書評『つらいと言えない人がマインドフルネスとスキーマ療法をやってみた』
想定読者層
・小説を読むのが好きな人
・スキーマ療法を他者に対して行う可能性のある人
・自己愛性パーソナリティ障害への関心がある人
書籍情報
『つらいと言えない人がマインドフルネスとスキーマ療法をやってみた。』
https://www.amazon.co.jp/dp/4260034596/ref=cm_sw_r_cp_api_i_Twt2EbBAX9GRQ
著者:伊藤絵美 出版年:2017年 価格:1980円 ページ数:269
全体評価
オススメ度 ☆☆☆☆☆
読みやすさ ★★★★☆
専門性 ★★☆☆☆
自己愛性パーソナリティ障害とケアラーに焦点をあてた本。
解説書というよりも、小説に近い。
小説の間にときどき解説がはさまっているという印象。
登場人物は開業内科医と臨床心理士。
まるで一般向けのような本であるが、心理士が読むことを前提としている(らしい)。
そのため、臨床心理の知識がない一般読者は、想定読者のターゲットではないということになる。
(しかし、もちろん一般読者にも読まれているし、読まれることを望んでいるような表現が散見される)
本全体が緑色の紙を使用している点が、光過敏症の人に優しくて高評価。
「疼痛性障害」「慢性疼痛」を切り口にスキーマ療法を実施することは高評価。
内容自体は、これまで同著者が出版した入門書のなかで最低評価。
一言で言えば、自己愛性パーソナリティ障害をスキーマ療法でどのように扱うかについて紹介されているが、殆どが著者の別の著書を参考にしないと読めない構成になっていて、物語として楽しむのはいいけど実用的ではない本。
「短い期間でもできるスキーマ療法」の条件がよくわかる本。
残念ながら、登場人物の事例が特殊すぎて、一般の読者には何の参考にもならない。
相変わらずモードアプローチへの説明は少ないが他の本よりはマシな印象。
ただしやはりモードアプローチの具体例は少ない。
全体として自分の好みの手法しか紹介していない印象。マインドフルネスが重要なのはわかるが、割合が多すぎる。「スキーマ療法」と名を出しておいて、スキーマ療法については別著へと誘導することを隠さないところが悪印象。
「認知行動療法はセルフモニタリングができないと何もできない」というきっぱりとした物言いには大いに賛同するが、そのためにマインドフルネスを重視しすぎている。
物語の中では、クライアントに本を勧めて読んできてもらうという宿題を出す場面がある。
2017年(本書出版年)にもなって未だにヤングの『スキーマ療法』を推しているのがやや引っかかる。
すでに情報は更新されていてヤング『スキーマ療法』にはなかった、新しいスキーマ一覧や新しいモード一覧がある。
2016年の時点で、『スキーマ療法実践ガイド、スキーマモードアプローチ入門』と『グループスキーマ療法』等の専門書が翻訳されて出版されている(これらの翻訳も同著者がすべて監修している)。
2017年にも『スキーマ療法最前線』の翻訳が出てる。それなのにヤングの『スキーマ療法』を勧めるのは流石に最先端を無視しすぎている。
スキーマ療法を学びたい、知りたい、取り組みたいという人にはまったくお勧めできない。
また、重要な注意点として「人を自殺に追い込んだイジメ経験がある」ということが物語に突然出てくる。
自殺について敏感な人は読まないほうがいいか、注意してほしい。
目次と読書ガイド
私はなぜこの本を書いたのかー長いまえがき
マインドフルネスとスキーマ療法に注目!
境界性パーソナリティ障害のクライアントにどう関わるか
つらいと 「感じないようにする」人びと
つらいと 「感じられない」人びと
つらいと言えない”オレ様”、医師のヨウスケさん
つらいと言えない”いい人”、心理士のワカバさん
「つらいと言えない人」がどんな人であるのかを説明している。
読まなくてもよいが、誰かをケアする立場の人は「どんな人がつらいと言えないか」を把握できるので読むといい。
第 1章 ヨウスケさんと行ったマインドフルネス
1.ヨウスケさんとの出会い
典型的な オ様,系クライアント
インテーク面接で語られたこと
2.背中の痛みのセルフモニタリングにトライするが……
まずはセルフモニタリングの提案
今度はマインドフルネスを提案する
3.マインドフルネスの練習を始める
なんと、ワークに入れない!
そして一年後… . .
4.夫婦関係の調整
暴力という新しい問題
妻との面談
5.ふたたびマインドフルネスのワークへ
レーズン,エクササイズに再挑戦!
他のワークもやってみたい
6.ヨウスケさんの気づき
“オレ様“の終焉
そしてスキーマ療法へ
いきなり物語からスタートする。
クライアントは「背中の慢性疼痛」を訴える医師。
物語の中で、医師は「オレ様」と何度も表現される。
このクライアントはストレスが疼痛という形で表現されていた自己愛性パーソナリティ障害であると章の最後で判明する。
物語の中で、著者は自己愛性パーソナリティ障害のクライアントのことを、何度も「オレ様」と表現する。
しかし、自己愛性パーソナリティ障害の人を「俺様」と呼称するのは、差別的で良くない。
事実として、自己愛性パーソナリティ障害の人がそのように人々から思われているとしても、むしろそうなら尚更そのレッテル貼りは心理士としてではなくスキーマ療法士として、治療関係上支障をきたすと思われるし、倫理観に欠ける。
著者は他の入門的著書で、著者特有の(世界的な表現とは異なる)「スキーマ用語」を用いている。
この本でも、著者特有の「スキーマ用語」は登場する。
(「権利要求スキーマ」を「オレ様、女王様スキーマ」と表現)
権利要求スキーマと言われても、わかりにくいというのは非常によくわかる。
オレ様スキーマと言われたらたしかにすんなりと頭に入ってくる。
しかし、著者は「オレ様スキーマ」を持っている読者のことを考えて書いているのだろうか。
読者の「傷ついた子どもモード(脆弱なチャイルドモード)」を刺激してしまう可能性は考慮していないのだろうか。
わかりやすさも大切だが、スキーマ療法に興味を持っている、そして、おそらくスキーマやモードに問題を抱えている読者への刺激について考慮した言葉づかいをしなければ、読者はより「傷つき」体験をすることになる。
著者の読者のスキーマやモードへの配慮のなさには驚きを隠せない。
しかしながら、心理士も一般読者もそうだが、自己愛性パーソナリティ障害に代表されるような「高圧的に相手の価値下げをする」人への対処(つまり、決して服従しないということ)を学ぶには適した文章である。
また、この章には、認知行動療法とマインドフルネス、マインドフルネスの具体的なワークについて解説するコラムがある。
わかりやすさを重視するあまり、とりこぼしがあるが、読みやすく、理解しやすい。
第2章 スキーマ療法を通じてのヨウスケさんと家族の回復
1.自らのスキーマとモードについて知る
安全なイメージ、安全な儀式
過去の体験のヒアリング
早期不適応的スキーマの理解
自分のなかのさまざまなモードの理解
スキーマやモードに対するマインドフルネス
治療的再養育法はどのように行われたか
2.ヨウスケさんと家族の変化
ハッピースキーマをゲット
ヨウスケさんの変化
ヨウスケさんの回復とフォローアップ
この章は第1章のクライアントがマインドフルネスからスキーマ療法に以降するストーリーである。
まずはじめに、スキーマ療法に関する解説コラムがでてくる。
もちろん、この中の「スキーマ用語」は筆者独特のものである。
しかし、早期不適応的スキーマの18個の一覧を示すのみで、「詳しくは『ケア留守人も楽になるマインドフルネス&スキーマ療法』を読んでください」と書かれているため、スキーマ療法の知識がない人にはまったくわからない解説になっている。
高評価できるのは、同著者の入門書の中では、「モードアプローチ」について比較的多くの解説があるという点である。
(しかし、モードアプローチは軽視されているのか、最小限の説明である)
この章はスキーマ療法の事例を学ぶ章であるはずなのに、肝心の具体的なスキーマ療法のワークや用語解説はほぼ全くない。
(著者の別著を読んでほしい、と率直に書いてある)
この章は、スキーマ療法の要素がある物語を読んでいるだけ、と言っても過言ではない。
過去の傷つき体験についてのヒアリングは(他の著書同様)非常に細かく具体的に描かれているのに対して、それらがどのようにスキーマとむずびついているのか、どのようにモードとして現れているのか、それらをどのように「知る」のかについての具体的な方法は示されていない。
そのため、過去の傷つき体験をスキーマ療法でどのように活用していくのかがわからない構成になっている。
モードワーク(モードアプローチの中の技法のひとつ)についても、フレーズ集を紹介するのみで、『スキーマ療法実践ガイド スキーマモードアプローチ入門』(専門書)に出てくるような具体的なワークは一切紹介されない。
この章で高評価できるポイントは、「スキーマ療法のセラピーに家族を連れてくる」という場面である。
スキーマ療法のセラピーではクライアント本人からの情報だけでは情報が足りないことや嘘をつかれていることがあるので、家族からの情報を収集するのは非常に有効である。
そのため、スキーマ療法を実施する心理士やスキーマ療法を受けているクライアントが積極的に家族をセラピーに連れてくるということを促すという点で、とても実用的である。
(あくまでも、セラピストとともにスキーマ療法をする人にとっての実用性で、ひとりでする人向けの実用性ではないことは注意)
第3 章 慢性的な生きづらさを持つワカバさん
1.ワカバさんとの出会い
真面目な同業者
インテーク面接の内容
2.セルフモニタリングによって見えてきたこと
睡眠、頭痛、疲労感を毎日記録する
ワカバさんからのリクエスト
3.マインドフルネスのワークとそれによる気づき
体験! さまざまなエクササイズ
しかしなぜ疲労感が抜けないのか?
4.「生きづらさ」への気づきとスキーマ分析
ワカバさんが語ってくれたこと
この「悪い」はとこから来たか。
5.新たな生き方の模索と生活の変革
スキーマのモニターと行動変容
私は私自身のために生きる
モードワークの活用
スキーマ療法の終結
おわりに
臨床心理士が自分のスキルアップのために認知行動療法、マインドフルネス、スキーマ療法を学ぶ物語。
内容は非常に薄い。
基本的に、「本を読んできて」と言って著者の『ケアする人も楽になる認知行動療法』と『事例で学ぶ認知行動療法』、『ケアする人も楽になるマインドフルネス&スキーマ療法』、スキーマ療法の生みの親であるヤング著を著者が翻訳した『スキーマ療法』を読ませて、感想を聞いて、心理士が著者の指示のもと宿題でワークを行っていくという流れ。
この章は「スキーマ療法は時間がかかる」という印象は間違いである、「スキーマ療法は時間をかけなくても人生に役立てることができる」ということを著者が主張するために書かれている。
この章を読むと、「時間のかからないスキーマ療法」を著者がどのようなものととらえているかがよくわかる。
著者の考えている「時間のかからないスキーマ療法」をすることのできる条件は以下の5点である。
①心理士(心理療法への心得がある人)
②本を自分で読め(計6冊ほとんどが自著でオリジナルアプローチ中心+難解な専門書)
③不適応的スキーマが少ない(3つ)
④すでに自己分析ができる(セルフモニタリングへの困難や抵抗感がない人)
⑤自分でどんどんセルフスキーマ療法を進められる(意欲と体力がある)
この章の価値は、いかに著者のスキーマ療法への価値観が偏っているかを確認できるところにある。