📖#3 冷笑と筆で戦う明治のボンビーガール『樋口一葉日記』

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樋口一葉女史の人生：21歳～24歳

さらに引き続き、一葉女史の人生をなぞります。

◆1893年（明治26）21歳

・1月　『暁月夜』を発表
・3月　『雪の日』を発表
・7月　商売で生活を立てることを決意し、吉原の近くの龍泉寺町に引っ越し
・8月　吉原遊郭の近所で駄菓子屋を開業
・12月　『琴の音』を発表

▼吉原の近くで商売を始めたことが転機に

一葉女史は小説を書き続けますが、相変わらず貧乏でした。
悩んだ末に、一葉女史はお店を始めることに決めました。
知り合いがいるところでは恥ずかしいので、龍泉寺町（現・東京都台東区竜泉）に、わざわざ引越して、駄菓子屋をオープンしました。

この龍泉寺町は、吉原遊廓よしわらゆうかくの目と鼻の先でした。
ここで駄菓子を売りながら、一葉女史は傑作『たけくらべ』のアイディアを思いついたのだそう。

一葉女史の駄菓子屋は大繁盛しましたが、残念ながら、貧乏からは脱却だっきゃく出来ませんでした。
それというのも、駄菓子を買うのは子どもなので、単価が安く、ある程度の売り上げをあげるためには長時間働かないといけませんでした。
長時間労働なのに儲もうけが少ないことに、妹と母が音ねを上げたので、１年もしないうちに閉店しました。

代表作『たけくらべ』とは？

ここで、一葉女史の代表作『たけくらべ』のあらすじをご紹介。

舞台は吉原遊郭の近所。
ヒロインの美登利みどりは14歳の美少女。
吉原ナンバーワンの遊女のお姉さんから、おこづかいをいっぱいもらっていて、ファッションセンスがよく、性格は勝気で、近所の子どもたちの女王様的存在。
美登利みどりは、真面目で控えめな性格のお寺の息子、信如のぶゆき（別名：しんにょ）のことが気になっている。
信如のぶゆきも美登利みどりのことを意識していたが、周りの子どもたちから冷やかされるので、そっけない態度をとってしまう。

とある雨の日、信如のぶゆきが美登利みどりの家の前を通ったところ、下駄の鼻緒が切れて困ってしまった。
家の中から外を眺めていた美登利みどりが、鼻緒の代わりにと赤い端切はぎれを持って外に出たところ、鼻緒を切ったのは信如のぶゆきだと気づいて、とっさに隠れてしまう。
信如のぶゆきは家から出てきたのは美登利みどりだと気づいていたが、気づいていないふりをして鼻緒を結びなおそうとするものの、緊張でうまくいかない。
美登利みどりは、そんな信如のぶゆきを放ってはおけなくて、赤い端切はぎれを投げる。
そこへ、吉原帰りの友人が通りかかって下駄を貸してくれたので、信如のぶゆきは美登利みどりの赤い端切はぎれを拾ひろうことなくその場を去る。

その後、美登利みどりは子どもから大人の髪型に代わり、急に元気をなくして、しょんぼりしてしまい、仲の良かった友だちとも遊ばなくなる。

ある朝、美登利みどりの家の門に、造花の水仙が差し入れられてあった。
誰が差し入れたのかは分からなかったが、美登利みどりはなぜか懐かしく思って、部屋の中の一輪挿しに飾った。
その前日、僧侶の学校に入るため、信如のぶゆきは町を去っていたのだった。

遊女見習いと僧侶見習いの実らなかった淡い恋のお話です。

美登利みどりは遊女になることが決定してますし、信如のぶゆきは真面目なお坊さんになるつもりなので、二人の想いが通じ合ったところで幸せな関係にはなれません。
結ばれなかったけれど、あのときの二人は確かにお互いに恋をしていたんだという、この切ないラストがいいですよね！

美登利みどりが急に元気をなくしてしまい、子どもたちと遊ばなくなった原因を、一葉女史ははっきりと書いていないのですが、専門家の間では「美登利みどりは生理がきたのだ説」と「美登利みどりは水揚みずあげ（初体験）をしたのだ説」でもめているそうです。
うーん……どっちなんだろう。どちらでもいいような？

◆1894年（明治27）一葉22歳

・2月　『花ごもり』を発表
　　　　投資家であり占い師の久佐賀義孝くさがよしたかを突撃訪問
・5月　駄菓子店を閉業。本郷に引っ越し
　　　　萩の舎の助教を務める
・6月　久佐賀に借金を申し込む
　　　　久佐賀から愛人契約を提案されるが断る
・7月　『暗夜』の連載を開始
・12月　『大つごもり』を発表

▼謎の占い師の愛人契約を断る

小説を次々と発表するものの、やっぱり貧乏な一葉女史。
困った一葉女史は、相場師で占い師の久佐賀義孝くさがよしたかを突撃訪問して弟子にしてくれと頼みます。

なんだか怪しげなこの男は、人の運勢どころか、相場までも当てることが出来たそうで、色んな人から相談を受けて、高額な鑑定料と謝礼金を受け取っていました。
その久佐賀が2月21日の朝日新聞に広告を出して、それを見た一葉女史が2日後にやってきたのでした。

一葉女史（この人に学べば、一発逆転で大金が手に入るんだ！）

一葉女史としてはワラにもすがる気持ちだったんでしょうねー。

久佐賀が一葉女史を鑑定したところ、一葉女史には金運がないので相場師には向かないと弟子入りは断られましたが、久佐賀との付き合いは続きました。

久佐賀「金を貸す代わりに私の愛人になりなさい」

後日、久佐賀が下心丸出しで愛人契約を提案してきましたが、一葉女史はそれをヒラリとかわして、少しずつお金を引き出すことに成功します。

一葉女史が美女だからって、何をしようとしてんですかね、このエロおっさんは。
一葉女史の方が一枚上手ですねー。

◆1895年（明治28）一葉23歳

・1月　『たけくらべ』の連載を開始
・4月　『軒もる月』を発表
・5月　『ゆく雲』を発表
《この頃から文学オタクたちが一葉の家に通いつめるようになる》
・8月　『うつせみ』を発表
　　　　『たけくらべ』の続き発表
・9月　『雨の夜』『月の夜』『にごりえ』を発表
・10月　『雁がね』『虫の音』を発表
《この頃から一葉女史が有名になり騒がれるようになる》
・12月　『十三夜』『やみ夜』を発表
　　　　『たけくらべ』の続き発表
《この頃からファンが毎日のように訪ねてくる》

◆1896年（明治29）一葉24歳

・1月　『この子』『わかれ道』を発表
・2月　『裏紫』（上）を発表
　　　《この頃から肺結核の症状があらわれる》
・4月　10日『たけくらべ』が一括再掲される
　　　　25日『めさまし草』にて、森鷗外もりおうがい、幸田露伴こうだろはん、斎藤緑雨さいとうりょくうより絶賛される
・5月　『われから』を発表
　　　　　博文館より日用百科事典『通俗書簡文』を刊行
・6月　森鷗外より『めさまし草』の批評に参加して欲しいと依頼される
・7月　随筆『ほとどぎす』を発表
　　　　22日　《日記が終わる》
・8月　病院で深刻な状態と診断される
・11月　23日　一葉亡くなる

▼『たけくらべ』が大絶賛される

1895年1月から連載された『たけくらべ』が完結し、1896年4月に一括再掲載されると、あちこちで大絶賛されました。

有名どころですと、日本の近代文学を代表する文豪、森鷗外、幸田露伴がいました。
「あの森鷗外と幸田露伴が、若手女性作家の作品を絶賛したぞ！」ということで、一葉女史に小説の注文が殺到さっとうしました。

これで、やっと、貧乏から抜けられる！
と思いきや、雑誌に掲載されただけで、本としては出版されていなかったので、一葉女史には安い原稿料しか入りませんでした。

なので、まだまだ借金におわれて貧乏でした。

大人気なんだから本にして、多額の印税を与えてやってくださいよ！！
なにやってんだ、出版社は！！
自分たちは儲かっておいて、一葉先生を苦しめたままなんて、鬼か！！

一葉女史は相変わらずお金に困ってましたが、もともとあった人気は文豪たちの絶賛で爆発し、熱狂的なファンが色々とやらかします。

【熱狂的な一葉ファンの奇行の一部】
・出版社に生原稿をもらいにくる
・アポなしでいきなり樋口家におしかける
・一葉女史直筆の樋口家の表札を盗む

今なら非常識な行動ですよね。
いや、当時でも非常識だわ！

他にも、お金持ちファンからは「いくらでも援助したいから頼ってくれ」と嬉しい申し出がありました。

こんなにも人気が出てしまったら、少しは天狗てんぐになりそうなのに、一葉女史は冷ややかな目で、このブームを見ていました。

一葉女史（こんなもの一過性に過ぎない。きっと、すぐに人気は落ちる）

▼奇跡の14ヶ月

どうしても貧乏なのは変わらない一葉女史でしたが、22歳の12月に名作『大つごもり』を発表したあと、わずか14ヶ月の間に次から次へと作品を発表します。
この14ヶ月は「奇跡の14ヶ月」と呼ばれています。

1894年12月　『大つごもり』を発表
1895年 1月　『たけくらべ』の連載開始
　　　　4月　『軒もる月』を発表
　　　　5月　『ゆく雲』を発表
　　　　8月　『うつせみ』を発表
　　　　9月　『にごりえ』『雨の夜』『月の夜』を発表
　　　　10月　『雁がね』『虫の音』を発表
　　　　12月　『十三夜』を発表
1896年 1月　『この子』『わかれ道』を発表
　　　　2月　『裏紫』（上）を発表（未完）

短期間で書きすぎ！　天才！！！
しかも、これを結核に侵されつつも書きあげたのだからすごすぎる！

そんな彗星すいせいのごとく文学界に現れて、人気絶頂で流れ星のように消えてしまった一葉女史の人生がつまった日記が、今回ご紹介する『樋口一葉日記』です。

一葉女史は、いかにして貧乏と戦い、なにを思って小説を書いていたのか。
彼女の本音が日記の中にある！

お待たせしました。
次回から『樋口一葉日記』本編です。

続きます。

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