出店から買う事になっていたからだ。中国でも私の魅力は衰える事なく、途中たくさんのお客さんから「さっき出てた人?」的な感じで止められた。だいぶミーハーなお客さんぽいなと思いつつ、きりがないので私もフーシアンも歩き始めたが、男子たちは一向に進まない。あれわざと止まってないけ?西洋人ですから目だちますけんね、ちやほやされ好きにもほどがあろうに、まあまあ、だいぶ良い気分だったのであろう。

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 私は肉を食べないのでこうゆう時のチョイスはごく限られる。唯一見つけたまぜ麺みたいなのを買ってもらって席についた。相席をしたのが若い男女の大学生のグループだった。当たり障りのないスモールトークをしながら、女の子は私が日本人だと言うと信じられないと言う風で、わーきゃー騒ぎ始めた。仲間の男子を指差して彼は日本語喋れるから喋ってみなさいよと疑り深い。日本人に見えないと言われる事が日本でもイギリスでもあるので別にどうとも思わない。ただ驚いているのがネガティブかポジティブかどうゆう驚き方なのかがよく分からない。
「日本のどこから来たの」
「広島だよ」
「???」
「広島だよ。知らないの?」
「???」
「原爆落とされた所だよ」
「???」
「え?ヒ・ロ・シ・マだよ。本当に知らないの?」
「知らない…」
 日本人にはピンとこないかもしれないけれど、どこへ言っても知らない人はいないであろう不名誉に有名な国際都市、広島。海外では百発百中
「その後街は大丈夫なの」
などと渋い顔をされる。その悲哀な反応に慣れていた私だから、彼女のポカン顔には肩透かしを食った。
 中国では天安門事件もなかったことになっているし、ひょっとしたら原爆投下もなかったことになっているのかもしれないね、とメンバー。とにかく今まで各国のたくさんの若者に出会ったが今回ほどの無知さははじめてかもしれぬ。恐ろしやー、第1ひとりっ子政策世代!

今回の曲について
クリムゾン・ドーン 「セカンド・スキン」
90年代後半から続く米人気アニメ、サウス・パークのエピソード「バンド・イン・アメリカ」から。いつものメンバーがデスメタルバンド、クリムゾン・ドーンに扮して出演。曲はダイイング・フィータスのセカンド・スキンをカバー。このエピソードでは中国資本を求める腹黒い西洋諸国と、ありとあらゆる人権を侵害する中国政府を痛烈に風刺しており、これをきっかけに中国でサウス・パークは前編上映禁止となったらしい。と言うか今までなっていなかったんだ!裏サイトでもこのエピソードは厳しく検閲されているらしい。
 香港デモ制圧、ウイグルでの強制収容所、アートや音楽など検閲問題や、臓器狩りなどなかなかな暴力的描写にハッとさせられる。私自身も大きな中国資本を求めてライブ活動を行っていたのだけど、去年ウイグル自治区での強制収容所の存在を知ってから二度と中国資本の世話にはなるまいと誓った。

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第6話

作者について
土居まりん a.k.a Mariko Doi
広島出身、ロンドン在住。ロンドン拠点のバンド、Yuckのベーシスト。ヤックでは3枚のスタジオアルバムとEP、自身のプロジェクト、パラキートでは2枚のスタジオアルバムとEPをリリースした。
ピクシーズ、ティーンエイジ・ファンクラブ、テーム・インパラ、アンノウン・モータル・オーケストラ、ザ・ホラーズ、ウェーブス、オールウェーズ、ダイブ、ビッグ・シーフなどと共演しロンドンを拠点に国際的にライブ活動を展開している。
2019年初のソロアルバム「ももはじめてわらう」を全セルフプロデュースでDisk Unionからリリース。モダンアートとのコラボ楽曲など活動の幅を広げている。

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Mariko Doi
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