📖#5 冷笑と筆で戦う明治のボンビーガール『樋口一葉日記』

2024年10月20日 21:59

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【前回までのあらすじ】

小説家になって原稿料で母と妹を養う決意をした19歳の一葉女史。小説の書き方を教わるために友人に紹介してもらったプロ小説家は、30代の優しいイケメンだった。そんなイケメンに、乙女が恋しないわけがないんだ！

◆1891年（明治24）一葉19歳

8月1日
朝6時半に家を出て、萩はぎの舎やへ。
歌子先生とお話をして、お菓子をいただき、裁縫の内職を頼まれた。
みなさんは8時にいらっしゃったけど、ほとんどの人が避暑に行かれていたので、出席者は少なかった。
みなさんは午後2時に帰って、私は歌子先生とお話してから、3時頃に帰った。
前島きく子さんから、小説を12冊ほど借りた。
私は小説が好きすぎるので、夜10時までに10冊読んでしまった。我ながら物好きだなと思う。

8月8日
朝早くに歌子先生から手紙が来た。
腹痛がひどいので今日のお稽古はお休みにするとのこと。
先生に頼まれていた浴衣が出来ていたので、お見舞いに行った。
腹痛は大したことないそうで、今度は着物の仕立てを頼まれた。

帰ったらまだ9時だったので図書館に行った。
大学（現代の東京大学）を通り抜けて不忍池へ。
蓮の花の香りがして気分爽快だった。
東照宮の石段を登るとき、さっと吹いた風に杉の葉の露つゆがこぼれて、夏とは思えないほど涼しかった。

図書館は、いつ来ても男子が多い。
女子が全然いないのは不思議な感じだ。
男子たちに私の顔をじろじろと見られて、ひそひそ話をされた。資料を調べる気持ちもなくなりそう。

集中して本を読んでいると夕暮れになった。
上野の森にひぐらしの声が聞こえて、寛永寺の鐘が響いた。
本を返して外に出ると、母上が言っていたことを思い出した。

母上「今日は早く帰ってきなさい。昨夜は徹夜をして全然寝てないでしょ」

遅くなってしまったので、近道をして谷中やなかから帰る。
急いで歩くので汗びっしょりになってしまい、ハンカチで汗を拭く。
傘をさして人に見られないようにして歩いていると、男子学生たちが私を見て、ひそひそと話して笑っていた。
知らんぷりして通り過ぎようとすると、彼らら一斉に手を叩いて「こっちを向け」と言ってきた。

一葉（学問をする人が、こんなことをするなんて……）

家に帰ると、母上は外に出ていて、私の帰りを待ってくれていた。
妹の邦子くにこは夕食の用意をしていた。

一葉「ただ今、帰りました」

という私の言葉が終わらないうちに母上は

母上「暑かったでしょう。疲れたでしょう。お湯がわいているから体を洗いなさい」

と、気をくばってくれた。
汗でぬれた麻あさの着物を脱いで、お湯をあびて、洗濯したての浴衣に着替えた。

妹「姉さんの大好きなものを煮ましたよ。お食事にしましょう」

すっかりくつろいで、家族３人で楽しい夕食を終えたのだった。

この頃、一葉女史が住んでいた本郷区菊坂町（現・文京区本郷あたり）から、萩の舎（現・文京区春日あたり）までは徒歩で20分ほど。
ということは、一葉女史は朝7時に萩の舎に到着したということ。

はっや！！！

そこから15時まで居たそうなので、8時間も歌子先生のところにいたんですね。長いなー。

一葉女史は歌子先生から着物を仕立てる内職をもらっていました。
幼い頃に学校をやめさせられて、しぶしぶ裁縫のお稽古に通っていたことが役に立ちましたね！
一葉女史にしてみれば、裁縫を習わずに、そのまま学校に通って、首席で卒業したかっただろうけど。

ちなみに、公家や武家のスーパーお嬢様たちは、8月の暑い東京にはいません。避暑地にある別邸で快適にお過ごしです。
うーん、格差がこんなところにも。
現代のお金持ちも、夏の間は避暑地で過ごされますよねー。

一葉女史は友だちから借りた小説10冊を7時間で読破してしまいました。
こちらも、はっや！！

一葉女史は小説を書くための資料を調べるために、上野にある東京図書館に通っていました。
グーグルマップで確認すると、徒歩30分ほどのようですね。

図書館利用者は男性ばかりだったので、若くて美人な一葉女史は目立ったようです。
男子学生にちょっかり出されますが、一葉女史は無視します。
ちょっかいを出したのは、おそらく、東大生なんだろうけれど、君たちは女子にかまってないで勉強しなさい！

汗だらけで帰宅すると、母と妹がお風呂とご飯の準備をして待っていてくれました。
一葉女史が小説家になるために、2人は全力でサポートしてくれています。なんて優しくて仲のいい親子！

まあ、このときは……なんですけども。

9月7日
母上はお金を借りに行かれた。家計はますます苦しくなっている。
私はもう20歳なのに、老いた母一人さえ養ってあげられないなんて情けない。
母上は名誉を大事にする方なので、私が体を売ってお金を稼ぐ仕事をするのを許してくれなかった。

母上「おまえがそんな仕事をするなら、私は死んでもいいわ。私を養うのなら、堂々と人に言える仕事をしなさい」

と、おっしゃる。

萩の舎の先輩、花圃かほさん（本名：田辺龍子）は今年24歳ぐらい。
もと元老院議官の田辺太一たなべたいち氏の一人娘で、清楚せいそで美しくて聡明で、書道は萩の舎の中で一番上手で和歌は天才。
花圃かほさんは21歳のころに『藪やぶの鶯うぐいす』という小説を発表されてから有名になられた。
だからといって、威張いばっているところはなく、冗談を言って人を笑わせる素晴らしいお人柄だ。
彼女こそ、現代の清少納言だと思う。

すべてが素晴らしいのは、伊東夏子いとうなつこさん。
あでやかで美しくて、真面目で優しくて女性らしい。
筆跡もやわらかくて、詠まれる歌はユニークで上手。
彼女も裕福だけど、実はとても苦労されているそう。
彼女自身が他の人に隠していることなので、ここには書けない。
年齢は私と同じで今年20歳。

母は一葉女史に「いくら貧乏でも、体を売ってお金を稼いだらダメ！」と言うけれど「別の方法で私を養って！」とも言います。
今と違って、明治時代に女性が稼げる仕事はほとんどありません。
それなのに、３人分の生活費と父が事業で失敗して作った多額の借金を、一葉女史一人で抱えないといけないなんて無理ゲーすぎ。

小説家になって原稿料をもらうことは、一葉女史の夢でもあり、母と妹の夢でもありました。

この日の日記には、萩の舎の先輩と友だちについても書かれています。

■三宅花圃みやけかほ（1868～1943）

・本名は田辺龍子
・父は旧幕臣の元老院議員。とても裕福で、才能のあるスーパーお嬢様
・1888年6月　小説『藪やぶの鶯うぐいす』を発表
・1892年　思想家の三宅雪嶺みやけせつれいと結婚
・中島歌子の後任として、日本女子大学の和歌教授になる
・1943年　76歳で亡くなった

■伊東夏子いとうなつこ（1872～1946）

・日本橋商家の娘（裕福な平民）母も萩の舎に通っていた
・一葉と同じ年で親友
・名前が同じなので「ひ夏ちゃん」「い夏ちゃん」と呼び合っていた
・クリスチャン
・陸軍将校と結婚し、山口県で暮らす
・1946年　75歳で亡くなった

24歳で亡くなってしまった一葉女史とは反対に、友人2人は75歳くらいまで生きたんですねー。

9月22日
歌子先生にお願いされた着物を仕立てて、寝たのは12時だったけど、それまでに何度か居眠りをしてしまった。

どうして私は忍耐力がないのだろう。
努力しようとする気持ちはあるのに、筆をとって小説を書こうと本を開いて読もうとすると、頭の回転がにぶくて分からないことばかりだ。
昨日覚えたことを、今日には忘れてしまう。

いっそのこと、小説家の夢をあきらめて、家事だけをやって生きようと思っても出来ない。
男のように働くことも出来ない。
私の将来はどうなってしまうのか。

私には世話をしないといけない老いた母がいるし、妹の結婚のことを思うとかわいそうだ。

すべては私の不甲斐なさが原因。
明日からは心機一転してがんばろうと、いつも思うのだけど。

弱気になっちゃう一葉女史です。
のちに、14ヶ月で傑作けっさくを量産する一葉女史ですが、小説家デビュー前はもんもんと悩んでいたんですねー。
天才の一葉女史でも、自信がなくて不安だったなんて親近感わきますね！

10月7日
小説を書いてみたけど、どれもつまらない。
昔の有名な物語を読むたびに、自分の文章の下手さと比べて、かなしくなる。
もうやめてしまいたいと思うけど、あきらめられない。
才能がないのに身の程知らずなことだと分かっているけど、それでも、私は小説を書き続けている。

あさってまでには書きあげよう。
これを書きあげることが出来なかったら死んでしまおう。

こんな私のことを笑う人は、どうぞ笑ってください。

ネガティブ一葉女史、継続中。
秋だから、しんみりしちゃったのかな？

すごい人と自分を比較して落ち込んでしまい「やめてやる！」と思うけれど、ずっと好きだったことだから、あきらめられない。
自分には才能がないと分かっているけれど、それでも続ける。
夢をもっている人だったら一度は直面する悩みだと思います。

明治時代の一葉女史も、現代人と同じく、理想と現実の間で悩んでたんですね。

「これを書きあげることが出来なかったら死んでしまおう」とまで思いつめていますけど、翌日の10月8日の日記には、小説のことは書いてありません。
よくある一時的な落ち込みだったのかな？

続きます。

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