握りしめてきたもの②(自分を憐れむくらいしかできなかった私へ)
前回の続きです。
今回は、
長い間自分の中に積もり、大きくなっていた思いを
どうやってほどいていったか、についての話です。
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誰かを恨みに思う気持ちや悔しさで心も頭もいっぱい。
その思いを後生大事になんども脳内で再生し、反芻してしまう。
その再生は何も生産しないし、むしろ自分を傷つけるものになる。
それでも、そうせずにいられないうちは、
その感情をしっかりと握りしめ、
しがみついてあげるしかないのかもしれない。
だとしたら、納得いくまで大切にしてほしい。
落ち着いたら、
なぜ握っていたいのかを見つめてみるといいかもしれない。
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私の場合、圧倒的に話し足りなかった。
辛いことがあったとき、胸の内を打ち明ける人がいなかった。
いたけれど、足りていなかった。
一人で辛い思いをしていたあの時の私に、
せめて自分くらい味方でいてあげたい。
そんな思いだったのかもしれない。
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昨年の夏、いろんなことを引き金に過去の辛い思いが出てきて、
辛くともチャンスとばかりに、
自分の言い分を、声に出せなかった思いを、外に出しました。
最初は紙に書き留めていたけど、
紙だと思考が入っちゃって、
「結果、あれでよかった・・・」
「あのおかげで今の私がある・・・」
などと、ポジティブでお利口さんな着地点を見つけたがって
自分の本音には出会えなかった。
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そこで、辛い気持ちが出てきたら、
ひたすらスマホのボイスメモ機能に向かって話しかけ、
聞き返すを繰り返してみた。
「王様の耳はロバの耳」方式。
自分の思い癖だから、
録音を聞いても最初は共感しかなかったが、
段々「暗っ!!」と笑い飛ばせるようになっていく。
話すは放す
言えるは癒える
とはよく言ったもので、
私の中に巣食っていた重石は小さくなっていった。
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これは私のやり方。
向き合った方が人生が深くなるとか、成長するとか、
そんなことは思いません。
友だちに話を聞いてもらうだけで気が済むなら、それでいい。
百恵ちゃんがステージに置いたマイクのように、
置き去りにして進めるのなら、私はそっちを選びたい。
でも、それができない人もいる。
私には、できなかった。
できないけど、
それでもなんとかしたい気持ちがあるなら、
少しだけ自分に時間をあげてほしい。
言い分を聞いてあげてほしい。
そんな時間、なかなか取れないかもしれない。
でも、もやもやを抱えながら生きるより、
ずっと効率がいいかもしれない。