想いだけじゃ具現化できないから|240926
「それで、アイディアってなんですか?」
シャツに飛んでしまった担々麺の汁を気にしながら、吉田さんが言った。きのうチャットした件だ。
わたしは、ふと考えがおりてくるときがある。頭の隅っこに眠っていた小さなもやもやが浮かび上がってきて、あれもこれも解決できる!と繋がってゆく。
「いいこと思いついちゃった!」と、企画の種をノートに書き留めながら、わたしは吉田さんにチャットしたのだ。
「やってみたいアイディア閃いたので、明日お話ししながら冷静になりたいです」
そういうわけで、1日経った今、なんの事前情報もない状態の吉田さんがわたしの言葉を待ってくれている。
「子どもたちの声がほしいんです」
と、わたしは箸を置いて話し始めた。
「わたしたち本気で進路指導しているけれど、どれだけ心に響いているのかなと思って。お客さまが行動に移してくれなきゃ意味がない。情報発信して終わりじゃなくて、お客さまの行動に結びつくまで見守りたいというか……見守る責任があると思うんです」
滔々と話すわたしを、吉田さんは止めないでいてくれる。
「同時に、子どもたちの変化、進路実現に向けて歩んでいる様子を保護者に伝えたい。保護者の方に伝えるべきことはなんだろうってずっと考えていたんです。今は商品の使い方とか、セミナーやイベントの告知とかですけど。でも、保護者の方がいちばんほしいのって、我が子の成長だと思うんですよね。子どもが前に進めているのかどうか」
あまりに自由に、心のままに、わたしは語った。今まで感じていた課題、具体的な解決策、それが事業にどう役立つのか。
ひとしきり話したあと、吉田さんは
「んー、どうやって見せるのがいいですかね」
と言った。
「あ、すごくいいと思うんですよ。やるの。その上で、具体の話なんですけど」と言葉を継ぐ。きっとわたしは不安な顔をしていたんだろう。
それから対話を重ね、吉田さんはわたしの想いを汲みながら、実現に向けた建て付けを組み立ててくれた。
「これが表向きというか、事業的に必要な企画の枠組み。やるからには予算をもらわなきゃいけないですからね。通ったら、好きなようにやりたいことをやればいいんです」
ありがとうございます、と、必死にメモしながらわたしは頷いていた。話してよかった。
「感情だけじゃ企画は動かないですからね。というか、感情ベースだと判断基準が人によってずれてしまう。必要だと思う人と、思わない人が出てくる。だから、枠組みが必要なんです。これならお金を出す価値がある、これなら優先して動かしたいところだ、と相手が誰であっても思わせる枠組みがあるといいですよね」
はい、とわたしは深く頷いた。忘れないでいようと強く思う。つい感情や閃きで突っ走ってしまうことを自覚しているから。
「今年度予算でやれないかな?やれるといいですよね。あとは、安藤さんがどれだけ早く他の業務を終わらせられるかですね」
と言ってから吉田さんは笑った。
「ま、大丈夫そうですねそれは」
「今の方向でやるとして、必要としてもらえますかね?」とわたしは急に不安になって呟く。
「リリースした新機能を使ってもらうしくみとか…さすがに佐藤さんも考えているような気がして」
「いや、考えてないと思う」と吉田さんはキッパリ断言する。
「そうなんですか」
「広告出したいってずっと言っているから、外的要因が必要だということは頭にあるんじゃないかな。でもまだ動いていないよ。佐藤さんは機能にしか興味ない。そこに至るまでのストーリーづくりは一切やらないからね」
「んー……わたしは逆に、商品の機能だけでは惹かれないタイプかもしれないです。気持ちが動かないとわざわざやらない」
「そういうの大事だよね。あ、もうこんな時間だ!」
時計を見るともうランチタイムの終わりが近づいていた。
「すみません、お昼後すぐに会議ですよね」
慌てて席を立つ。交通系で、とお店の人に伝えている吉田さんの声を聞いて、わたしもスマホで残高を確認する。さっきモバイルSuicaにチャージしておいてよかった。
エレベーターを待ちながら「とにかくまずは企画書にまとめます」と呟くと、
「そんなちゃんとした資料はいらないと思う。それより、早めに佐藤さん巻き込んじゃったらいいんじゃないかな」と吉田さんは言う。
「そうですね。なんだかわたしまた佐藤さんに…」
言いながらエレベーターに乗り込んで、うやむやにしようとしていたら、
「佐藤さんに?」と促された。
「いえ…佐藤さんに、いつも楽しそうですねって言われる気がします」
「そうかな?」
「わたしきっと、お気楽なやつだと思われてるから」
わたしの言葉を聞いて、吉田さんは声をあげて笑った。
会社までの道を、急いで歩く。秋の風が心地いい。これからもっと仕事が楽しくなるぞ、と思った。
吉田さんと話すと具現化が早い。それは、思いで走りがちなわたしの考えをきちんと組み立ててもらえるからだ。話してよかった。ほんとうに。
同じ部署の先輩たちは、知識も経験も豊富で、鋭い分析ができて、お客さまの課題を深く解決できるプロばかりだ。
わたしはそんな先輩たちを尊敬しているし、作り出されるものは価値の高いものばかりだと心から思う。
だからこそ、もっと届けたい。
お客さまにちゃんと使ってもらいたい。
「やります、わたし」
と宣言すると、吉田さんと目が合った。
「進めるのでまた見ていただけますか?」
「もちろんです」