【ショートストーリー】Vol.8 深夜2時、海底にて。
年月に対して少しばかり、語りたくなった。
深い時間は決まって、俺はアルコールという海の底にいる。今日は何曜日だろうか。思考がゆっくりと沈んで、意思とは別に考えるつもりのないことまで考えている、それが日課だ。
一つ、君への想いは執着だ、と思う。
でも、改めてその考えに行きつくのは、やはり納得感があるからだと。
忘れられずにいるのは、執着なんだろう。
ずっと正気じゃない時のマボロシを追いかけている。それで、マボロシを作った方も、マボロシを作った覚えがないんだろう。
何かの想いを抱くっていうのは苦しいな。
誰のせいでもない。正気じゃない。正気じゃない人と正気じゃない人なのだから。
ずっと蓋をしている。内側の、内側にある自分だけが知っている、それを溢れ出さないようにするのが子供のころから常だった。
兄貴は引きこもりだ。俺が大学生の時からだ。家族はみんな兄貴に気を遣っていて、俺は兄貴に気を遣っている家族に気を遣って生きていた。
さて、一つ、ついでに愛について少し考えた。案外、深いみたいだ。なんだか、愛は学ばなくてはならないものだ。
このアルコールの海の中で、肺に吸い込んだ酸素を少しずつ水面に溶かしながら、上を見上げる。これは、月明かりなのか。これが、月明かりなのか。
でも、これが俺という人間。
あの日彼女に5年ぶりに会った時に、以前と変わらず話せていただろうか。
俺たちは、年月があるから話せることもあった。年月が空いたから話せることもあった。会っていない期間を埋めるように。
冷静になっている部分もあり、お互いに歳とった感じとか、照れ臭さとか。懐かしさとか、安心感とか。昔のことを懐かしむことができるというのは、同じ記憶があるというのは、いいものだった。
新しく積み上げていく思い出とは違って、すでにそこにあるものとして。変わらない事実として。
時間の経過によって、少しぼんやりして、そしてだからこそすべて愛おしく思えるようになっていた。
共に歩んではないけれど、重ねてきた年月と、踏みしめてきたそれぞれの時間が交わることで、さらに深くなっていく気がした。
少し離れたところで、付かず離れず。
求めてしまっても消えてしまいそうな壊れやすいものではないはずだとわかっている。けれどもお互いを必要としながら、とどまってしまうのは年月のせいかも知れない、とも思った。
造り、積み上げてきた関係と幻想があるんだ。互いが持つ役割や印象、関係性。それを超えるエネルギーが俺たちにはもうない。それだけ年月が過ぎたのかもしれないし、それをも凌駕するだけの熱もきっかけもない。
あの瞬間は二度と訪れないし、訪れなくて良い。会話の後の余韻を浮かべると心地よい空気感が肌をなぞる。
年月がそうさせているのさ。独りよがりの人間のエゴイズムを思い出す。求める一方で、自分は何もできないでいた過去の自分よ。
ぼやけ歪んだ視界をもう一度ゆっくりと閉じて、さらに深い海の底へと沈んでいく。
<終わり> 1,205文字
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