📖#13 冷笑と筆で戦う明治のボンビーガール『樋口一葉日記』

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【前回までのあらすじ】

自分が書いた小説を雑誌に載せてもらえるようになり、原稿料ももらえるようになったけれど、相変わらずボンビーガールな一葉女史。とうとう誰にも借金できなくなったため、雑貨・駄菓子屋さんを開店させるのだった。

◆1893年（明治26）一葉21歳

7月20日
商売を始めるため、龍禅寺町（現・台東区竜泉）の借家に引っ越した。

8月6日
雑貨・駄菓子屋を開店した。

歌子先生から手紙が来た。
群馬県の伊香保温泉に湯治に行かれるので、留守の間、私に歌会を開いてほしいとのこと。
お断りのお返事を出した。

夕方、着物数枚を持って質店の伊勢屋に行って、4円50銭を借りた。
明日の店の準備をして午後11時に寝た。

8月9日
早朝にお客が2人来た。渡す商品を間違えてしまった。

私は7歳の頃から本が好きだった。
一番好きだったのは英雄の伝記で、勇ましくて華やかなところが好きだった。

9歳の頃、平凡のまま人生が終わるのは嫌だと思い、何か一つだけでもいいから才能を持ちたいと願った。
大人たちは私を物覚えのいい子だとほめてくれて、父上も自慢にしておられた。
その頃の私は、願い事はなんでも叶うし、私は成功するはずだと思いこんでいて、お金のためにがんばることは汚けがらわしいことだと思っていた。

12歳のとき、母上が「女の子が学問をするのはよくない。家事をさせよう」と考えて、私は学校をやめさせられた。
私は死ぬほど悲しかったけど、気の弱い性格なので、母上にはっきりと嫌だとは言えなかった。

15歳になるまで、家事の手伝いや裁縫のお稽古をしたけど、私は毎晩机に向かって本を読んだ。
それを見た父上が、中島歌子先生の和歌の塾に入れてくれた。

お金がなさすぎた一葉女史が考えた最終手段は、商売をすることでした。

「もっと早く商売をやればよかったのに！　なんで今まで考えつかなかったの？」
と、現代を生きる平民の私たちは思ってしまいますが、一葉女史は明治時代の元武士（半年だけ）の後継ぎなので、商売でお金を稼ぐのはなるべくならやりたくなかったことでした。

江戸時代の武士たちは、商売人を見下みくだすことが多かったそうです。
武士は幼いころから、誠実さと礼儀をたたきこまれるので、清く正しく美しい生き方が一番大事だと信じています。
お金稼ぎのために、悪知恵を働かせたり、にこにこ顔で相手をおとしいれることをするのは恥ずかしいことだと思っていました。

ですが、江戸幕府がなくなってしまった明治時代は貨幣社会。
誇りをもって生き方が美しくても、お金がなければ生活出来ません。
武士としてのポリシーを守れず、仕方なく商売を始める者が続出するも大失敗。
商人に一番必要な愛想というものがなく、上辺うわべをつくろうことも出来なかったので、「士族の商法」という言葉が出来てしまうくらい、元武士の商売はうまくいかないのがほとんどでした。

・「汚けがらわしい」と思っていたことに手を出すのはくやしい
・やっても失敗する確率が高い
・世間からなんて言われるかこわい
このような理由で、一葉女史は出来れば商売をしたくありませんでした。

しかし、今となっては、そうは言ってられません。
プライドを捨ててでも、商売をするしかないのです。

一葉女史が、元武士でお金持ちだった娘時代を忘れる覚悟で挑戦した商売は、雑貨・駄菓子店でした。

開店した場所は、龍禅寺町。今の台東区竜泉あたり。
現在は、その近くに一葉記念館があります。

一葉記念館

文京区本郷から台東区竜泉までは徒歩で約１時間。
ちょっと遠い場所に引っ越しをして開店したのは、ご近所の人に色々言われるのが嫌だったから。

８月に開店したちょうどその日に、歌子先生から「私が温泉旅行いってる間に歌会やっておいて」と、お手紙が届きました。

今の一葉女史に、そんな暇ひまはない！！

歌会をやれるだけの心の余裕もお金の余裕もないのに、歌子先生はこちらのことなんてお構いなし。
えらい師匠からしてみれば、弟子のあつかいなんて、そんなもんなんですかねー。さすがにひどいと思うんだけどなー。

そんなこんなで、樋口家は借金返済と生活費のために、３人で役割分担してお金を稼ぎます。
一葉女史は商品の仕入れと小説書き担当。
妹の邦子はお店担当。
母は近所の吉原遊郭のお店から頼まれた着物の仕立ての内職担当。

はたして、起死回生になるか！？

10月9日
10月2日からずっと、図書館に通っていたけど、今日は行かないで、部屋にこもって読書をした。

店は一昨日おとといから売り上げが多くなって、邦子はずっと忙しくしている。
近所にあった古いお店2軒が、我が家が開店したせいで売れなくなって閉店したので、その結果、我が家が忙しくなったのかもしれない。

私は仕入れをする以外は、読書をしたり文章を書いたりするだけ。
店には子どもの客が集まっていて「私はあれ」「私はこれ」と呼ぶ声がセミのようにうるさい。

10月25日
午前、神田に買い出し。
午後に平田禿木とくぼくさんがいらっしゃった。
来月の『文学界』に原稿を出すことをお約束した。
7月に引っ越してから、文学関係の人には会っていなかったのでとても嬉しい。

雑貨・駄菓子屋なので、お客のほとんどはお子様で単価が安いので、忙しいわりに売り上げは大したことなかったそうです。

一葉女史は奥の部屋で読書と執筆をしていて、店から聞こえてくる子どもたちがはしゃぐ声が嫌だったようです。
いや、駄菓子屋なんだから仕方なくない！？

３ヶ月ぶりに文学関係の人、平田くんが樋口家にやってきました。
世間一般の小説家とは真逆の生活をしているので、一葉女史は平田くんの来訪が相当嬉しかったみたいですね。

11月15日
萩の舎へ行く。
歌子先生に会うのは7月以来だ。

歌子先生「ああ、どこからか、30センチメートルくらいの大きいダイヤモンドを掘り出したいわ。私がたくさん財産を持っていたら、他人のお世辞や悪口なんて気にせずにのんびり暮らすことが出来るのに。色んな人とお付き合いしていると、お世辞を言ったり、したくないこともしないといけない。ああ、なんとかして巨大なダイヤモンドを手に入れたいわ」

と、おっしゃる。

先生は人のことを批判されるのに、ご自分が批判されることは気に入らないのだろう。

財産があってもなくても、何の意味もないのに。
それでも財産を捨てられないのが、人生なのかもしれない。

二人で話しているうちに、歌子先生は優しい先生になり、私は温厚な弟子になった。
以前の軽々しくて偽善者だった先生は、どこへ消えたのだろう。
先生は私のことを、教えにそむいて才能を伸ばそうとする不良だと嘲笑ちょうしょうされたけど、その不良な弟子はどこへ行ったのだろう。

先生と親しく楽しい時を過ごした。
このときの気持ちは、桃水先生をお訪ねしたときと同じ気持ちだった。

４カ月ぶりに会った歌子先生は、貧乏で苦労している一葉女史を前に「30cmの巨大ダイヤモンドを手に入れたい」と、欲望むき出しのことをおっしゃいました。

歌子先生「財産があれば、他人から悪口言われても気にしないし、お世辞を言わなくていいし、やりたくないことはしないで、のんびり暮らせるのにー！」

おまえ、師匠とはいえ、よくもそんなことを一葉女史の前で言えたな。
なにがダイヤモンドだ。なにが悪口を言われたくないだ。なにがお世辞を言いたくないだ。

こちとら借金まみれで、家族３人で働きながら、明日の生活費に頭を抱えてるんだよ！！

「働かずにのんびり暮らしたーい」だなんて、甘っちょろいこと言うな！！
塾生のスーパーお嬢様たちからお月謝たんまりもらってるだろうに！
充分、普通に暮らせるだろー！！

……はっ！　お目汚し、失礼致しました。
つい興奮して、汚い言葉を使ってしまいました。
だって、歌子先生がひどいんだもん！

これには、さすがの一葉女史もイラッとしたみたいで、
「人のことは批判するのに、自分が批判されるのは嫌だなんて器が小さい」
「財産があってもなくても、何の意味もないのに、巨大ダイヤモンドが欲しいなんてかっこ悪い」
「以前、先生は私のことを教えに従わない不良だと言ったくせに」
と、歌子先生への不満を並べています。

自分よりもかしこくて優れた弟子を持つと師匠は大変ですねー。
130年経っても、こうして悪いところが後世の人にばれちゃうんですもん。

今の日本は、どうなっていくのでしょう。
無力な女性の私が悩んでも仕方ないことですが。

お金持ちで贅沢をする人たちは、外国の華やかな文化を求めて、日本の古い伝統を捨てるという、おろかなことをしています。
日常生活から、文学、教育、政治といった本質的なことまで外国風になってしまったせいで、外交問題がうまくいかず、外国からあなどられています。

国内では、人々がお互いを敵視して、政治家たちは自分の利益ばかりを追って、国家の利益を忘れています。
日本はどうなってしまうのでしょうか。

こんな時代に生まれて、何もせずに一生を終えていいのでしょうか。

現代日本は明治の日本と似たような状態になってますよね。

一葉女史が明治時代に心配したとおり、日本は今でも、外国の文化や生活習慣にあこがれてばかりで、自分たちの国の伝統を知らない人が悲しいくらいに多いです。
「日本はダメだ。外国では～」とか言って、日本のことを下げて言う人がいますが、なんだかなーって感じです。

1000年以上続いている島国にしかない唯一無二の歴史と文化が、今も継続されていて、古き伝統と新しいサブカルが同時に存在し、超絶技巧の技術と美しい自然と礼儀正しく温厚な国民性の国だなんて、世界からしてみれば、この国は最高に異質で面白過ぎるじゃないですか！！

まあ、政治と経済はえらいこっちゃになってるんですけどねー。
お金がなくて生活が出来ないと、文化も育たないし楽しめないですよね。

本当に日本はどうなっちゃうんだろ？
一葉女史でなくても、溜息をつきたくなってしまいますね。

ボンビーガールの生きづらさを経験した一葉女史は、このあと徐々にすれていくのです。

続きます。

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