いつのまにか「お別れ」がとんでもなく苦手になってしまった私
事業所を辞めた理由は色々あって、一言で説明するのは難しいけど、何年も毎日のように通って日常生活の一部になっていた場所から離れるのは身が引き裂かれるくらい辛かったです。
この半年ちょっと。何度も何度も寂しくて泣きました。
でも、かと言って戻る気はないんです。
迷うなら最初から辞めてない。
だけど困ったことに、遊びに行くとその寂しさが暴走して心が悲鳴を上げるんです。
神経が高ぶって取り乱してしまったり、帰りに涙が止まらなくなったり。
私がいない日常がそこにあることが、たまらなく寂しくて。
本当はもう少しソフトに距離を置きたかったんですが、今は顔を出さない方がいいなと感じています。
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なんというか、自分のそういう状態に大いに戸惑いました。
私、いつからこんなに「お別れ」が苦手になったんだろう?
もちろん、思い入れのある場所ではある。
学んだことも思い出もたくさんある。
でも、今までだって色んな「お別れ」があったけど、こんなことにはならなかった。
むしろ、どちらかと言えばドライだったかもしれない。
「寂しいけど、縁があって、お互い生きてればまた会える」って割り切って来れたはず。
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今もまだ、はっきりとした「答え」が出ているわけではありません。
でも最近は、「もしかしたらこれが割と素の私なのかも」って思ったりします。
今までが大人ぶって割り切った顔してただけで。
感じた寂しさを正面から受け止めてしまうと辛いから、あまり向き合わずに、なかったことにしていただけで。
本来の私は、もっと寂しがりで聞き分けがなくて情に脆いんじゃないのかなって。
寂しいもんは寂しい。
嫌なものは嫌。
悲しいもんは悲しいし、辛いものは辛い。
ある意味で子どもみたいな素直な感情を、抑圧するのを自分がやめ始めただけなのかもしれない。
そんな風に感じています。
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一番大切だなって感じる対処法は、寂しくなったらちゃんと泣くこと。
そして、それだけ大事に思える場所があるって、とても幸せなことなのを忘れないこと。
この半年ちょっとで新たな出会いもたくさんあって、それは私にとって凄くいいことだけど。
根本的に誰も誰かの「代わり」にはならないから。
だから、寂しい時はちゃんと泣いて寂しいって認めて、それを繰り返して。
遊びに行っても寂しさが暴走しない日を待ちます。
きっと人より少し時間がかかるだけ。
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