タコ踊り
とげぬき地蔵をお参りしていたら、偶然再会したのだと言う。
「高校の時の先輩やってん。お互い、全然変わってなかったからすぐにわかったんや。それで、一杯飲みに行って話してんねん。先輩、会社辞めて、新しい事業を始めようとしてるんやて。手伝ってくれないかって言われた」
「ふうん」
恋人のたっくんは、親の都合で引っ越しが多かったため、関西弁と東京弁が混じったような変な言葉遣いをする。
たっくんはダンサーだ。でも残念なことに、素人のあたしから見ても才能がなかった。身体はやわらかいけど、リズム感がないのか、ステージを観に行っても、ほかの人と動きが合っていないのがわかった。
「おれ、才能ないと思うねん」
一週間前、たっくんは言った。
「だからダンスは諦めようと思う。で、先輩と新しい仕事を始めようと思うんや」
「その先輩、大丈夫なの?」
思わず言ってしまった。たっくんは、お人好しだ。そこが長所でもあるのだけど。ダンス仲間からバカにされても、ニコニコしている。いい人過ぎるから、騙されているのではないかと心配になった。
「大丈夫や。先輩は転校生のおれに、すっごくやさしくしてくれてん。絶対、信じられる人なんや」
たっくんは、きっぱりと言い切った。
案の定という展開になった。
その日は、巣鴨駅から近い「アルエナイ」という古民家ギャラリーに行ってみようということになっていた。
待ち合わせ場所に現れたたっくんの顔色が悪かった。
「どうしたの?」
「先輩と連絡がとれない」
呟くように言うのを聞いて、やっぱり、と思った。
「もう先輩のことは忘れたほうがいいよ」
「お金、貸してた」
事業を始めるためのお金が足りないからと頼まれ、なけなしの貯金を貸したのだという。
「ずっと責任も取らないで、つきあっとるだけやったから、けじめをつけるために新しい仕事につこうと思った。新しい生活のために、今まで少しずつ貯めてたお金やった……」
たっくんは、あたしとの結婚を考えてくれていたのだ。
「どうしたらいいねん。おれ、人を信じられなくなりそうや。人間が怖い。人間なんて信じないようにしたほうがいいねんかな。どう思う? どうしたらいい? 頭が混乱して、壊れそうや」
切羽詰まったようなたっくんの質問に、あたしはこたえられなかった。
ギャラリーには喫茶メニューもあったので、美味しいエスプレッソを頂いた。その後、一階のたこ焼き屋さんがオーナーさんのお店だというので、寄ることにした。
ビールを飲んでも、たっくんは青ざめたままだった。
お店には常連さんが集まってきて、みんな酔っぱらって、にぎやかになる。
「たっくん、さっきの話だけど」
アルコールとたこ焼きで満たされ、横には愛する人がいて、あたしはしあわせな気持ちになっていた。
「あたしのことは信じていいから。他の人のことは信じられなくなっても、あたしはたっくんを裏切らないから」
黙りこくっていたたっくんが、ふいに立ち上がった。
「おれ、ダンサーなんです。踊ります!」
「ダンサーなのか! すごいな!」
店中から拍手が起こり、たっくんは踊り始めた。身体中をくねくねさせる、しなやかないつもの踊り方。
でも、今日のたっくんは、いつもとはなにかが違った。手足をくねくねさせ、なにかをつかみ、放す。放しては吸いつける。墨のように、呪いと怒りを吐く。
盛り上がっていたお客さんたちも、息をのんでたっくんの踊りを見ていた。
湯気がたつほど迫力のある動き。そこだけが別世界。くねくねくねくね。たっくんの身体は予測不能に動きまわり、床を擦りそうになると丸まり、すべてを包み込むようにいっぱいに伸びた。
真っ赤なオーラを放ち、口をすぼめる。まさにタコ踊り。
怒りと諦めと悲しみと喜びと憎しみと感謝と愛情と、いっぺんに多様な感情が押し寄せたためだろうか。
たっくんが、覚醒した。
大きな声で言いたかった。
『そのタコ、じゃなくて、そのヒトは、あたしの婚約者なんです!!』
目の前では、たこ焼きが湯気をたてている。
タコはうねり続ける。くねくねくねくねと、踊り続ける。泣いているような笑っているような怒っているような紅い表情で、自由自在に舞う。遥かなる宇宙にすら、影響を及ぼすくらいの独特のリズムで。
裏切者は去れ。あたしたちは挫けない。
さあ、たっくん劇場の開幕だ。
了
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東京・巣鴨の古民家ギャラリー「アルエナイ」を舞台にした、超フィクションの創作物語です。実在の人物とは一切関係ありません。
「アルエナイ」についてはコチラ↓
https://oshigoto999.com/2017/12/10/aruenay/
(残念ながらアルエナイは閉店しました)