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素行が悪かった私は、なぜ書評家になれたか|運/03 #1|鰐部祥平

《中卒で素行も悪かった鰐部祥平。なぜ本を読むようになり、書評家としてデビューできたのか?》

鰐部祥平(Shohei WANIBE)
1978年愛知県生まれ。中学3年で登校拒否、高校中退、暴走族の構成員とドロップアウトの連続。現在は自動車部品工場に勤務。文章力が評価され、ノンフィクション書評サイト「HONZ」のメンバーに。趣味は読書、日本刀収集、骨董品収集、HIPHOP。
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運に関する研究では社会学者のダンカン・ワッツらが行った「ミュージックラボ」と呼ばれる実験が有名だ。48組のインディーズバンドの代表曲を載せたウェブサイトを作り、訪れた人にどのくらい気に入ったかを評価することを条件に、曲をダウンロードできるようにする。ダンカン・ワッツはまずそれぞれの曲の「客観的」な良さを知るために、得られた評価の平均点を算出する。「客観的」とは人々が他者の評価を見られない状態で下した評価のことだ。この状態だと、それぞれの曲の評価はバラバラであり、突出して人気のバンドも不人気なバンドも存在しなかった。

その後、同じ曲を載せた独立サイトを8つ作り、曲の評価とダウンロード数を他者が見られるように開放した。するとあるバンド、ここでは仮に「A」とするが、Aはあるサイトでは1位を獲得し、あるサイトでは40位に甘んじた。1位を獲得したサイトでは初期に利用したユーザーの数人がたまたまAを気に入り高く評価したのである。すると後から訪れたユーザーは人気が高いAを同じく高く評価しダウンロードする。こうして雪だるま式にAに人気が集中したのだ。一方40位に甘んじたサイトでは偶然が逆方向に働いた。楽曲、書籍、映画など一定以上のクオリティーが確保された作品がヒットするかどうかに運が大きく影響していることが分かる事例だ。

また運とは観察力だという実験もある。社会実験と称し学生を集めて、向かいのカフェでコーヒーを飲んで戻ってきて欲しいと頼む。実はこの実験には仕掛けがあり、カフェまでの道にわざとお金を落としてある。さらにカフェの店内も仕掛け人で満席状態にしてあるのだが、ひとつだけ席が空いているように仕込まれている。そしてその空席の隣には誰もが知っているセレブを座らせておくのだ。集められた学生は事前に「運」についてのアンケートに答えており、その中で「自分は運がいい」と答えた人は道に落ちているお金を手に入れ、カフェで隣の席にセレブが座っていることにも気づき、サインと写真をゲットした。一方、「運がない」と答えた学生の多くがお金、セレブどちらか、または両方に気づかなかったのだ。

このカフェの実験は実に身に染みるものがある。私は元マイクロソフト日本法人社長の成毛眞さんが運営する「HONZ」というノンフィクション専門の書評サイトでレビュアーをしていたのだが、これが本当に偶然がいくつも重なることで起こった奇跡のような出来事であったからだ。今から20年ほど前だろうか。中卒という学歴や自身の素行の悪さから、まともな仕事にも就けずフラフラとしていた時期があった。人生このままではまずい。そういう思いだけが募り、焦りの感情から余計に自暴自棄になっていく。そんな負のスパイラルの中で鬱々としていた。もしかしたら本を読んで独学すれば何か道は開けるかもしれない。まあ、今から考えればいかにも浅はかな考えではあるが、当時の私は藁にもすがる思いで本を読むようになった。

とりあえず歴史はわりと好きな分野ということで、司馬遼太郎や塩野七生の歴史小説やらを読み耽った。次第にそれだけでは満足できなくなり、古典にも手を出し始める。しかし基礎学力に問題があるためか当時の私には古典はいささか荷が重く、なかなか読破することができなかった。所詮はにわか本読みである。こうしてすっかり読書難民のような存在になり果てた。とにかく本選びの参考になればと、読書感想などが書いてあるブログを漁るようになり、偶然にも(ここで成毛眞さんのブログに行き当たると思うでしょ。でも違うのだ)右翼団体「一水会」の創設者、鈴木邦夫氏のブログに行き着く。そこに紹介されていたのが、成毛眞著『本は同時に10冊読め』であった。バリバリの右翼思想書ではなくIT業界の成功者のブックガイドを右翼の大御所鈴木邦夫氏が絶賛していたのだ。このミスマッチに俄然、興味を持ち、書店に駆け込んだのを今でも覚えている

本を読んだって頭が良くなるわけでもないし、成功できるわけでもない。読書なんて所詮は趣味の世界だ。ただし、ジャンルの違う本を同時にたくさん読めば、ある日、頭の中でそれらが繋がり思いがけないチャンスが生まれる。逆説的だが読書が成功につながる可能性がある。そんな趣旨の話が軽妙な文体で書かれており、すっかり成毛さんのファンになった。しばらくすると、これまた偶然にフェイスブックで成毛さんが人数限定で面識のない人と「友達」になるという実験を行っているのを知った。これに飛びつき友達申請をして、許可された。成毛さんがフェイスブックに投稿する記事は独自な視点を軽快な文章で表現しており、とても面白くついついメンションしたくなる。IT業界では押しも押されぬ重鎮である。恐る恐るながらコメントを書いているうちに返信がもらえるようになり、名前も覚えてもらえた。こうしてHONZへの道は開かれていくことになる。

心理学者で幸運の研究でも有名なリチャード・ワイズマンは、運のいい人は好奇心と外向性が高い性格をしていると述べている。私の場合、好奇心も人並みだし外向性はかなり低い。しかし、人生に行き詰ったという危機感が私の好奇心と外向性を一時的に爆上げし、好奇心が観察力を養い、あまたあるブログの山からチャンスをかぎ分ける力を与えたのだろう。さらに好奇心は行動力をも与え、無謀とも言える成毛さんへのメンションへと踏み出させた。もっとも今のところ経済的成功は手にしてはいないのだが。それでも今までにない活動や人々との出会いを経験して、人生まんざらでもないなと思えるようになった。

一方いくつかの運も逃した。小説を書くように成毛さんをはじめ、幾人かの人々に勧められた。しかし、未だに実現していない。おそらく完璧主義がそうさせたのだろう。完璧主義とは世間的にはこだわりの強い人というイメージだが、心理学的には失敗への恐怖から、上手く出来そうにないことを先送りする心理状態に陥っている人を指す。私は評価に値する作品が書けないかもしれないという不安から、本格的な執筆を躊躇してしまったのだ。「幸運の女神には前髪しかない」という言葉があるように、この躊躇が私の幸運に水を差してしまったのは実感している。この経験からこの『MARGINAL NOTES』の執筆依頼があった時には迷わず引き受けた。上記の「ミュージックラボ」実験のように全くの偶然がヒットを左右するのであれば、とにかく手数を増やすことが重要だからだ。少しでも多くの作品を書き続けることで、また新たな運を手にすることができるかもしれない。

文:鰐部祥平


>>次回「運/03 #2」公開は11月6日(水)。執筆者は山下陽光さん

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