成長する機会を奪う日本の働き方
こんにちは、Mariです。カナダから日本に帰国して3ヶ月が経とうとしています。現在私は、沖縄にあるホテルで短期のアルバイトをしています。今日は、日本の働き方というか、「ここが問題だな」と思うことを身をもって感じたのでシェアしようと思います。
1.問題が起こった時の反応
私が働く部署では、金銭の授受が発生する。夜最後まで残るものがお金を事務所で入金するのだが、その手順に誤りがあったと他部署の人間から呼び出された。判明したのは、入金ボタンの2つあるうちの1つを選択した、ということだった。(たったそれだけ?)本来であれば、「このボタンでなくこちらの入金ボタンを押してください。以後、気をつけてください」で済むはずなのですが、この時の反応の仕方が異常だった。
まず、その問題を突き止めた担当部署の人が「おい!その張本人呼んで来い!」と怒鳴ったそうだ。(後から同僚に聞いた)そして20代後半と思われる女性が昨日入金作業をした時に立ち会っていた私の同僚を連れて待ち合わせ場所に待っていた。
私は本日別の業務を終え、やっと一息ついて休憩できるところだった。その部署との連絡作業をしていると、その女が話を割って
「私は今現金を握りしめているんです!!その話より大事なことなので、あとでしてくれます?」と、私の部署の先輩(推定40代)に言い放ったのだった。これには二人で顔を見合わせてしまった。
そのまま事務所につれていかれ、
「どんな風に入金を教えてもらったか手順を教えてください」と他の社員さんたちが働く中で言われた。そんなこと言われても、私は1回他の人がやっているのを見ていただけだ。そして、その手順が間違っているのは今回彼女が来ているのを見て明らかなので、
「このボタンを押して先に進むところを、もう1つのボタンを押してしまいました」と言った。
すると、
「いや、だからどうするって習ったんですか?」
心の中では「???」がいっぱいだ。今説明したばかりじゃないか。言葉を選ばずに言えば、「こいつ大丈夫か、頭」とさえ思った。
「そう言われましても、今説明した通りですが・・・」
その後もひたすら同じ質問を狂ったように、執拗に聞いてくるこの女。なんだ私、刑事に取り調べにでもあっているのか?思わず、
「え?なんですかあなた。気持ち悪いんですけど」と言いそうになったが、何とか正気を保って発狂しそうなこの人の気持ち悪さに耐えた私、偉い(笑)
2.防ぐことも大事だけど、それよりも
ここで問題なのは、私が誰にどう習ったかではない。
何が問題でこれが起きてしまったのか。そして今後防ぐためにはどうしたらいいか、である。そのことにこの女も、その上司も気づいていない。
まず、なぜこの問題が起きたのか
1.閉め作業は通常何度か他の人と一緒にやってから一人でやるべきものなのに、2回目から1人でやらされた
2. 部署内でシフトを組む人が、私がどこまでできてどこまでできないかを把握しておらず、1の事態が起きた
3.従業員に教えながらメモをとらせることを期待し、マニュアルなどを整備していなかった
4.上記を不安に思って横に付き添ってくれた人がいたが、肝心の私の操作を見逃していた
ここから彼らができたことは、実際に問題の発端である私を呼び出して意味のない質問をすることでなく、以下のことではないだろうか。
1.今回の問題を部署内の責任者にヒアリングし、そもそもの根本原因を探る→一人でレジ締めさせる前に何度か立ち会うようにシフトを組む
2.人員が足りないのであれば、新人に閉め作業は行わせない
3.同様のことが過去にもあったのであれば、機械に分かりやすい指示を加える
思いつくだけでこれだけ浮かぶ。火事にせよ事故にせよ、(今回は単に向こうの処理が面倒くさいだけで大事ではないが)防ぐことは大切。そしてもし起こってしまったら、その事故の原因を分析し、非難するよりも将来防ぐために共有することが大事だ。
そして今回の出来事は何も私だけがしたことではないらしい。ということは、それに対してちゃんと周知ができていなかったということだ。私を責める前に自分たちの対応の足りなさを嘆くべきではないだろうか。
ただ怒りをぶつける前に、全体を見ての大人の対応をぜひして欲しかった。
3.挑戦することを評価しない
これは何も今回の件に限ったことではないが、日本は「挑戦させる」土壌がないことが多い。失敗した時にフォローできないような上司や会社では、挑戦する者の意欲はそがれ、無難なことしかしなくなる。まさにそれが今の経済的に低迷した日本を創っているといっても過言ではないのではないか。
野球にしても、ボールの当て方を習っただけでは、バッドにボールは当たらない。やらせてみて、空振りして、試合に負けたりしながら徐々に勝てる実力がついてくるものじゃないだろうか。
人の出入りの激しい会社では、どうしたって一人当たりがする業務は多くなる。それを、教えられただけでできると思っているところがそもそもの間違いだ。
ここが大きな違いだと思うのだが、海外(特に欧米)では、「挑戦したことを評価する」土壌が日本よりしっかりあるように思う。たとえ失敗しても、エジソンが「失敗は成功の母」と言ったように、そのやる気を評価すべきなのではないだろうか。
まさに日本の教育がそうだと思う。国語の授業の文章問題なんかは、想像力をはたらかせて「これは面白い!」と思う回答を書いたところで、そこには用意された「模範解答」がある。それにそぐわないと容赦なしに間違っていると跳ねのけられてしまう。これではそもそも挑戦しようと思わなくなるのも頷ける。
私が今回、よく分からない理不尽な言動を目の当たりにしても平気だったのは、「操作を間違ったことは認めて謝る。だけど、挑戦したことは間違っていないし、あの状況では私がやらざるを得なかった」と俯瞰して自分の状況を見れているからだ。相手がどんな態度で接してこようとも、それに対して賛同しない限り、心を傷つけることはできない。
4.おわりに
海外生活をして良かったことは沢山あるが、そのうちの一つは「価値観が広がった」ということ。それは、今までの日本の常識を疑うことを可能にしたし、状況を俯瞰して、一歩下がって見れるようになったということ。
言い換えれば、「事実と感情を切り離す」ことが上手になったかもしれない。例えてみれば、今までがボクサー対ボクサーだとしたら、自分の中にレフリーもいるような感じ。これだけで、試合後の疲れはだいぶ違う。
〈目の前のこの人が起こっている〉ことと、〈私がしたことが間違っているかどうか〉や、〈自分が価値があるかないか〉は関係がないと今は冷静に分かる。これはできそうで意外と難しいことだ。人間は感情で動く生き物だからだ。
世の中の争いの大半が、「私は合っている。けどあなたは間違っている」という視野の狭さやエゴから生まれる。だからこそ、日本人こそもっと外に出て世界を見るべきだと思っている。これだけ他社を口撃する国民もいないと思う。
日本は、自動車や電化製品で世界をリードしてきた技術先進国でありながらも、人々の働き方やメンタルなどのソフト面でいうとまだまだ先進国とは言い難い。海外に出た日本人たちが、安定や治安のよさ、食の美味しさを捨ててまでも移住したいと思う理由はここにあると思う。
いってみれば、【イケメンで好条件だけど大切にしてくれない男性】と、【顔は好みじゃないし、最初は好きじゃなかったけど自分のことを大切に扱ってくれる優しい男性】と、どちらを選ぶかぐらいの差があるように思う。(もちろん、私にとって日本で働くということは前者の男性を選ぶのと似ている。あくまで選択のイメージだけど)
ここの仕事は無論、3ヶ月後には更新するつもりはない。
あくまで沖縄を楽しむために就いた薄給の仕事だ。私の代わりなんていくらでもいる。
契約更新を断る理由はもちろんこうだ。
「沖縄には楽しむために来ました。次は、成長できて風通しのいい場所で働きたいので」
よく言われることだけど、プライベートの時間に仕事のことを考えても1円にもならない。だから、感情の切り替えがとても大切なのだ。
人間関係も同じ。別れたら悲しいし傷つくけど、私は長く引きずったり、元カレに未練をもつことはない。なぜなら次があるからだ。
人生は短い。落ち込むことは大切だと思うけど、切り替えが上手な方が有意義に使える時間は多い。それよりも、落ち込む出来事と遭遇する機会を減らす事。そのためには、自分の理想に近い環境に身をおくことだ。
今日も1日、おつかれさまでした。
2022年4月14日
Mari
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