中之条ビエンナーレ2023に行ってきた・その1
私が感じた、本当に素晴らしい、1人でも多くの人に見て体験して欲しい作品を少しずつ紹介していく。
今回の中之条ビエンナーレ、まだ全ての作品を完璧に網羅して見られたわけではないのだが、長いようで短い会期1ヶ月。まごまごしている間に会期が終わってしまう恐れがあるので、見切り発車で順次アップしようと思う。今日(9月22日)現在までに見ることができた作品の中から、これはどうしてもというものから優先的に書いていく。
今日現在の私の中でのすばらしき鑑賞体験報告
第1位
アーティスト:室井悠輔 Yusuke Muroi
展示場所:四万エリア31番「野反ライン山口」
作品タイトル:車輪の下 Beneath the Wheel
今回のビエンナーレの中でも中心地となる中之条駅周辺から見れば最も遠い展示場所であり、アクセスに時間がかかる展示場所とも言える「野反ライン山口」。
ここは道の駅六合(クニ)のすぐ隣に位置する会場であり、平成30年まで実際に飲食店として営業をした後、空き家になっていた建物である。
建物一つを丸ごと1人の作家が作品として仕上げていくという、アーティストの力量が本物かどうかが強く問われるこの会場を、室井さんは完璧なまでに掌握し、自分の世界として完成させていた。素晴らしかった。
各地で開催されるビエンナーレやトリエンナーレなどは、とにかく展示エリアが広い。そして展示数も多い。
広大なアートフェスティバルの会場を歩き疲れて移動にヘトヘトになり、たくさんの作品を見すぎて脳も目も疲れてヨロヨロになってきても、その中にこういった衝撃的な出会いが稀にある。その素晴らしい鑑賞体験はそこまで溜まった疲労を全て吹き飛ばし、何年後かにも思い出すことができる。
だから毎度やっぱりビエンナーレやトリエンナーレは行ってしまうし、行ってよかったといつも思うのだ。
室井さんの作品はかつて営業していたまま建物に残されていた食器や棚、机や、壁に貼ってあったものなどを使い構成されている。
ところどころ壁に貼り付けられた小さな写真はその場所の少し前の状態が写されており、動物の死骸のようなものや、小さな写真だけではよくわらかないシミのようなものが写し残されている。
シュレッダー後の紙のごとく細長く切られた紙には手書きの言葉があり、それはかっこいい言葉を作為的にこねくり回したものではなく、正直に出てきたままのかけらのように感じた。最初に会場をざっと見渡した時には見逃してしまったその細い紙に、ある瞬間に気がついたら、私の目のフィルターが働いたのか溶けたのか、あちらにもこちらにもと次々と見つかる貼り付けられた紙と言葉。空っぽで打ち捨てられた建物という存在から一気に、アーティストがここで実際に時間を過ごし考えたという事実がリアルになってくる。
二階から聞こえる木が軋むような水漏れのような風の音のような不思議な音は、古家付土地のような売られた方をしているもはや取り壊すしかないのではないかというレベルの不動産を内見しに行ったときに聞き覚えのあるような音で、最初は自然に発生しているのかと思ったのだが、その音は作品のために構成された要素だったと判明した時の小さな衝撃。
それを見た瞬間に、してやられたぞ、と唸った。
カーテンの隙間から覗くように設置したモニターには、移り変わる窓の映像があり、風で少しだけ揺れるカーテンと、その部屋の暗さに、屋根裏部屋の奥まで来てしまったような息を詰める感覚を覚える。それもまた、完璧な計算のもと仕掛けられている表現で、私はさらに唸る。
二階部分をじっくり見て、小さな写真と細い紙の文字を探しながら、独特の臭いと扇風機の音と、歩くたびに出る床の軋みを感じ、一部屋ずつ鑑賞を進めた。
いまここには存在しないかつての野反ライン山口の時間と、作家がここで制作した時間が、ノスタルジックという言葉とは真逆のリアルを、いま鑑賞している私自身に突きつけて来る。
古い空き家、かつての机や食器、かつての電球、かつての落書きやメニューの紙。昭和ノスタルジック要素満載なのに、怖い程にリアルなのである。これは一体なんなのだろうか。
古民家や空き店舗、廃校廃屋を活用したアートプロジェクトは町おこし的な要素とも相まって、いまや珍しいものではなくなりつつある。
けれどもここまで、この放置された過去を今を生きる自分の現実として表現に落とし込んだ作品を、私は未だかつで見たことがない。あったとしてクリスチャン・ボルタンスキーであるが、それは作品の本質も規模も何もかも今回とは異なる作品である。
この野反ライン山口での作品では、室井さんがこの場に向き合った事実が、なんの阿りもなく、ダイレクトに表出され展開されているように感じた。
中之条ビエンナーレ会場の各展示の近くにはそれぞれ作品タイトルとキャプションが掲示されているのだが、室井さんはキャプションでこう始めている。
作家本人を含んだ上での
が作品として提示されているのであった。
私が室井さんの存在を知ったのは中之条ビエンナーレの公式サイトによるアーティスト紹介を一人一人チェックしていた時で、それぞれの作家のウェブサイトやSNSに至るまで一人一人を見ながらどの作品を見逃したくないか、ビエンナーレ探報計画を練っていたときのことである。
私の好きなギャラリーや、展示スペースを運営している人たちと、室井さんのインスタグラムが繋がっていることに気がつき、あのギャラリストがフォローしているなら間違いないと感じて、見に行ってみようと思ったのがきっかけだった。
ビエンナーレやトリエンナーレというのは、運営側やアーティスト本人、もしくはすでに実際に会場に見に行った人たちのSNSにアップされている画像がなければ、今回の展示がどのような内容なのか、知る手段が実は非常に少ない。イベント公式サイトにアップされているのは、作家の過去の作品例であり、今回の作品ではない場合がほとんどだ。
事前に予習をしている段階で、どの作品を見たいか絞ろうと思った時に、選べるほどの資料となる今回の展示についての詳細が無いのである。そこでアーティスト本人について多少調べて、今回の展示が面白そうかどうかを予想をしてから見て回る順番などを決めていくわけなのだが、正直に言えば、室井さんの作品はSNS等の情報だけから期待大と思えるような事前情報は得られていなかった。
それでもやはり、これまで面白いものを探し続け、そして同じような気持ちでアートに真剣に向き合っている人たちとの繋がりから、勝手に拡大妄想して仕上げた予想を信じて、行ってみることにしたのだ。
その勘は今回見事に当たった。大当たりだった。
会期も折り返しているが、残り少ない時間で1人でも多くの方に、
写真からでは全く伝わらない溢れる魅力をぜひ、体感しに行ってもらいたい。
中之条ビエンナーレ2023
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